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憧れの先輩のパパ活現場を目撃してしまった僕、大人のお姉さんに拾われる。  作者: 二上圭@じたこよ発売中
一章 どう、お姉さんのヒモにならない?

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11 本気になる前でよかった

 どう返せばいいのか、言葉が見つからないまま目を見開いていると、


「好きになったら、報われたくなっちゃうから。叶わない想い(ねがい)を抱えるだけしかできないのは辛いもんね」


 僕は、その言葉にただ頷くことしかできなかった。


 これは、無意識の内に自分が避けてきたことだったのだろう。月に手を伸ばしたくなると、必ず傷つくことになるから。


 月に手を伸ばしても、どうせ届かないのなら――


「月は綺麗だな」って、憧れるだけに留めておけばいい。


 そうすれば、痛みを伴うこともないのだから。


「でも、その娘と一緒にいるのがあまりにも楽しいから、夢心地だったんじゃないの?」


「……そうですね。本当に、夢みたいな時間でした」


「だから夢が壊れちゃったのが、そんなに苦しかったんだ」


 ユエさんの言葉に、僕はゆっくりと頷いた。


 今ならわかる。あの絶望は、想いの押し付けだったのだ。


 もし好きな人ができたとか、恋人ができたのなら、それは受け入れられたはず。でも、大人に身体を売るような真似をしていた――それだけは、どうしても受け入れることができなかった。そういうことだけはしない人、という前提という名の理想(ゆめ)を抱いていたのだ。


 現実を突きつけられたとき、こんなにも苦しかったのは、それだけ心地よい夢を見せてもらってきたからなのかもしれない


 不幸中の幸いだったのは――


「だったら、本気になる前でよかったね」


 その言葉に、僕は思わず苦笑し、肩をすくめた。


「ですね。このままいってたら、ガチ恋まったなしです」


 それくらい、カグヤ先輩と過ごす時間は楽しかった。向けられる好意が心地よかった。


 それだけに、発作のように思うことがあった。どうして僕なんかとこうして、楽しそうにしていてくれているのか。けれどその度に、求められている友達のあり方を思い出し、勘違いするなよと自分を戒めてきた。


