31 うわ、まったく同じこと言ってるし
そういえば、ここは屋上……そんな悪魔のささやきが頭をかすめたところで、ポン、と肩を叩かれた。
「いや、でもほら。このキャラは黒マスクありきだからよ。実際のところ、いいイメチェンになってるぜ」
「……いいよ、無理に慰めなくても」
「ほんとほんと。まあ、俺から見たら個性のない量産型だけどな。でも、誰だって最初はそんなもんだ。ようやくワカも、年相応の高校生になったか」
「年相応の高校生?」
「前までのワカは、小学生がただ大きくなっただけだった、ってことだ」
「うっ……」
そう思われていたのは、それはそれでまた恥ずかしくなった。
コウくんは腕に引っ掛けていたビニール袋を差し出してくる。
「喜べ、今日はお高い焼肉屋の弁当だ」
「おおっ!」
現金な僕は、もうさっきまでの出来事を忘れたように、歓喜の声をあげながら弁当を受け取った。
コウくんはコンビニなどで買ってくるだけではなく、前日に誰かしらからもらったお土産をこうして持ってくる。
電子レンジで温めてきてくれた気遣いもあり、弁当はホカホカだった。
僕は自分の弁当を差し出して、ようやくふたりで昼食に手を付け始めた。
「あー……美味い」
たった一口で、口の中は多幸感に包まれ、しみじみとした感動が広がった。
「これ、なんのお肉?」
「サーロインだな」
「サーロイン!? そんなの、弁当に入れて許されるの?」
「許されるから、ワカの口に入ってるんだろ」
「それもそっか。ああ、神様、仏様、お牛様……」
一口一口の幸せを噛みしめるように食べ進めていく。
「ずっと気を張ってた身体に、癒やしが溶け込んでくるようだよ」
「気を張ってた? またどうした」
「ほら、見た目がガラっと変わったからさ。……笑われてるんじゃないかって、気が気じゃなかったんだ」
「それはまた、自分を高く見積もったもんだな、ワカ」
コウくんはおかしそうに笑った。
「こう言っちゃなんだが、ワカをそんな風に気にかけてる奴なんて、クラスにいねーよ」
「で、でもさ、なんか視線とか感じたし……」
「いつも視界の端っこにある置物が、いきなり変わってたら『ん?』って二度見くらいするだろ。ロングの女子が髪をバッサリ切ってたら、ワカだってついつい目が行かねーか?」
「それは……たしかに」
「つまり視線が気になったのは、ただの自意識過剰。『なんだ、イメチェンしたのかよ』って弄りを気にするほど、ワカはクラスに溶け込めちゃいねーよ」
「染みる忠言、ありがとう。耳が痛すぎて、中耳炎になりそうだよ」
「忠言耳に痛いのは、ちゃんと自覚がある証拠だな」
そんな僕の反応を楽しむように、コウくんは唐揚げを一口で頬張る。
そのまま口の中の油分を流すように、黒烏龍茶を一口。喉を慣らしてから、至極まっとうな疑問を口にした。
「で、そのイメチェンはなんなんだ? 普通そういうのは、春休みの内に済ませておくもんだろ。ついに見かねたお姫様に、美容院にでも連れ込まれたか?」
「いや、これはユエさんに――」
「ん、ユエさん?」
「あ」
すっかり口馴染んでいた名前を、つい無意識に漏らしてしまった。
さすがに誤魔化しきれるわけもないので、おずおずと説明する。
「えっと……例の、お世話になっている家の人で……」
家を焼けてからの経緯については、学校と同じ説明をコウくんにもしている。
話を聞いたコウくんは、意外そうに目を見開いた。
「なんだ、お世話になってる家の人って、女だったのか」
「うん、まあ……」
「いくつだ?」
「えっと、二十歳」
「ほう、二十歳か」
「う、うん」
キンピラとご飯を口に掻き込みながら、なにやら考え込むように咀嚼するコウくん。
口元についたタレを親指で拭う。その仕草ひとつすら様になっているなと思っていると、コウくんは口を開いた。
「なあ、ワカ」
「な、なに?」
「お世話になってる先、親父さんの友達のツテっていうのは嘘だろ?」
「えっ、なんで!?」
あまりの鋭さに、つい声が裏返る。
挙動不審な反応が既に答えになってしまったのか、コウくんは「簡単すぎだ」とでも言いたげに、得意げな笑みを浮かべた。
「考えてもみろ。家を焼かれて大変だったとはいえ、ワカは年頃の男だぞ。二十歳の女が、そんな会ったこともない奴の事情を聞いたからといって、『困ったときはお互い様。落ち着くまでうちにおいでよ』ってなるか?」
「そ、それは……」
「しかも昨日の今日で、そんな都合のいい相手が見つかった? そんなツテがあるなら、最初から事故物件じゃなくて、まともな下宿先とか紹介されてるはずだろ」
やれやれと言った風にコウくんは肩をすくめた。
たしかに、今思えば無理のある設定だったと、自分でも納得せざるを得なかった。
「そんなツテが存在しないってなると、最初からワカ自身が持っていた繋がりってことになる。困ったときに頼れる年上のお姉さんとか、いつの間に手札に持ってたんだ?」
「べ、別に持ってたわけじゃなくて……」
「わけじゃないなら?」
「……黙秘権は?」
「俺たちは友達だろ? 少なくとも俺は、そう思ってるからなんでも話してきたつもりだぞ」
「ぐぅ……」
その言い方はずるい。
ここで黙秘権を貫いたら、まるでコウくんのことを信用していないみたいじゃないか。
ユエさんとコウくん。秘密と信頼を天秤にかけた末、僕は観念したようにガクリと首を落とした。
「……誰にも言わないでよ」
「もちろんだ」
面白そうな話を今か今かと待ちわびているように、コウくんは大きく頷いた。
こうして僕は、ユエさんが夜桜ルナであることを伏せた上で、家が焼けてからの経緯を改めて語ることにした。
すべて話し終えると、コウくんはどこか感慨深げに、ポツリと呟いた。
「ワカもついに、こっちのステージに上がってきたか」
「うわ、まったく同じこと言ってるし」
「同じこと? 誰が言ったんだ、そんなこと」
「そのとき語りかけてきた、脳内のコウくん」
「つまりワカが持つ、俺の解像度が高いってことだな」
こっちはこんなに苦い顔を見せているのに、コウくんは楽しそうにくつくつと笑っている。




