14 大義名分をでっちあげる
若井燕大(16)は誕生日に帰る家を失った! だけど捨て猫と段ボールに入っていたら、大人のお姉さんに拾われたのだ。
彼女の名前は高梨月。なんとユエさんは、生配信で十億の宝くじを当てたアイドル、夜桜ルナだった!
そんな誰もが名を知るアイドルに、
「どう、お姉さんのヒモにならない?」
と求められた僕は、それを受け入れてしまった。
しかもその直後、ユエさんが二十歳になったばかりなのが発覚。十六歳の高校生である僕が、二十代のユエさんのヒモとなり、同じ屋根の下で暮らすことに……。
果たして僕らの関係は、周りの大人たちに認められるのか……!?
こうご期待!
――考えるまでもなく、認められるわけがなかった。
「婆ちゃん! 十億を当てたアイドル、夜桜ルナのヒモになった!」
とバカ正直に報告できるメンタルがあるなら、僕はそもそも上京なんてせず、地元の高校に進学していただろう。
とはいえ、家が焼けてしまったのを隠しつつ、こっそりユエさんと同居するのは無理がある。
つまり、しばらく彼女の家に厄介になる大義名分が必要だった。
そして、ユエさんがたった五分で考えた大義名分はこれだ。
ユエさんは元々、僕のバイト先の常連。最寄り駅が同じという親近感もあり、なにかと話す機会があった。
ある日、急な出張が決まり、ペットシッターが見つからず困っていた彼女は、たまたま駅で見かけた僕にダメ元で頼み込んだ。
それが、僕の新しいバイトの始まりだった――。
「……そんな設定でいけますかね?」
「いい、ツバメくん。説得力はね、演技力から生まれるんだよ」
「アイドルが演技力って……説得力ないじゃないですか」
「君は今、すべてのアイドルを敵に回したね」
「いたたたた……!」
ユエさんは目を細め、優美な微笑みを浮かべながら、僕の太ももを容赦なくつねった。
「ほら、ツバメくんって家事には自信あるでしょ?」
「婆ちゃんに仕込まれましたからね」
「お家の管理を頼むことになった流れで、そこをくすぐっていけばいけるね。テルマサくんのことはとても信頼していますから、って」
ユエさんは悪巧みをしているかのような口調で言ったあと、いかにもよそ行きな声を使い、
「大丈夫。大船に乗ったつもりで、お姉さんに任せない」
最後には自信たっぷりに言い放った。
◆
こうして大義名分をでっちあげた僕らは、その日は眠りについた。
翌朝――いや、寝る前に日付が変わっていたから、正確には昼前だったのだが――目覚めた僕に、
「ツバメくんはなかなかの大物だねー」
と子猫とじゃれながらユエさんはにんまりとした。
精神的に疲れ切っていたとか、今後の身の振り方の悩みとか、目の前の説得の問題に頭がいっぱいだったとか、言い訳はいくらでも思いつく。
でも、九時間睡眠を決めた僕は、黙って口を一文字に結んだ。
シャワーを浴び、髪の自然乾燥に小言を言われ、コンビニで買ってきてくれたパンを詰め込む。
そして、緊張と共に深呼吸をした後、ユエさんのケータイから電話をかけた。
「もしもし、婆ちゃん。テルだけど」
「ああ、なんだ。テルだったのか」
知らない番号からの着信だったせいか、婆ちゃんの声には少し警戒が混じっていた。
「お友達の電話かい?」
「お友達というわけではないんだけど……」
「……なんか歯切れが悪いね。お友達じゃないなら、誰の電話なんだい」
「バイト先の人」
「あー、飲食店の」
「えっと、そっちじゃなくて」
「そっちじゃなくて……? 掛け持ちでもしてたのかい?」
「いや、個人的な頼まれごとの延長というか。ほぼなあなあでやってたから、話してなかったっていうか……
「テルマサ、あんたねー……」
婆ちゃんの声が少し低くなる。
「で、でもやってたのは、ペットの餌やりと家事手伝いくらいでさ。バイトっていうより、小遣い稼ぎみたいなものだったんだ」
「それでもしっかり、お金は頂いてるんだろう? だったら、ちゃんと話してくれなかったのは婆ちゃん悲しいね」
「……ごめん、軽く考えてた」
僕は小さく息をのみ、ここからが正念場だと気を引き締めた。
「だから昨日、バツが悪くて誤魔化してた」
「それは火事が起きていたときの話かい?」
「うん。本当はその人の家にいたんだ」
こうして僕は、ユエさんが考えた大義名分を騙った。
最初はただのペットシッターの代打だった。よく話す常連だからと気軽に引き受けたのがキッカケで、それを何度か繰り返すうちに、掃除や食事の作り置きまでするようになり、気づけば家事代行のようなことをしていた。
そしていつの間にか、家主が不在の日はそのまま泊まり込むようになっていた。そのほうがペットも寂しくないし、僕も大きなテレビでネット配信サービスを楽しめる。光熱費の節約にもなるから、ウィンウィンの関係であった。
あの火事の日も、いつも通り泊まり込んでいた、というわけだ。
「なるほどねぇ……」
婆ちゃんは納得したように、ゆっくりと相槌を打った。
「それで昨日も、その人の家に泊まっていたわけか」
「うん」
「で、その人は、いつ帰ってくるなんだい?」
「えーと……昨晩には帰ってきててさ。それで、僕の今後のことも考えてくれたみたいなんだ。婆ちゃんが許してくれるなら、ひとつ提案があるって」
「提案?」
婆ちゃんが問い返したのと同時に、ユエさんがトントンと僕の肩を叩いた。
『変わって』
ジェスチャーと共に、ユエさんの唇がそう動いた。
「あ、ちょっと今変わるから」
ユエさんにケータイを手渡した。
「もしもし、お電話代わりました。わたし、高梨月と申します。テルマサくんにはいつも、お世話になっております」
こうして大船に乗ったつもりでいろと言い切ったユエさんに、僕の命運は託された。




