02 コンプラ事項です
そういえば、清楚なキャラデザとキャラ設定からは想像もつかないほど、アグレッシブな一面を見せるのがひじりんの魅力でもある。その中の人たるサチさんと直に接して、時折見せるひじりんの地だと思っていた姿は、むしろ相当抑えられていたものだったと知った。
つまり――「プロって凄いって思いました」、丸。
「でも、慣らしとはいえ、すぐに復帰するようでよかったです。てっきり、その目処が立たないから暇してるのかと思ってました」
「大人を掴まえて暇人扱いとは、ツバメくんも言うわね」
「だってサチさん、こうして三日連続遊びに来てるじゃないですか。しかも毎回きっちり、ご飯まで食べてって」
「貴重な現役DKの家庭料理、大変美味しゅうございます」
「調子のいいことで」
「いや、冗談抜きでね。実家を出てから、ちゃんとした家庭料理なんて食べる機会、なかなかないのよ。セインとして成功してから色んな美味しいものは食べてきたけど、結局、上げ膳据え膳で出てくる家庭料理が一番贅沢だわ。ユエちゃん、ツバメくん、うちにちょーうだい」
「あーげない。ツバメくんはわたしのものでーす」
調子を合わせて、子どもっぽく言い返すユエさん。その反応に、サチさんはニヤニヤと目を細めた。
「愛されてるわねー、ツバメくん」
「はいはい、僕は大変幸せものです」
ユエさんと暮らし始めた当初は、男女の関係を匂わせる弄りに、ついつい過剰反応したものだ。それが今では、はいはいと受け流せるようになった。僕も逞しくなったものだ。
「それより、四ヶ月も失踪してたんですから。会社からは、小言のひとつくらい言われなかったんですか?」
「心配は散々かけたけど、小言らしいことは言われなかったわね。無事を確認できただけでもよかったって、復帰は急がなくていいからゆっくりしろって。逆に気を使われたくらいよ」
「やっぱりひじりんクラスになると、扱いが王様ですね」
「まー、稼ぎ頭だし、一番数字も抱えてるし、会社の看板背負ってるしね――と、天狗になるのも悪くないけど、今回はそんな空気じゃないわね」
「じゃあ、腫れ物扱い?」
「違いますー。そんな困ったちゃんじゃありませんー」
ユエさんの容赦ないツッコミに、サチさんは口を尖らせた。
「まあ、爆弾みたいな扱いはされてるんだけどね――ツバメくんも知ってるでしょ? 私がいない間に、うちの箱からふたりも卒業してるって」
「卒業?」
「引退したってことです」
ユエさんの疑問に、僕がすかさず答えた。
「しかも卒業したの、ふたりとも私の同期でね」
サチさんは困ったように息を吐く。
「コンプラ的に詳しくは言えないけど、ずっと前から会社との方向性の違いでね……気づけば私が同期と会社の橋渡し的な? 板挟み的な? まあ、色々とやってたのよ」
「あー、そのさっちゃんがある日突然、失踪しちゃったから……」
「会社への不信を盾にね。今まで溜まっていたものが、全部爆発しちゃったらしいの」
サチさんは頭をコツンと叩き、舌をペロリと出した。
軽いノリでテヘペロを決めているが、一般人がそんなこと聞いていいのだろうか?
「でも、さっちゃんは悪くないでしょ」
ユエさんはあっけらかんと擁護した。
「そもそも根っこにあるのは、タレントと会社の問題なんだから。さっちゃんが罪悪感なんて覚える必要ないと思うよ」
「もちろん、私もそこは割り切ってるわよ。会社もそこを責めてくるなんてお門違いなことはしないし」
「じゃあ、なんで爆弾扱いされてるの?」
「株主総会が近いから。ここで私が辞めたりしたら、会社的にそれはもうまずいわけ」
「あー、なるほどねー。ただでさえ、直近でふたりも辞めちゃってるのに、稼ぎ頭のさっちゃんまで辞めたら、『タレントのケアどうなってるんだ』って突かれるね。しかも辞めた子、同期だったんでしょ? だったらなおさら、会社も強く出られないか」
「さすが元テレビの売れっ子ね。理解が早くて助かるわ」
「なにせナンバーワンアイドルでしたから」
拍手をするサチさんに、ユエさんは得意げな顔を見せた。
「でも、なるはやで復帰するつもりよ」
「どうして? ゆっくりしろって言ってくれてるんだから、腰を据えて準備したら?」
「帰国直後の気持ちだったら、そうしたかもしれないわね。でも、離れずいてくれたファンが、あまりにもあったかすぎたから。待たせた分、早く取り戻さなきゃってね」
サチさんは僕を見やり、柔らかく微笑んだ。
「爆弾であることを盾に、会社に要求するとしたら……向こう二ヶ月は配信に専念させてもらうことかしら。当分、ファンファーストでやらせてもらうわ」
「配信に専念って、Vチューバーってそんなに仕事あるの?」
「あるわよー。スポンサー案件、グッズ企画、メディア対応、イベント出演、他雑務エトセトラ。それを日中に片付けて、ようやく配信準備。それから情報収集やネタ集め、コラボ調整もして――寝るのが丑三つ時になるなんて日常よ」
「えー……Vチューバーって、そんなに過酷スケジュールなの? もっと配信だけしてるのかと思ってた」
「それは企業方針によるけど、少なくともうちはそんな感じ。配信が二の次、三の次みたいなスケジュールが、気づけば組まれてるわ。それでも無理して配信を続けて、身体壊した……なんて子たちが出るくらいだから」
「もしかして辞めた同期の、会社との方向性の違いって……」
「コンプラ事項です」
片手の指を軽く口元に当てながら、サチさんは言った。
薄々わかってはいたが、あの卒業騒動の裏はそういうことだったらしい。
納得したところで、帰宅早々ずっと立ち話に興じたものだから、着替えどころかカバンすら置けていない。まずは着替えようと部屋の扉に手をかけ、その前にサチさんのほうを振り向いた。
「そういえばサチさん、今日ご飯食べていくんですか? この後買い出しに行くんで、リクエストあるなら聞きますよ」
「え、ほんと?」
サチさんはパッと顔を輝かせたが、すぐに思い出したような顔をした。
「でも、今日はいらないわ」
「あ、ツバメくん、夜ご飯作らなくていいよ」
ユエさんも、思い出したかのように言った。
「さっちゃんがご飯連れてってくれるって」
「ツバメくん。焼き肉、好きかい?」
「大好きです」
サチさんの芝居がかった口調を気にする間もなく、僕は即答した。




