翌日-栄枯盛衰
午前八時、JM党総裁室
「ほぼ数字が確定しました。御承知のとおり大敗と言っても差し支えないレベルの負けです。KM党も議席を減らしたので、過半数までには18議席足りません。」
「結果は結果として受け止めるほかはありません。これで膿が出せたと思って再出発を図りましょう。
あえて聞きますが、私は辞めなくてよいですね?続けて問題ないですね。」
「総理、我々もいろいろ申しあえましたが、最終的に判断を下したのはあなたです。今のこの状況を招いたのはあなたです。この期に及んで無責任に逃げるようなことは許されませんよ。私も最大限尽力しますので、何があっても、何を言われても、じっとこらえて続けてください。それがあなたのポストの重みです。これまであなたが批判してきた歴代の総理・総裁もこの重圧の中で判断をしていったということをよく覚えておいてください。」
「わかりました。では、遠慮なく居座らさせてもらいます。
さて、これからどうしますか?」
「まずは私の方で裏で動きます。具体的には、できるだけ議席数を増やすよう、取り込めそうなとっころから取り込んでいきます。」
「具体的には?」
「まずは党員資格停止者については、喪が明ければ復党することを改めて確認します。そのうえで、非公認については追加公認する形で中に入れます。さらに、一度離党勧告処分とした者については、同一会派に取り込みます。」
「幹事長、ちょっと待って。党員資格停止や非公認は選挙により禊が行われた、でしぶしぶ認めますが、離党した者はダメじゃないですか?どのみち一人だし、そこまでぶれなくてもよいでしょう。」
「何を言っているんですか?この後何が起きるかわからないときに一つでも議席を積み増すのが重要です。
そもそも、私は選挙期間中に彼は公認候補の対立候補になったので復党はあり得ないと明言しているわけです。それでも、彼を取り込むために、同一会派に入れると、そう申し上げているのです。復党はさせないが、国会では軌を一にして行動してもらう。その分彼にも何かの見返りを用意する必要はありますが。」
「それは詭弁ではないですか。禍根を残しますよ。国民にも受けが悪いでしょう。離党勧告処分としておいて、選挙が終わって負けが込んだら呼び戻すなんて。」
「そんなことを言っていられる場合ですか、ということです。もはや我々には余裕はないのです。すがれるものにはなんでもすがらないと。
そもそも、かつて離反して落下傘で党の公認候補を当てられた議員も今では普通に復党しています。政治に関心が高い人ならそういうのも込みでその議員を認識しますが、多くの国民はそうではないのです。禊が済めば、時間がたてば、きれいに忘れてくれるのです。それこそが日本人の良き寛容さだと思っています。瞬間的にはいろいろ批判はあるでしょうが、そんなものはすぐに収まります。
逆に、その一議席で過半数にかけるようであれば目も当てられません。まずは力の源泉である数の確保を最優先で考えてください。」
「納得はできませんが、理解しました。で、それでどれだけ増やせますか?」
「総理だって選挙結果は知っているでしょう。それで増やせるのは4議席です。」
「全然足らないじゃないですか。」
「だからまだいろいろとやらなくちゃいけないのです。これに加え、保守系の無所属で当選している2名を取り込む予定です。無所属のままで国会での質問時間も確保できないし、秘書のあっせんなどのサービスも含めれば問題ないでしょう。」
「それで6名。あと10名以上足りませんね。」
「ここから先が正念場です。ある意味、ここまでは既定路線。ここからどういう戦略で行くかですね。
選対副委員長、総裁に説明してもらっていいですか?」
「かしこまりました。
第一案ですが、これは王道中の王道で、さらなる連立のパートナーを模索します。といっても、選択肢は限られてくるわけで。狙うはKM党ですね。数的に問題ないのと、安全保障や外交などの面で考え方が近くて相性がいい。逆に言うと、他はそういう国の在り方みたいなところで意見の相違があるので組むのはつらいですね。かつては仇敵の野党党首を総理に据えてまで、というのもありましたが、やはり立ち行かずにすぐに瓦解しました。」
「あの地域政党はどうですか?」
「あそこは今勢いが落ちています。落ち目同士で組むのはよくない。組むなら党勢を伸ばしているところであるべきです。落ち目ということはそれだけ漬け込むすきがあるということですから。」
「なるほど。でも、あそこは組んでくれますか?」
「これは幹事長にも申し上げましたが、わかりません。五分五分、あるいはもっと分が悪いかもしれません。
