表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/80

02 コンプラ事項です

 そういえば、清楚なキャラデザとキャラ設定からは想像もつかないほど、アグレッシブな一面を見せるのがひじりんの魅力でもある。その中の人たるサチさんと直に接して、時折見せるひじりんの地だと思っていた姿は、むしろ相当抑えられていたものだったと知った。


 つまり――「プロって凄いって思いました」、丸。


「でも、慣らしとはいえ、すぐに復帰するようでよかったです。てっきり、その目処が立たないから暇してるのかと思ってました」


「大人を掴まえて暇人扱いとは、ツバメくんも言うわね」


「だってサチさん、こうして三日連続遊びに来てるじゃないですか。しかも毎回きっちり、ご飯まで食べてって」


「貴重な現役DKの家庭料理、大変美味しゅうございます」


「調子のいいことで」


「いや、冗談抜きでね。実家を出てから、ちゃんとした家庭料理なんて食べる機会、なかなかないのよ。セインとして成功してから色んな美味しいものは食べてきたけど、結局、上げ膳据え膳で出てくる家庭料理が一番贅沢だわ。ユエちゃん、ツバメくん、うちにちょーうだい」


「あーげない。ツバメくんはわたしのものでーす」


 調子を合わせて、子どもっぽく言い返すユエさん。その反応に、サチさんはニヤニヤと目を細めた。


「愛されてるわねー、ツバメくん」


「はいはい、僕は大変幸せものです」


 ユエさんと暮らし始めた当初は、男女の関係を匂わせる弄りに、ついつい過剰反応したものだ。それが今では、はいはいと受け流せるようになった。僕も逞しくなったものだ。


「それより、四ヶ月も失踪してたんですから。会社からは、小言のひとつくらい言われなかったんですか?」


「心配は散々かけたけど、小言らしいことは言われなかったわね。無事を確認できただけでもよかったって、復帰は急がなくていいからゆっくりしろって。逆に気を使われたくらいよ」


「やっぱりひじりんクラスになると、扱いが王様ですね」


「まー、稼ぎ頭だし、一番数字も抱えてるし、会社の看板背負ってるしね――と、天狗になるのも悪くないけど、今回はそんな空気じゃないわね」


「じゃあ、腫れ物扱い?」


「違いますー。そんな困ったちゃんじゃありませんー」


 ユエさんの容赦ないツッコミに、サチさんは口を尖らせた。


「まあ、爆弾みたいな扱いはされてるんだけどね――ツバメくんも知ってるでしょ? 私がいない間に、うちの箱からふたりも卒業してるって」


「卒業?」


「引退したってことです」


 ユエさんの疑問に、僕がすかさず答えた。


「しかも卒業したの、ふたりとも私の同期でね」


 サチさんは困ったように息を吐く。


「コンプラ的に詳しくは言えないけど、ずっと前から会社との方向性の違いでね……気づけば私が同期と会社の橋渡し的な? 板挟み的な? まあ、色々とやってたのよ」


「あー、そのさっちゃんがある日突然、失踪しちゃったから……」


「会社への不信を盾にね。今まで溜まっていたものが、全部爆発しちゃったらしいの」


 サチさんは頭をコツンと叩き、舌をペロリと出した。


 軽いノリでテヘペロを決めているが、一般人がそんなこと聞いていいのだろうか?


「でも、さっちゃんは悪くないでしょ」


 ユエさんはあっけらかんと擁護した。


「そもそも根っこにあるのは、タレントと会社の問題なんだから。さっちゃんが罪悪感なんて覚える必要ないと思うよ」


「もちろん、私もそこは割り切ってるわよ。会社もそこを責めてくるなんてお門違いなことはしないし」


「じゃあ、なんで爆弾扱いされてるの?」


「株主総会が近いから。ここで私が辞めたりしたら、会社的にそれはもうまずいわけ」


「あー、なるほどねー。ただでさえ、直近でふたりも辞めちゃってるのに、稼ぎ頭のさっちゃんまで辞めたら、『タレントのケアどうなってるんだ』って突かれるね。しかも辞めた子、同期だったんでしょ? だったらなおさら、会社も強く出られないか」


「さすが元テレビの売れっ子ね。理解が早くて助かるわ」


「なにせナンバーワンアイドルでしたから」


 拍手をするサチさんに、ユエさんは得意げな顔を見せた。


「でも、なるはやで復帰するつもりよ」


「どうして? ゆっくりしろって言ってくれてるんだから、腰を据えて準備したら?」


「帰国直後の気持ちだったら、そうしたかもしれないわね。でも、離れずいてくれたファンが、あまりにもあったかすぎたから。待たせた分、早く取り戻さなきゃってね」


 サチさんは僕を見やり、柔らかく微笑んだ。


「爆弾であることを盾に、会社に要求するとしたら……向こう二ヶ月は配信に専念させてもらうことかしら。当分、ファンファーストでやらせてもらうわ」


「配信に専念って、Vチューバーってそんなに仕事あるの?」


「あるわよー。スポンサー案件、グッズ企画、メディア対応、イベント出演、他雑務エトセトラ。それを日中に片付けて、ようやく配信準備。それから情報収集やネタ集め、コラボ調整もして――寝るのが丑三つ時になるなんて日常よ」


「えー……Vチューバーって、そんなに過酷スケジュールなの? もっと配信だけしてるのかと思ってた」


「それは企業方針によるけど、少なくともうちはそんな感じ。配信が二の次、三の次みたいなスケジュールが、気づけば組まれてるわ。それでも無理して配信を続けて、身体壊した……なんて子たちが出るくらいだから」


「もしかして辞めた同期の、会社との方向性の違いって……」


「コンプラ事項です」


 片手の指を軽く口元に当てながら、サチさんは言った。


 薄々わかってはいたが、あの卒業騒動の裏はそういうことだったらしい。


 納得したところで、帰宅早々ずっと立ち話に興じたものだから、着替えどころかカバンすら置けていない。まずは着替えようと部屋の扉に手をかけ、その前にサチさんのほうを振り向いた。


「そういえばサチさん、今日ご飯食べていくんですか? この後買い出しに行くんで、リクエストあるなら聞きますよ」


「え、ほんと?」


 サチさんはパッと顔を輝かせたが、すぐに思い出したような顔をした。


「でも、今日はいらないわ」


「あ、ツバメくん、夜ご飯作らなくていいよ」


 ユエさんも、思い出したかのように言った。


「さっちゃんがご飯連れてってくれるって」


「ツバメくん。焼き肉、好きかい?」


「大好きです」


 サチさんの芝居がかった口調を気にする間もなく、僕は即答した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百合の間に挟まるな! ~脅迫NTRもの展開を阻止した結果、百合の間に挟まれた件~
並行して連載しておりますので、こちらもお目通し頂ければm(_ _)m
― 新着の感想 ―
裏話はいつも過酷。 アイドルだって間違いなく似たようなものでしょうが。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