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前日-元老奏薦

午前七時、宮中。

「おはようございます。朝早くからお呼び立てしましてすみません。」

「もったいなきお言葉。陛下におかれましても御機嫌うるわしう。」

「そんなにかしこまらないでください。なんとお呼びすればよいですかね?」

「御随意のままに。」

「それはさておき、本日は少々御相談したいことがありまして来ていただきました。内閣総理大臣経験者として御助言などいただければと思っています。」

「なんなりと。しかしながら、私はもう間もなく引退するような政治家ですし、党内でもさほど影響力はありませんので、できることに限りはございますが。」

「私にはなかなかこういうことを相談できる相手がおりませんので、相談に乗っていただけるだけでもありがたいと思っています。」

「承知いたしました。

 さて、そのお話というのは?」

「あくまでも国政報告をお聞きして自分なりに咀嚼、解釈している範囲ですが、私は、現在のわが国は非常に困難な状況にあると認識しています。立場上政治的なことを言うべきではないのはわかっていますが、一人の国を思うものとして。

 我が国は直接はかかわっていないのでそこまで深刻に受け止められていないようにも見えるのですが、世界を巻き込んで戦争が行われています。また、経済の面でも我が国はよい状況とは言えないのだろうと認識しています。もちろん、実際に政治を担っていただいているみなさんはより正確に状況を把握、分析し、様々な政策を御検討いただいているのも承知しています。

 それでも、このままでよいのかという漠とした不安があるのです。こうした国難とも言えるような状況に対応するために、国民みなが一致団結して臨まなければならないのではないか。」

「御認識はまさにごもっともであります。

 それぞれ党の方針というか、基本的な考え方というか、それぞれが目指す方向で政策を打ち出しておるところです。現在は我々が国政を預かる与党の立場ですので、我々なりの考え方、やり方でいかに国をよくしていくか最大限努力している、と言いたいところではありますが、実際には選挙対策などもあって、どうしても票集め、人気取りのようなものが混ざってしまっているのも事実です。それは野党も同じような状況でしょうが。

 今回の選挙では御承知のような結果が出ましたので、国にとって最善の策を検討するというよりは、どうしても政治的な駆け引きの中で政策が決まっていくことにはなると考えています。

 それについて御心を砕いていただいていることは誠に恐悦至極であり、可能な限り早く安定的な政治体制を確立したいとは思っていますが、もはや私はその最前線から外れておりまして・・・。」

「私は法律上は国民ではないのですが、この国に住むもの、この国に住む人々の幸福を願うものとして、やはり政治家のみなさんには国のために御尽力いただきたいと考えています。

 政治とは一線を画す立場であるので疎いのですが、国難に向かってみなが協力するというのはそこまで実現が難しいものでしょうか?党利党略とは言いませんが、国益というものを差し置いてまでこだわるべきものがあるのでしょうか。」

「あえて申し上げますが、建前上はそれぞれがそれぞれなりに考えて、国益を追求するために、ということで政策を打ち出しているのです。そして、多くの政治家は、青雲の志においては真剣にそのことを考えていたのだと信じています。

 一方で、政治の世界に身を置き、政治屋になってしまうと、それはそれとして、と理想的な最終目標はいわば横に置いておいて、目先の駆け引きばかりするようになってしまう。これが現実です。そうした世界では、なかなか一致団結してことに当たるというのは難しくなっています。」

「そういうものなのですか。」

「はい、先の大震災の時も、復興のために一致団結して当たる、という基本合意のような共通認識はできましたが、実際には、与党の取組はここがだめだなどと野党に足を引っ張られていました。確かに、ベターなやり方はきっとあるんでしょうが、あの時は何より始めることが大事だったのです。目の前で困っている人たちを待たせるわけにはいかない。多少効率が悪かろうが、できることからやっていかなければならない。野党もそれをわかりつつ与党を批判する。そういうことが起こっていました。」

「上皇陛下は、一部からの批判のあった計画停電について、重要施設としてその枠外に位置付けられるにもかかわらず、国民に寄り添う形で積極的に協力する姿勢をお示しになりました。こうしたことにより、国民のみなさんも不満を持ちつつも、協力しようというお気持ちを持って居t抱けたのではないかと思うのです。私は直接政治的な影響力を及ぼしえませんが、この国難とも言い得る状況に対して何かできることはないのか。それを御相談したかったのです。」

「もったいなきお言葉、痛み入ります・・・。」

「いかがでしょう。私は一応この国の象徴ということになっています。また、政治とは完全に切り離されています。そういう立場だからこそ、できることはないでしょうか?」

「大御心を賜れたこと、まことにありがたき幸せ。

 しかし、おそれながら申し上げれば、やはり表の立場で何かアクションを取っていただくというのは厳しいかと存じます。

 それはそれとして、本日賜りました陛下のこの国を思う大御心はしかと受け止めましてございます。よろしければ、不肖私にお任せいただき、それぞれに大御心を踏まえた働きかけをさせていただきたく。陛下に御心労おかけすることがないよう、私の最後の仕事として誠心誠意勤めさせていただきます。」