KM党はこの後の政治の舞台でキャスティング・ボードを握って活躍できる可能性が高いです。ここで下手に沈みそうな船に乗るという選択肢は取りたくないでしょう。一方で、ああいう野党の中にはポストに強くあこがれる向きもある。そういうのを総合的に勘案してうまくオファーできるかどうかがカギではないでしょうか?」
「それはお任せしても。」
「もちろん。総理が動いてしまえばそれ以上何もできなくなります。まずはテーブルの下で足をぶつけてみます。」
「よろしくお願いします。」
「総理、この数合わせにおいて重要なのは、先方の要求をどこまで飲めるかです。我々としては、数を取りたいのでできるだけ飲み込んでしまいたいが、最後は総理が譲るべきところを譲れるかです。そこは御覚悟を。」
「私も党員、国民にお約束したことがあるので中身にはよりますが、最大限善処しましょう。」
「よろしくお願いします。
それと、念のため申し上げますが、場当たり的な発言や軽々に請け合うのは厳にお控えいただくよう。ますます身動きが取れなくなりますので。まっすぐに見える道でも行き止まりがあるかもしれません。回り道に見えても確実に目的地にたどり着ける道を選択することが必要です。」
「この状況ではそうですね。わかりました。」
(私の政治信条からすれば、たとえ行き止まりに見えてもそこを突破してこそ、とは思うが、それに今こだわっても詮方なしか。)
「続いて第二案です。先ほど頼申し上げているとおり、連立をそうやすやすと組めるとは考えておりませんので、この案はコンティンジェンシーというよりは、プランBくらいの位置づけでしょうか。不通に備えておかなければいけないものです。
具体的には、野党の中から取り込めそうな議員を一本釣りで取り込みます。選挙に勝つ、というフェーズと、自分のやりたい政策を実現する、というフェーズはゲームのルールが違うわけです。さすがに比例代表から引き抜くのは問題ですが、小選挙区で勝った議員であれば人物として当選しているわけで、そこまで問題にはならないでしょう。総理も御承知のとおり、過去に大臣のポストをちらつかせて引き抜いた例もありますので、誰に声掛けをするかは慎重に見極める必要はありますが、できないことではありません。」
「数的に稼げますか?」
「正直そこまで離反を期待するのはきついですが、やるしかないというのが私の見解です。」
「これはあくまでも個人的な見解ですがね。KM党という公党と正式に連立を組むというのはハードルが高いわけですが、中にいる個別の議院を見れば考え方に大きな違いがないわけで、そこを個別撃破で切り崩していくというのは簡単ではないにせよ、難しくもなかろうというのが私の見立てです。実際に自ら我が党に入党した人もいるわけですしね。それを考えれば、KM党の半分弱を切り崩せれば間に合う計算になります。」
「数字の上ではね。でも、その全員を処遇できますか?閣内はせいぜい3~4名しか入れられないでしょう。最後は私の判断だが、それ以上は厳しいと思いますよ。」
「そこは腕の見せ所ですよ。閣僚人事は総理の専権事項であってあくまでも適材適所。しかし、組閣が行われるのは首班指名の後ですから。その後の国会対策もあるのできちんと処遇はしますが、ギリギリ納得してもらえるようなところをあてがっていく、というので何とかするしかないでしょうね。それと、一度離反してしまえばもどれないわけで、折り合いはつけられると思いますよ。」
「私も幹事長の御意見に賛同しますが、一つだけ気を付けたい点があるので申し上げておきます。
こちらが引き抜こうとしているなら、逆もまた然り、ということです。おそらく野合の大連立は成立しないでしょうが、それでも、RM党代表に投票してくれる人を最大限確保しようとするはず。そのとき、我が党の中で反乱予備軍、もっとありていに言えば、今回の選挙の結果も踏まえて総理に反感感情を持っている連中は少なからずいるわけです。そうした議員が切り崩されないようにする必要もあります。
離反は重罪ではありますは、ここは北風政策ではなく、太陽政策でうまく取り込んでおく必要があります。そのつなぎ止めのためのうまみも用意しておく必要があります。
うまく首班指名を乗り越えてからですが、そこはまた個別に御相談に上がります。」
「それもまたやむなしですね。では、そういうことでお願いします。」
(なってみて初めて実感するが、思った以上に制限が多いな。しかし、ここを乗り越えて国民の信頼絵を得ていけばもっとフリーハンドでできる領域が増えていくはず。それまでは多少譲ることも必要ということなのだろう。)