28 ただ努力をしてないからです
実際の、向こうの気持ち……?
ユエさんがなにを言いたいのか、わからないほどバカじゃない。
でも、そんな夢みたいな話……あるのだろうか?
「そんなの……ありえないですよ」
答えは、否だった。
「どうしてそう言い切れるの?」
「だって、見ればわかるじゃないですか」
「その見た結果が、脈アリにしか見えないんだけど?」
「それはユエさんが、カグヤ先輩を見たことがないからですよ」
「見たらわかるって言ったのは、そっちでしょー!」
ユエさんはイラッとしたように、僕の頬を指でグリグリと突いてくる。
「すみませんすみません……」
たしかに今のは僕が悪かった。
「でも、カグヤ先輩は本当に凄い人なんです」
言いながら、自分の中の劣等感がひとつずつ言葉に変わっていくのがわかる。
「美人で、学校では人気者で、読者モデルまでやってるような人ですから。だから僕なんかとは、到底釣り合わないっていうか……」
言葉を並べるほど、現実的な距離が見えてくる。僕と先輩の間にある壁の高さが、余計にくっきりしていく。
けれど、ユエさんはそれで納得はしなかった。
「そんな話をし出したら、わたしたちの関係だって釣り合ってないでしょ。……それとも、わたしはその先輩ちゃんの格下ですかー?」
柔らかく微笑んでいるのに、目はまったく笑っていない。背中に冷たいものが伝う感覚に、僕は反射的に両手を振った。
「いや、そこはほら! 明確な上下関係があるじゃないですか! そう、雇用的なあれが!」
「まぁ、たしかに飼い主とヒモの関係だけどさ」
飼い主気分で僕をヒモにしたのだと、衝撃的な事実を口走るユエさん。
そこを突っ込んだら話がどう転がっていくかわからないので、あくまで話題に沿って話を続ける。
「な、なにより僕って、家事能力を買われたから、こうしてこの家にいるわけで……」
「それだけが理由じゃないんだけど……でも、そう口にできるくらいには、わたしとの暮らしに自信は持ってるんだね」
「それだけで返しきれる恩じゃないですけど、そこはちゃんと貢献はできてるかな……って」
ついつい顔色を伺うような視線を送ってしまう。
クッションを抱きしめると、ユエさんはふっと優しく目を細めた。
「結局さ、自信がないんだよ、ツバメくんは」
「自信?」
話の方向が読みきれず、思わず首を傾げる。けれど、すぐにそれが見当違いな話ではないと悟る。
「先輩ちゃんが自分のことを好きになるはずがない――その理由が、学業でも家柄でもなくて、美人で人気者でモデルをやってるから。美女と野獣とまではいかなくても、そんな人と並んだら自分は見劣りしちゃう。そう言いたいんでしょ?」
ユエさんは一度言葉を切り、真っ直ぐと僕を見据えた。
「要するに、見た目に自信がないから卑屈になってるんだよ」
痛いところを正確に突かれて、心がズキリと反応した。
でも、言い回しに厳しさはあったけれど、それは責めるためではないと、すぐに伝わってくる。
「だったら、自信がないのは当たり前だね。だって、ツバメくんは努力してないもん」
淡々とした口調なのに、どうしてこんなに突き刺さるのだろう。ぐうの音も出ないというのは、こういうときのことを言うんだと思う。
「いい? どれだけ素材がよくても、放っておいて綺麗でいられる女なんていない。男も同じ。カッコよく見られるには、それなりの努力がいるの。たとえアイドルやモデルほどじゃなくてもさ、学校で美人だイケメンだってキャーキャー言われてる子たちだって、その努力があっての賜物なんだよ」
それは、誰よりも選ばれてきた側にいた彼女だからこそ、持ち合わせている説得力だった。
「カッコよくなる方法がわからない。それでなにもしないのは、ただの怠慢。その方法を、スマホで調べたことある? それを試したこと、一度でもある?」
「それは……」
言葉に詰まる。嘘はつけないくせに、正直に頷くこともできない。
ユエさんは、そんな反応すら織り込み済みだったかのように続けた。
「生まれ持ったものや環境のせいで、努力の意味を見いだせない人たちはいっぱいいるよ。その人たちに努力は報われる、報われないのは努力してないからだ、なんて偉そうなことを言うつもりはない。だけど――」
一瞬、言葉を溜めて。
「君には言うよ、ハッキリと」
誰よりも生まれ持っている人が、真剣な眼差しをぶつけてくる。
「ツバメくんが卑屈になってるのは、ただ努力をしてないからです」
ビシっと、指先を突きつけてきた。
「もし少しでも努力しようとしてたら、ママ活しているお友達に相談していたはずでしょ」
まさにその通りだった。
恥を忍んで相談していたら、コウくんは世話を焼いてくれたはずだ。なにせ道を踏み外した服を着ている僕を、傷つけないようフォローしてくれたのだから。
「釣り合うどうこうは置いておくとしてさ。そうしていたら今頃、先輩ちゃんの隣にいても卑屈にならない、素敵な男の子でいられたはずなのに」
それは慰めでも、ただの理想論でもない。彼女なりに見極めた、僕の可能性への眼差しだった。
「なれて……いたんですかね?」
「アイドルになれる、とは言わないけどね」
ユエさんは少し笑って、悪戯っぽく目を細めた。
「でも、素質はあるよ。なにせツバメくんは、可愛い系の地顔をしてるから」
「……それ、褒めてます?」
「イケメンやハンサムだけが、男の子の魅力じゃないってこと」
そしてユエさんは、ふと思いついたように手をポンと叩いた。
「というわけで、明日――美容院に行っこっか」




