03 立てば牛タン、座ればカルビ、歩く姿は上ハラミ
「あー、さっちゃん久しぶり!」
その焼肉店に入ると、甲高い声がサチさんを出迎えた。推定三十前後、ふくよかで
マシュマロを思わせるような女性だった。
「おひさー、ハラミさん。元気してたー?」
「それはこっちの台詞だって。ほら、さっちゃん……ついに目覚めちゃったろ?」
「目覚めてない、目覚めてない」
サチさんは大げさに手を振った。
「海外に高飛びしていただけ。帰ってきたら、あの有り様よ。びっくりしたわ」
「まー、あたしからしたら、生涯鎖国を掲げてたさっちゃんが、高飛びしたことがびっくりよ。田舎に引っ込むならともかく、またなんで海外?」
「久しぶりにマスターに連絡取ったら、こっちに来いって手引きされちゃったの」
「あー、マスター! なっつかしいわねー。元気してた?」
「元気も元気よ。まー、忙しくあっちこっち回ってるから、なかなか遊んでもらえなかったけど――って、そうそう。聞いてよ。マスター、実は男だったの!」
「嘘ーっ!? マジ!?」
「マジマジ。私たちが見ていた姿は、人体改造を施した後だったのよ」
「うわー、疑いもしなかったわ……」
ユッケさんは口元を覆って、唖然としている。
初っ端からアクセル全開の会話の応酬に、僕は呆気に取られていた。
すると、ハラミさんの目はギョロリと僕を捉えた。
「ていうか、その可愛い子は誰よ」
「我が名誉聖徒よ」
「あらあらあらあらー。さっちゃん、ついにファンに手を出しちゃったのね。しかも……DK?」
「なんと、十六歳ほやほやのSDKよ」
「まさに食べ頃じゃなーい。通報しますた」
「まだ手は出してないからセーフですー」
「まだ? 正体、現したね」
「おまえを食べるためだよ! って狼になりたいところだけど、その子にちょーだいしてもくれないのよね」
「あー、そういえば今日、三人だったわね」
今更気づいたように、ハラミさんはユエさんに目を向けた。
「会社の子?」
「違う違う。ただの友達よ」
「……さっちゃん、友達、いたの?」
「いますー! いっぱいいますー! たっちんでしょ、神風でしょ。ユッキー、白濱、ふーみん、ところ天女に――」
「ウェイウェイウェイッ! さっちゃん、さっちゃん。一番のまぶたちの名前、もしかして忘れてない?」
「おっと、私としたことが。紹介するわ。まぶたちのユエちゃんよ」
「どうも。まぶたちのユエです」
サチさんに急に話を振られたユエさんは、戸惑うどころか臆することなく頭を下げた。そのノリのよさは、きっとバラエティで培ったのだろう。
だから、そのままテンポよく次の話を振る。
「で、さっちゃん。この人は、お友達?」
「まっさかー。私だって、友達くらい選ぶ権利あるわよ。そもそもの話、そんな趣味が悪いと思う?」
「そうそう、さっちゃんにだって友達を選ぶ権利が――って、誰が趣味悪い相手だ!」
「わー、うけるー」
ハラミさんのコテコテのノリツッコミに、サチさんは棒読みで応じた。
「この人はね。私の前世、『さっちゃん』として活動していた時代の、配信仲間よ」
「立てば牛タン、座ればカルビ、歩く姿は上ハラミ。どうもー、ハラミちゃんでーす」
「あははははは!」
変な振り付けを決めるハラミさんに、サチさんは大爆笑しながら惜しみない拍手を送る。
「いやー、ハラミさんのスベリ芸、ほんと面白いわー。なにが一番面白いって、初対面の相手に恥じらいもなくかますところが最高!」
「いい。芸を披露するとき、一番ダメなのは恥じらいを持つことよ」
「ほんと、それだけは唯一、ハラミさんから学んだ生かせることね」
「ふたりとも、仲いいんだねー」
ユエさんが微笑ましそうに言った。
「そうやって、配信を通して仲良くやってきたんだ」
「全然、全然! そんなことないわよ。なにせ私たち、不倶戴天の敵だったから」
「クソみたいな奴は散々相手してきたけど、この手で始末したいと思ったのはさっちゃんだけね」
和やかな空気からは想像もつかない物騒な言葉が飛び交う。
