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憧れの先輩のパパ活現場を目撃してしまった僕、大人のお姉さんに拾われる。  作者: 二上圭@じたこよ発売中
一章 どう、お姉さんのヒモにならない?

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19 残酷なまでに優しい真実

 一体、なぜ選んだ服一枚で、ここまでのことを言われなければならないのか。その不満が胸に宿る前に、僕は自分のファッションセンスに不安を感じ始めた。


「酷いのは君のファッションセンスだよ」


「そ、そんな酷いんですか……この服?」


「そうだね……たとえば、初めてあった人と、ご飯を食べることになったとするでしょ? その人が間違った箸の持ち方をしていたら、どう思う? 」


「……まあ、問題あるかないはともかくとして、目にはついちゃいますよね」


「そう。『あ、この人ちゃんとお箸を持ててない』って、どうしても目についちゃうんだよね」


 ユエさんは人差し指を立て、強調するように言った。


「そうなると親の躾とか、育ちとか、だからこの人はこういった人なんだろうなって、色々と想像しちゃうわけ。人に迷惑かけるかけないか、じゃなくて、相手に与える印象の問題ね」


「たしかに……あまり考えたことはなかったですけど、そのとおりかもしれません」


「そこでね、昨日のお風呂上がりの話を思い出して」


 ドライヤーを使わなかったばかりに、完膚なきまでに叩きのめされた苦い思い出が、舌の上に蘇る。


「この問題はね、その話と一緒。人付き合いを重ねてからじゃないとわからない中身、ってものはもちろんあるよ? でも、第一印象が悪いとね、そこから先に進めないなんてことは、よくある話だから。


 どれだけ指摘しても『うるさい、これが俺のやり方なんだ』って意固地になってる部下を、取引先との会食になんて連れて行けないでしょう? そんな恋人を厳格なご両親に紹介できると思う?」


「無理でしょうね」


「だよね? だからこそ、間違っているってわかっているものはね、ちゃんと矯正していかなきゃいけないの。簡単に直せるものならなおさらね。なぜなら社会に出てから損するのは、その人自身なんだから」


「なるほど……」


 ユエさんの言葉に、僕は無意識にうなずいた。


 箸の持ち方ひとつで、そんな損をするとは考えたこともなかった。たしかに、簡単に矯正できるのなら、今すぐ直したほうがいいに決まっている。


 でも、ここでふと気づいた。


 ――そういえば、僕、ちゃんと箸は正しく持てるぞ。


 そのあたりの躾は、婆ちゃんにしっかり仕込まれてきた自覚がある。


 あれ、だったらこの話、僕になんの関係あるんだろうか?


「ツバメくんの服のセンスはね、それと一緒」


 僕が抱える問題――つまりファッションセンスは、箸の持ち方と同じようなものだと、ユエさんは断じた。


「こんな服を来ている子は友達に紹介できないし、恥ずかしいから隣を歩いてほしくない。だからね、この先、二度とこんな服を選んじゃダメだからね。お姉さんとの約束だよ?」


「……わかりました」


 自分の服のセンスが、箸の持ち方と同列の矯正案件だったとは。ちょっと……いや、かなりショックだった。


「はい、ゆーびきーりげーんまん」


 ユエさんが差し出してくる小指を、僕は無言で受けいれたのだった。


 そうして一安心したかのように、ユエさんはホッと一息をついた。


「まったく……普通にまともな服を着てるから油断したよ。まさか、そんな道を踏み外した服を好むような子だったなんてね」


「……なんか、申し訳ありませんでした」


 ユエさんにそこまで言わせてしまったことが堪えて、僕はつい、居た堪れなくなり身を縮こませる。


「そのまともな服はどうしたのさ」


「これですか?」


 上着の胸元を摘みながら、自分の格好を見下ろす。


 白いロングTシャツに黒のブルゾン、下はグレーのスラックス。シンプルで落ち着いた組み合わせだと思う。


「去年、コウくん――男友達から貰った服です」


「ああ、例のママ活の」


 その一言で、服のセンスに納得がいったのか、ユエさんが妙に得心がいったような声を上げた。


 ただ、コウくんの活動は、ママ活なんて軽い言葉で片付けられるようなものではない。


 けれどその話を始めると長くなってしまうし、話の本筋から逸れてしまう。だから、ここであえて注釈するのはやめておいた。


「中学生のときに着てたものだけど、もうサイズが合わないらしくて。ブランドものだから、誰かと遊びに行くときはこれを着とけば間違いないって」


 そう言われて、他にも何着かもらった。そのときに「こう組み合わせて着ろ」と教えられたコーディネートが、三パターンある。


 ブランド品ということもあり、大切に扱っていて、普段着として使うことはあまりない。主に、コウくんやカグヤ先輩と遊びに行くときに着ている。


 今回は誕生日ということで引っ張り出してきたのだけれど、どうやらそのせいで、僕のファッションセンスがまともだと、誤解を与えてしまったらしい。


「……ちなみにそのお友達と、道を踏み外した格好で遊びに行ったことは?」


 ユエさんはなにかを、探るような口調で問いかけてきた。


「去年、一度だけ……。そうそう、その後すぐにこれを――はっ!?」


 今まで伏せられていた真実が、点と点を繋がり気づいてしまった。


「お友達は優しい子だね。道を踏み外している友達のセンスを見かねて、傷つけないようにそれとなく導いてあげるなんて」


 ショックを受けて沈んだ僕に、ユエさんは優しげな声をかけてくる。だがその言葉は慰めるどころか、傷口に塩を塗るような鋭さを持っていた。


 思い返せば、あの日はコウくんに誘われて出かけたのだが、待ち合わせてすぐに牛丼を食べに行って、「急に予定が入った」と言われて解散の流れになった。


 そして休み明けに服を譲ってもらったという流れで――今になってようやく、その意味を知ることとなった。


 残酷なまでに優しい真実に気付いた僕は、呆然としたまま肩を落とすしかなかった。


「大丈夫だよ、ツバメくん。ちゃんとお姉さんが、普段遣いできる恥ずかしくない服を選んであげるから。とりあえず、ユニクロ行こっか」


「……お願いします」


 僕は黙って、ユエさんの介護を受け入れるしかなかった。

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百合の間に挟まるな! ~脅迫NTRもの展開を阻止した結果、百合の間に挟まれた件~
並行して連載しておりますので、こちらもお目通し頂ければm(_ _)m
― 新着の感想 ―
コウくんいい友達だな…
ああ…… でも、耳に痛い助言をしてくれるというのも、優しさ。
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