「それを言うならVチューバーのことも、同じだね」


 ユエさんが、ふと面白いことを思いついたように呟く。


「同じことって?」


「ガチ恋してたら、給料なんて取りに行ってる場合じゃなかったかも」


 その言葉の意図を察して、僕は思わず吹き出した。


「ははっ、たしかに。そこまでのめり込んでいたら、一日寝込んでたかもしれません」


「生きてるって素晴らしいね」


「まったくです」


 もしガチ恋していたら今頃、この世の人間ではなかったかもしれない。ユエさんと出会うこともなく、あの子猫も別の誰かに拾われていただろう。


 思わぬ形で元気を取り戻したおかげで、少しだけ気持ちが前向きになった。


 けれど明日からのことを考えると――


「はぁ……」


 自然と深い溜め息が漏れる。


 ユエさんはそれを聞いて、困ったように眉が揺らいだ。


「やっぱり、気持ちを吹っ切れない?」


「いや、それはもう大丈夫です。ただ明日からのことを考えると、それはそれでまた悩みが出てきて……」


「君の悩みは過去にも未来にも山積みか。楽しいのは現在だけだね」


「自分でそれ、言っちゃいます?」


「楽しくないの?」


「楽しい楽しい。とっても楽しいです」


「よし」


 僕のわざとらしい返事に、ユエさんは満足そうに頷いた。


「それで、今一番の悩みは?」


「お金ですね」


「あー、さっき宝くじ売り場、じっと見てたもんね」


「引っ越し先、どうしようかなって。今の家賃が破格すぎて、まともに払うのが馬鹿らしくなっちゃうんですよ」


「そんなに安いの?」


「五千円」


「やっす!!」


 幽霊でも見たかのように、ユエさんは目を見開いた。


「この街のどこに、そんな田舎のアパートみたいな物件があったのさ」


「そこは大人同士の友達価格ってやつらしいです」


「そうだとしても安すぎない?」


「それに加えて、事故物件でもあります」


「事故物件……」


「なんでも逃避行してきた恋人たちが、『来世でこそ結ばれようね』って心中したらくて」


「うわ……よくそんな場所に平気で住めるね」


「だって2Kで家具も家電もついてるんですよ。お得じゃないですか」


「いやいやいや! 前の住人が使ってたもの、そのまま使ってるの!? 幽霊とかでないの?」


「金縛りひとつないですね。ただ、近所にヤバイ幽霊屋敷はあります」


「幽霊屋敷?」


「なんでもその家で、過去に四〇人死んでるとかで……」


「……え、怖っ」


「しかもその家にちょっかいどころか、周りに住んでるだけで祟られるとか。大家さんから『絶対に近づくな』って、何度も念を押されました」


「今回の火事、その家が出火元なんじゃない?」


「少なくとも僕はそう疑ってます」


 僕らは顔を見合わせて、同時に深いため息をついた。


 事故物件とはいえ、なにも起きなければ住めば都である。近所に心霊スポットがあるのも、近づかなければ気になることはなかった。おかげで家賃光熱費、それに食費もバイト代で賄えていた。


 けれど、もうあの生活に戻れないだろう。


「いい物件、見つかればいいけどな」


「そこはご両親に任せるしかないんじゃない。お金のこともあんまり気にしないほうがいいよ……と言いたいけど、お家のお財布事情とか、両親との兼ね合いとか、なにか問題でもあるの?」


 どこまで話すべきか迷ったが、向こうから聞かれたのだ。ここまで来たら、隠すこともないだろう。


「うち、両親いないんです」


「あ……そうだったんだ。なんかごめんね」


 ユエさんが申し訳なさそうに目を伏せる。僕は気にしないでほしいと、軽く首を振った。


「なら、昼間電話してたのは?」


「祖母です。母は僕が生まれすぐ亡くなったので、祖父母の家で育ったんですけど。中二のときに父を亡くしてからは、保護者としてただの代理じゃなくなったから」


「……そっか。それならお金のことも心配しちゃうよね」


「基本的には、父が残してくれたお金でやりくりしてて。計算では、余裕を持って私大にも進めて、就職するまで持つはずだったんですけど……」


「ここで家賃が跳ね上がると、きついか」


「ええ。大学に入ったら遊びまくるぞ、なんて贅沢なことは言いませんけど……生活費のためにバイトに明け暮れる本末転倒は避けたいなって」


「うんうん、それは悩ましいね」


 ユエさんは頷きながら、ふと気づいたように首を傾げた。


「だったらさ、なんで北海道から出てきたの? お婆ちゃんの家にいれば、家賃もかからないでしょ? ……お父さんが亡くなってから、居づらくなっちゃったとか?」


「……えーと、父を亡くしてすぐ、ちょっとクラスメイトと揉めちゃって」


「お父さんのことなにか言われて、怒っちゃった感じ?」


「まあ、そんなところです」


 僕は苦笑しながら肩をすくめた。


「こういうのって、相手にした時点でどっちもどっち、みたいになるじゃないですか。先生的には喧嘩両成敗で終わりかもしれないけど、そのまま綺麗に収まらなくて」


「クラスでの地位が、向こうのほうが上だったから色々とやられちゃった?」


「ええ。三年になってクラスが変わっても、あの手この手で陰口やデマを撒き散らされて。ほんとうんざりしました」


 大きく息をつく。


 今思えば、あれはイジメ認定される類かもしれない。でも、暴力を振るわれたわけではない。結託して無視されたり、ものを盗まれたり隠されたりしたわけでもない。直接侮辱されたわけじゃないから、証拠も集められなくて、先生に相談してもどうにもならないと諦めてしまった。


 泣きたくなるほどのイジメではなかったけれど、ストレスだけが一方的に積み重なる中学生活だった。


「それが高校でも続くと思ったら、もうやってられなくて」


「進学先、みんな同じ高校に行く感じだったの?」


「そこまでの田舎じゃないです。ただ、そいつが嫌だからって、二番目の高校に通うのも癪だったから。それで父の友達が、こっちにツテがあるからって勧めてくれたんです」


「それで地元を飛び出したわけか」


 納得したようにユエさんは頷いた。


「地元の友達と離れるのは、寂しくなかったの?」


「……揉めた件で、しれっと距離を置かれました」


「うわ、薄情な奴ら」


「所詮、クラスの余り物の寄せ集めですから」


 僕は自虐的に笑った。

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百合の間に挟まるな! ~脅迫NTRもの展開を阻止した結果、百合の間に挟まれた件~
並行して連載しておりますので、こちらもお目通し頂ければm(_ _)m
― 新着の感想 ―
 あー、あの屋敷ですか。最後の散り際に捲き込まれた「だけ」で……良かったのかも知れないですね。  輝かしき戦果の一人とならずに済んで。
まさかの前作の事故物件の火事の被害者だったのかw
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