「ありがとうございます。私が直接できることはなさそうで申し訳ありませんが、なにとぞよろしくお願いします。」


午前九時、JM党本部総裁室。

「忙しいだろうに時間を取ってもらって悪いな。」

「いえ、最高顧問から相談があると面談要請が来て断れませんよ。

 それで、何かあるのですか?この場ですから正直に申し上げますが、私はあなたから嫌われていると思っていたので、まさかこのタイミングお話が来るとは想像もしていませんでした。今後の政権運営に向けて先輩から御助言でもいただけますか?」

「お前ぇさんは悪い奴じゃねえとは思うが、そういうところなんだよなぁ。まぁ、この話は今はどうでもいいんだ。

 単刀直入に聞くが、この国をよくするために覚悟はあるか?」

「もちろんです。実際に総理になる前はもう少し夢見がちなところがあったことは否めませんが、私なりにこの重圧の中で何とかもがいて少しでも良くしたいと心から思っていますよ。」

「その割にお前ぇさんは自分で動いて何かしているのかい?あの幹事長の野郎に任せきりじゃないのかい?」

「まさに耳に痛いお言葉ですね・・・。

 私としても動きたいのですが、幹事長に止められているのですよ。下手に動くと制約条件がますます厳しくなるから状況が整うまでおとなしくしていろ、とね。

 私も盤石な支持土台があって今のポストにいるわけではないので、幹事長を一喝して、というのはどうしてもできなくて。出番が来たら最大限やろうとは思っていますが。」

「ま、しょうがねぇわな。うちもお前ぇさんには投票してねぇし。敵の敵はあの場では助けてくれても決して仲間ではないだろうからな。

 それも今はどうでもいいんだ。俺が確認したかったのは、国に対する思い入れの強さだ。何が何でも、何をおいても、国をよくするために汗はかけるかい?もちろん、実際にそういうことをしようとすればいろんなところで軋轢は生じるだろうが、今はそういう細かいところはおいておいて、政治を担う者の信条として、ということだ。」

「珍しく青臭い話をされますね。でも、御承知のとおり、私は相当青臭いですよ。だからずっと冷や飯を食ってきた。やっとここまで上り詰めましたが、それも国を自分なりに浴したいという思いから望んだもの。本当に国がよくできるならこだわるものではありません。」

「そうか、それを聞いて安心した。お前ぇさんならそういうだろうと思ったから最初に話を持ってきた。

 これからする話は心して聞いてくれ。そういう話だ。」

「わかりました。伺いましょう。」

「今朝方、やんごとなきお方に呼ばれてきた。そこでの話だ。」

「なるほど。」

「かの方は国の行く末を憂いておられる。そんな状況なのに、俺たち政治屋はいろんな駆け引きをしようとしている。そんなことでいいのか。そういうご心配だ。」

「おっしゃるとおりですね。正論です。」

「で、だ。ここからは俺の提案だ。その方とは金輪際関係ない話だ。」

「はい。よくわかります。」

「国のため、国民のために総理の椅子は譲ってもらえねぇか?そのうえで、挙国一致のための新たな内閣を作る。それに協力してほしい。」

「それは大政翼賛会的な?」

「そうっちゃそうだが、そういうきな臭いもんではないんだよ。この国難に当たり党利党略を超えたところで与野党が協力できねぇか。それだけの話だ。」

「それだけの話って。震災の時でさえできないのにできると思いますか?」

「難しいのは骨の髄までわかってるよ。

 だが、今はその時じゃねぇか。少なくとも、かの方はそのようにお考えだってことを聞いてきたんだ。小競り合いをしている場合じゃねぇ。国のこと、国民のことを第一に考えるべきときだと。」

「大御心は理解しました。

 して、総理の椅子を譲れというのであれば、大命降下は誰に下すのです?」

「それが俺の妙案よ・・・。」


午後一時、衆議院第一会館議員面談室。

「変なところに呼びつけて悪かったな。どこにでもマスコミがいるからなかなか接触しづらくてな。この時期ここなら見つかるまいと思ってよ。」

「総理経験者が大先輩から話があると言われれば断れないですよ。とはいえ、暇並みでもないので、御用件を簡潔に教えていただければ。」

「そうだな。

 すでに総理の野郎には聞いてきたんだが、お前ぇさんにも改めて確認したい。この国をよくするために覚悟はあるか?」

「今は野党の代表という立場ですが、私も総理経験者ではありますし、国政を担うという重責についてはよく承知しているつもりです。そのうえでまた目指しているということで、私の覚悟のほどを御評価いただきたい。」

