20 相応しい料理
ユニクロでの僕は、まるで着せ替え人形のようだった。
「次はこれを着てみて」と繰り返されること一時間。その間、服の比較や、色の好みを尋ねられることは一度もなかった。
これが道を踏み外した人間への扱いか。
パンツを選ぶことだけは許されたのは、せめてもの温情だったのかもしれない。
次の店舗でも、好みを尋ねられることなく靴を三足購入した。
それだけでもう、両手には買い物袋でいっぱいだ。
まるで、漫画でよく見る『女子の買い物に突き合わされる荷物持ちくん』みたいな状態だが、これらすべて貢がれたものなのだから、文句どころか不満を抱くなんてとんでもない。捧げるべきは感謝だけである。
その後、チェーンのハンバーガー店で遅めの昼食を済ませた。
「いつもテイクアウトだから、出来立てを食べられるなんて、どれくらいぶりだろ」
ユエさんは揚げたてのポテトフライにご満悦であった。
そんな嬉しそうな顔を見るのはいいのだが、他に客があまりいないからといって、
「あーん」
とポテトフライをくわえて、ポッキーゲームのように食べさせようとしてくるのは、さすがにどうかと思った。
アイドルはもう引退しているとはいえ、ユエさんに対する社会の関心が完全にゼロになったわけではない。企業メディアからカメラを向けられることはなくても、一般人がその節度を守って放っておいてくれるわけではない。
そのことを理解しているからこそ、こうして素顔を隠し、目立つ真似を避ける格好をしているはずなのに。
男心を弄ぶ道具を見つけると、やらずにはいられないのだろうか?
「頭で考えるより、身体が動いちゃうっていうやつだね」
その疑問を尋ねてみたところ、億面もなく肯定されたので頭が痛かった。
駅の東口側まで足を伸ばしているから、報道関係者のカメラがあっちこっちにあるというのに。その状況で反射的に行動してしまうのは、元ナンバーワンアイドルだっただけに大物なのだろうか。
既に僕の両手は、買い物袋でいっぱいだ。日用品は荷物を持ち帰った後、ひとりで調達するということで決まり、僕の買い物は終わった。
その帰り道で、後ろめたい気持ちが湧いてきた。
「なんか……色々とすみません」
「ん? なにが?」
僕は両手の買い物袋を見せながら答えた。
「今日はユエさんの誕生日なのに、僕のほうがこんなに買ってもらっちゃって」
「いいのいいの。誕生日はね、プレゼントを周りに振る舞う国もあるんだから」
ユエさんはそう言って、機嫌よさそうな声を上げると、ふいに思い出したように手を叩いた。
「あ、折角だからこのままケーキを買って帰ろう。もちろん、ホールでね」
「ならロウソクを二十本、貰わないとですね」
「ちゃんと、ハッピバースデーは歌ってね」
ユエさんはニヤニヤしながら、祝いの歌を求めてきた。
僕は恥ずかしさを飲み込み、
「わかりました。喜んで歌わせていただきます」
そのくらいはしないとバチが当たるなと思い、苦笑しながら頷いた。
ユエさんはその返答に満足そうにした後、ふと空を見上げて思いふけるような表情を浮かべた。
「ツバメくんがいなかったらね、カットケーキを食べながら、ネトフリを見るはずだったから。それが祝ってくれる人がいる誕生日になったんだから、このくらいの買い物、気にしなくていいの」
そう言って、ユエさんは優しく諭してくれた。しかし、さすがに「わかりました」と開き直るには、買ってもらいすぎであった。
そんな心を見透かしたのか、
「でも、そうだなー」
ユエさんは下唇を、人差し指で突きながら言った。
「折角だから一品、特別な日に相応しい料理を作ってほしいな」
「特別な日に、相応しい料理?」
急なお願いに面食らった。
「それを考えてくるのが、わたしへのプレゼントということで」
「それはまた……難題ですね」
「別に凝ったものとかじゃなくていいから。よろしくね」
プレゼントを期待する少女のように、ユエさんは目を輝かせながら言った。
「わかりました。考えてみます」
僕は渋ることなく引き受けた。
考えると言ったものの、もう作る料理は決まっていた。
考えるのが面倒で適当に考えたわけではない。僕の中で、特別な日に相応しい料理がちゃんとあったからだ。
そう難しい料理ではないが、日常的には作ろうとは思わない。そんな、ひと手間かかる料理があったのだ。




