46 これからちょくちょく遊びに来るから、よろしくねー
四月末日。
今年のゴールデンウィークは、三連休と四連休に挟まれるようにして、間に三日の平日がある。社会人なら有給休暇なるものを駆使して、最大十連休という夢のような日程を組むこともできるが、高校生にそんな制度はない。
長期休暇と呼ぶには中途半端で、休みボケするほどの余裕もない。
だから今日も、いつもどおりの登校日だった。精々、コウくんが休んでいたくらいの違いしかない。
「テールくん!」
帰りの電車で、カグヤ先輩が明るい声を弾ませながら、隣の席に飛び込んできた。
その顔には、『早く話したい!』というウズウズした感情が滲んでいる。
「ひじりんのこと、もう知ってる?」
「もう知ってるって?」
「あ、やっぱり知らなかったんだ」
カグヤ先輩はちょっと嬉しそうに、手をぱちんと合わせた。
「テルくん、あの日以来、ひじりん関連の情報、避けてたみたいだったからさ。もしかして、まだ知らないんじゃないかって思ってたんだよねー」
まるで自分のことのように嬉しそうに、カグヤ先輩は続けた。
「なんと、ひじりんは陰謀論に目覚めてなかったんだよ!」
カグヤ先輩は、僕のスマホを通じて発信された情報を、ここぞとばかりに披露してきた。
ひじりんが世界の真実に目覚めていなかったのは、現場にいた僕にとっては当然知っている事実だ。けれど、どんな経緯でそれを世間に伝えたのかまでは、まだ聞いていなかった。
二段階認証の関係で、ひじりんはユーチューブのアカウントにはログインできなかった。でも、V界隈の人たちとやり取りしていたトークアプリにはログインできたようだ。
早朝だったこともあり、同じ箱の仲間たちは全員オフラインだったが、別箱のVチューバー仲間が、ログインしたひじりんに気づいて声をかけてくれたらしい。
「なんとそれが、ヒィたんだったんだよ」
ちょうど徹夜放送を終えた直後だったらしく、たまたまオンラインに上がってきたひじりんに、ひぃたんがいち早く反応してくれたようだ。世界の真実に目覚めたひじりんのことはずっと気にかけていたらしく、アカウントの乗っ取りを疑いつつも連絡が取れず、心配していたという。
事情を聞いたヒィたんは即座に配信枠を立て、アカウントは乗っ取りであるという注意喚起を、ひじりんが取り急ぎ行ったとのことだ。
「やっぱ、ヒィたんしか勝たんわね」
お昼前にスマホを返しに来たひじりんが呟いていたその言葉の意味が、ようやくわかった。
ひじりんはそのまま、予定していたもう一泊をキャンセルして、すぐに自宅へ帰っていった。
その姿を見送ったのは僕だけで、ユエさんはすっかり熟睡。ようやく起きたのは夕方五時過ぎてからで、初めての二日酔いに苦しみ、夜ご飯も喉を通らなかった。
推しVチューバーと現実での初対面は、こうして静かに幕を閉じた。
そんなことを思い返しながら、カグヤ先輩と別れた帰り道、ふと思い出す。
――そういえば、慌ただしく帰っていったから、あの思わせぶりな恩返し、してもらえなかったな。
「いや、別にいいんだけさ」
元々、お礼なんて求めるつもりなかったし。
直接的な助けになれただけでも、十分嬉しかったし。
惜しいことをしたなんて、まったく思ってなかったし。
「また元気に活動再開してくれたら、それで十分だし」
ただ、今になってようやく、あのひじりんと現実世界で会えたことに、実感が湧いてきた。これっきりだと思うと、なんとなく名残惜しく感じてしまうのだ。
なにより、ユエさんがあれだけ楽しそうだったから。その姿を見ていただけに、なおさらそう思ったのだ。
「――ん?」
家に着き、靴を脱ぐ前に気づく。
見覚えのない靴がある。
リビングへ続く扉の向こうから、テレビではない、賑やかな話し声が聞こえてきた。
「た、ただいまー」
「あ、おかえりー」
ローテーブルの前に座っていたユエさんが、いつもの調子でこちらを振り返る。――いや、子猫を手放す前のような、落ち着いた出迎えである。
そして、その斜向かいに座っていた靴の持ち主が、ひらひらと手を振ってきた。
「おかえりー」
「……え、ひじりん?」
どうしてここに?
思わず固まった僕に、ユエさんがにこにこと答えた。
「さっちゃん、この辺に住んでるんだって」
「こっから徒歩五分のところよー」
「そうだったんです――って近っ!?」
ひじりんが軽く言い添えた瞬間、二重の驚きが押し寄せる。
そして、ようやく思い至る。
秘密をすべて曝け出すほど親しくなったのに、ひじりんが帰ったと知ったユエさんのあっさりとした態度。まるで名残惜しくなさそうな様子だったのは、こういうことだったのだ。
朝まで一緒に飲んでいたのだ。近所だと知り、連絡先もすでに交換済みだったのだろう。スマホが手元になくても、自分の番号くらいひじりんは覚えていたのだ。
一期一会の縁で終わらない。
ちゃんと、友情に昇華していたのだ。
「これからちょくちょく遊びに来るから、よろしくねー」
ひじりんが手を振りながらそういうのを見て――
ユエさんにそんな相手ができたことが、無性に嬉しく感じられた。
ようやく話が広がりを見せる一区切りがこれにて付きました。
文量にしたら書籍1冊分。
当初予定の折り返しにもたどり着いておりませんが、もしこれからも期待頂けるなら、フォローや★で応援してくだされば幸いです。
ちなみに、名前だけは散々できたヒィコ・ナーヴェことヒィたんですが、
彼女がまだVデビューする前の中編が既に完結しております。
タイトルは、
「お姉ちゃんね、Vチューバーで食べていこうと思うの」
https://ncode.syosetu.com/n3813ih/
そのうち端役でしれっと出てくる予定なので、閑話休題くらいのつもりでご一読くだされば嬉しいです。




