32 仲間になりたそうにこっちを見るな
「しかしあのワカが、大人の女のヒモになるとはな。やっと俺の背中に見習ったか」
「見習った覚えなんてないよ。ただ……背に腹は代えられないっていうか、条件が魅力的すぎたというか……」
「美人と一発ヤれるチャンスだもんな」
「そういういかがわしいことはないし、そもそも求められないから」
「でも『お姉さんのヒモにならない?』って言われたんだろ。なら、可能性はありよりのありだろ」
「なしよりのなしだよ。そんなの、ただの言葉遊びみたいなもんだって。そもそも拾われたときの僕なんて、コウくんのいう小学生が大きくなっただけの姿だったんだよ? 男としてなんて、最初から見られてないよ」
「若いな、ワカ。世の中には、自分好みに原石を磨く楽しみってのもあるんだぞ。実際、いい感じに磨いてもらえたじゃねーか」
「そう見られるのは……まあ、嬉しいけどさ」
「次は馬子から脱却したワカを、どう着せ替えて楽しむか考えてるかもな」
その言葉に、胸の奥がちくりと痛む。僕はひとつ、思い出してしまった。
心が傷つくとわかっていても、どうしても聞かずにはいられないことがあった。
「……あのさ、コウくん。初めて遊びに誘ってくれたときのことだけど……あのときの僕の服、どう思った?」
あれだけ楽しそうにしていたコウくんの顔が、途端に固まる。
目を泳がせたあと、「……いや、そうだよな」と、どこな納得したように呟いた。
「身につけてた物以外、全部焼けちまったんだもんな。先にそっちに手をつけるか。……それで服を選んでるときに、なにか言われたな?」
「……お洒落に正解はなくても間違いはある。家ごと全部燃えちゃったけど、服を失ったことだけは不幸中の幸いだった、って」
「ぶっ!」
堪えきれずに吹き出したコウくんは、まだ見ぬユエさんを讃えるように、大きな拍手を何度も打った。
「それは違いねー! 他には? 他にはなんて言われた?」
次のネタを期待するように、笑いながら身を仰け反らしている。
ここまで来ると、もう恥を隠す意味もない。僕は観念して、最後までぶちまけた。
「……僕のファッションセンスは、間違った箸の持ち方と一緒だって」
「箸の持ち方? そんな生易しいもんじゃないだろ。クチャクチャ飯食ってる奴と一緒だ」
「そんな酷かったの、僕の服装……?」
遠慮どころか容赦もないので、僕は思わず愕然としてしまった。
「今だから言うけどよ。あの日は貰いもんのチケットで、ホテルのバイキングに連れていくつもりだったんだ。ワカ、そういうの好きそうだろ?」
「そりゃ好きだけど……じゃあ、急に予定が入ったっていうのは、やっぱり――」
「あんな恥ずかしい格好をしてる奴の隣は、流石に歩けんかった」
「教えてくれたらよかったのに……」
ハッキリ言われたのは、正直堪えた。
でもなにより辛かったのは、そんな風に気を遣わせていたことに、今日まで気付けなかった自分の無知だった。
「まあ、指摘するのはたしかに簡単だけどな」
コウくんは、そこで少し真面目な口調になった。
「でもファッションってのは、一から揃えると金がかかるからな。あれこれと使える金があるならともかく、ワカは親父さんが遺した金になるべく手を付けたくなくて、バイトでやりくりしてただろ?」
「うん、そうだけど……」
「そんなダチ相手に、『俺の隣を歩けるよう、美容院に行ってちゃんとした服を買え』なんて、さすがに言えんからな」
「コウくん……」
「かといって、ダチはペットじゃないんだ。『俺が金を出してやるから』ってのも、なんか違うだろ? でも、このまま放っておくにもいかんからな。着てない服をやるくらいが、丁度いいかなってな」
そう言って、コウくんは黒烏龍茶で喉を潤した。
対等な友達であることに、コウくんがここまで思いを巡らせてくれていたなんて。
そのことも知らず、ただ友達扱いされてるという事実に甘えていた自分が恥ずかしくなる。
その甘えを反省すると同時に、コウくんの思いやりに胸が熱くなった。
「まあ、今こうしてみたら……親父さんの金に手を付けさせてでも矯正させるべきだった、って思うがな」
コウくんはからかうようにニヤリと笑った。
「なにせ基礎さえしっかりしてたら、この先困ることはないからな」
「つまり僕は、これから先困るような状態だったと」
「覚えておけ、ワカ。変わった奴が受け入れられるのはな、そのコミュニティで必要とされる魅力や能力があるからだ。それがない変わってるだけの奴が、敷地内に入ってきたら白い目で見られるのは当たり前。人間の防衛本能が働いたみたいなもんだろ」
コウくんは少しだけ語気を強めて、続けた。
「それで受け入れてもらえず、爪弾きにされて理不尽だって叫ぶのは筋違い。なんでもかんでも個性だ個性だって叫ぶ奴らがいるけどよ。だったらその個性を受け入れてくれる、寛容的なコミュニティにいてくれって話だ。
俺たちには俺たちなりの、守りたい秩序があって、そんな環境でしか得られない糧を得てるんだ。そんな環境を乱すだけとわかりきってる奴が、仲間になりたそうにこっちを見るな、って思わないか?」
「うん、それはそう思う」
「あの酷い服を着てたワカはな、それと同じなんだ」
「……なんか、ごめん」
どこから話がこうなんだっけ、と考えながら聞いていたら、結局それは自分に向けられた話だったと、僕は肩を落とした。
そんな僕を見て、コウくんはおかしそうに笑った後、ふっと真顔に戻って言った。
「でも、その人は偉いな。ただどうにかしろって口だけ出すんじゃなくて、改善策と金をしっかり出してるんだからな」
「そこは頭が上がらないと思ってる」
「だったら、これからも直せって言われたことは、黙ってその人に従っておけ。間違いなくワカのためになる」
「うん、そこは大人しく従うよ」
「それと、そのユエさんって人との関係で、不安になることがあったら俺に聞け。地平線の先を歩いているものとして、一緒に悩んで考えてやる」
「まさかコウくんの個性が、頼りになる日が来るなんてね……」
「人生、なにが起きるかわからんな」
そう言って、コウくんが弁当箱のフタを閉じると、予鈴が鳴った。
「……お世話にはなりたくないな」
「なんか言ったか?」
予鈴で聞こえなかったのか、立ち上がりながらコウくんが尋ねてくる。
「……いや、なんでもない」
わざわざ言い直すほどのことでもないと、僕は小さく首を振った。
まさか一週間後、早速頼るハメになるとは、このときは思いもしなかった。