「そうかい。しかし、国のために働くのは総理ばかりじゃねぇぞ。」

「それは?まさか、ウルトラCで我が党を割って取り込んで過半数を目指すおつもりですか?」

「そういうちっちぇぇ話じゃないんだよ。政治家がそんなことばかりに腐心していたらいつまでたっても国がよくならねぇ。そういう文脈の話なんだよ。」

「なんだか読めませんね。」

「ここからの話は内密に頼むぞ。あんたと総理にだけ話していることだ。」

「もとよりここに一人で来ているのでそのつもりです。」

「今朝方、参内せよとの命を受けてお目見えをしてきたんだが、そこでの話だ。」

「なんだか時代がかった話ですね。」

「それでな。この国の行く末を、国民の将来を、非常に憂慮あそばされていた、ということなんだ。」

「はあ、そういう方なんでしょうね。」

「でな、こういう国難の時期に、なぜ国をよくするために国民の代表になった政治家が内輪もめしてるんだ、一緒になって対処できないのか。そういう御下問だった。」

「まさしくおっしゃるとおり。

 私としても政治の駆け引きなんてしなくていいならしたくない。でも、政権を取らなければやりたいことはできないですよ。」

「しかし、政権を取るために譲る部分てのもあるだろう。俺も何度も苦い思いをしている。」

「それはそうですが、よりよい善のためには必要な悪ではないですかね。そうとでも受け止めないとやってられませんよ。」

「俺もそう思っていたが、あの方はそうではないんだよ。そもそも政治には携わること能わず、だからな。だからこそ、一歩も二歩も引いて、こういう時だからこそ挙国一致で臨めないのか。そうおっしゃられたんだよ。」

「まさに国のことを第一に考えておられるということですか。」

「で、ここからが俺の提案だ。お前ぇさんにも協力してほしい。」

「そうは言われても与党に協力はしかねますよ。私たちも支持母体があるので言うべきことは言わないと。」

「そうじゃなねぇんだよ。あいつとも話はついている。新たな総理を立てるから、その下で与党だ野党だ言わずにやってもらえねぇか、そういうことなんだよ。」

「腑に落ちました。

 しかし、それであれば全く問題はない。私たちはすでに原決めをしています。もちろん、そう決めた理由は全く異なるものですが、私たちは彼に一本化しようとしているところです。彼にだけはまだ言っていないのですが。」

「そういうことか。だまし討ちでどさくさに紛れて連立ってことか。姑息にもほどがあるが、結果は同じだ。ちょうどいい。それで頼む。

 どうせ他党には直前になって誰に票を入れるか一斉に支持をするつもりだったんだろう。余計なことは言わなくていいから、今の作戦をそのまま流用させてもらえばいい。国のためによろしく頼む。」

「本当は私の一存で決めてはいけないのですが、今の話は聞かなかったことにして、そのまま予定どおりに行動しますよ。

 それにしても、すごい仕掛けを考えますね。」


午後五時、JM党本部総裁室

「日に何度も悪ぃな。あっちに話はつけてきた。野党側は問題なさそうだ。

 で、こっちはどうだい。話はまとめられそうか?」

「そんなこと言われましても、いきなりでこの話はまとめきれないですよ。でも、何とかするしかないんでしょ。

 なので、幹事長を説得して、とにかく数の確保のためにだまし討ちしてでも取り込んでしまおう、そのためには、首班指名であっちに投票しよう、ということにしました。友党は幹事長の方で調整してくれています。」

「よく押さえ込んだな。やりゃあデキルじゃねぇか。」

「ギリギリまで調整しようとして全くできていなかったですからね。袋小路に入り込んだところで、私がすべての責任を持つからと押し切ったのですよ。」

「そうか。結果としてやってることは野党側と同じになったな。それにしても、本人の知らないところでそんなことになってるなんて、明日はびっくりするだろうな。」

「仕方ないですよ。事前に話を入れたら逃げるかもしれないですし。

 彼は若い。能力もあると思います。足りない分は我々が支えればいいだけの話。今回はあなたの夢のような話にかけることにしました。そもそも私はまだまだ青臭いですからね。」

「そう、それだよ。それがお前ぇさんの持ち味だと思うぜ。」

「細工は流々、仕掛けは上々、あとは仕上げを御覧じろ、ですな。」


午後八時、宮中。

「遅い時間に大変申し訳ありません。」

「いえいえ、私のため、というよりも、国のために奔走いただいているのですから。

 どうなりましょうや?」

「見事整いましてございます。明日になれば、挙国一致内閣が仕上がるはずです。

 つきましては、おそれながら謹んで奏薦奉ります。」

「元老としての役割、大儀であった。そのとおり組閣の大命を下すこととしよう。」

「御心のままに。」

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