過去を懐かしむように、サチさんは穏やかな表情を浮かべた。
「似たような芸風の歳近い女生放送主なんて、客を取り合う敵でしかなかったから。ハラミさん、今でこそわがままボディだけど、ほんと美人だったんだから。それであの当時顔出しされたら、こっちの商売上がったり。マジで死なないかなって、ずっと思ってたわ」
「さっちゃんだって、散々あたしにはない胸を活用して人を煽ってきたじゃない。隠されているところは妄想が膨らむけど、あたしのような美人は三日で飽きる、ってね。『見せられた顔じゃない女相手に、盛ってる男どもはバカみたい』って、密かにマウント取ってたのに。いざ顔を合わせたら、学年で二、三番目に可愛い子って感じでさ。ほんと、この手で殺してやりたかったわ」
こうしてまた、和やかな思い出を語るには物騒な言葉が飛び交った。
僕はふたりの関係を、こう表現してみた。
「えっと……ふたりは、トムとジェリーってことですか?」
「そんな可愛らしいものじゃないわ。ただの、アンパンマンとばいきんまんよ」
「そんな汚れた性根で、よくアンパンマン気取れるわ。あんたに恥はないんかい」
「いや、ばいきんまんであることは認めるんかい」
ハラミさんのボケに、すかさずサチさんはツッコんだ。
「ま、アンパンマンはいくらなんでも驕りすぎ。百歩譲って、さっちゃんはドロンジョ様ね」
「ドロンジョ様?」
聞き慣れないワードを耳にして、思わずハラミさんに聞き返す。しかし向こうは、信じられないものを見るような顔を浮かべた。
「いや……ドロンジョ様って、あのドロンジョ様よ?」
「ハラミさん……」
ポン、とその肩に手を置くサチさん。
「配信を離れて長いから、実感ないかもだけど……今の若い子は、ドロンジョ様なんて知らないわ」
「いや……またまた。ほ、ほら、ドロンジョ様、最近異世界転生したじゃん。した、よね?」
乞うような眼差しを向けてくるハラミさんに、僕は首を傾げた。
ハラミさんは、認めたくないとゆっくり首を横に振りながら、次第に追い詰められたような顔になっていく。ついには耐えきれなくなったのか、
「ご予約の三名様、ご案内しまーす!」
と、逃げるように席へ案内してくれた。
通されたのは、店内の奥まった隅にあるテーブル席。その卓上には既に、火のついた七輪がセットされていた。
「ほら、ユエちゃんはそっち」
サチさんは、ユエさんを手前のソファー席へ促す。
「半個室ってほどじゃないけど、ここなら人目も気にならないわ。注文とかはハラミさんが専属してくれるから、装備外してゆっくりしなさい」
「うん。ありがとう、さっちゃん」
その気遣いが嬉しいのか、ユエさんはふっと口元が緩めた。
僕はその隣に腰を下ろし、サチさんは向かいに座った。
「すぐ摘めるように、盛り合わせはもう頼んであるから。まずは飲み物頼んで、あとはゆっくり選びましょ。ユエちゃんはビールでいい? 口に合わなかったら、私が引き取ってあげるから」
「じゃあ、折角だし挑戦してみよっかなー」
「え、もしかしてビール、初めてなの?」
意外そうに聞くハラミさんに、サチさんは笑いながら説明する。
「この子、二十歳になったばかりなのよ。飲酒デビューしてから、まだ一週間も経ってないわ」
「えー、わっかーい。しかもえっらーい。あたしなんて、デビューしたの十五よ」
「ハラミさんは生まれが悪いんだから。お上品な子と並べちゃダメよ」
「そう言うあんたは何歳デビューよ?」
「十四」
「あんたのほうが悪いやんけ!」
「あっはっはー」
「生、三つ頂きましたー」
「待って待って待って!」
流れるような漫才の勢いで、そのまま注文をしようとするハラミさんを、慌てて止めた。
「生三つってなんですか!?」
「なーに、大丈夫よ」
「なにが!?」
僕がツッコむと、ユエさんは申し訳なそうに小さく手を上げた。
「あ、あのー……さすがにこの子には、飲ませられないです」
「飼い主がこう仰せだから、残念ながらダメねー」
サチさんの飼い主発言をスルーして、僕は大人しくコーラを注文した。




