前夜-票読合戦
午後八時、JM党本部総裁室。
「総裁、おつかれさまです。いよいよですね。」
「ああ、どうも。いろいろあって短期決戦に踏み切ってしまったが。一度決めたことですから、総理・総裁として責任はとらなければいけないですね。どんな感じですか?」
「まずいと言えばまずいですね。かなり減らしそうです。め、それも見込みどおりではあるのですが。案の定、裏金系の非公認・離党組は状況がかなり厳しいですね。」
「それも仕方ないでしょう。かつて違法献金が問題視された時も粛清が行われました。改めて体制を建て直すには必要なことですから。
せっかくここまで来たなら、私としては後世に語り継がれるような政治改革がしたいとずっと思っていたのです。それが手に届くところまで来たわけですから、突き抜けるしかないですね。いずれにせよ、我が党の歴史に残る結果にはなるでしょうが。」
「それが・・・。想定以上に厳しそうです。あおりを受けていると言いましょうか。我が党の候補者がみな裏金をつく言っていると受け止められている節があるのです。まさにそれは野党の戦略でもあるわけですが。これに反論しても言い訳のようにしか聞こえないのも事実でありまして。」
「それはそうでしょうね。そもそもこれは本質的な論点ではないわけですから。
野党の中にも裏金を作っていた人はいて、でもそれはあまり報道されなくt。そういう与党に対して異様に厳しい目をもって接してくるのがマスコミですから。とはいえ、私も党内野党のような立場でさんざん利用させてもらいましたので、いまさらそれにどうこう言うこともできないですね。むしろ、それをうまく利用して、党内の立場を固め、政権を運営していく必要があるのだと認識しています。」
「そうはおっしゃっても、過半数割れまでは想定内だとして、あまりに議席を減らすようであれば責任問題になりはしませんか?」
「当然ですよ。私もかつては責任をとれと追及してきました。
でもね、裏金議員が淘汰されるのは自然の摂理のようなもので、それで一時的に党勢がそがれるのは必然。その後に国をどう運営していくのか。それにより国民の信をいかに勝ち取っていくのか。これが政治を預かるものの責任であり、手腕の見せ所ですよ。」
「正直なところ、今回の総裁選は消極的な理由で勝っているだけで、党内に盤石な支持層はありませんよ。対立的な勢力は落選でいなくなっても、これまでニュートラルだった層も負けが込めば批判の声は後を絶たないと思いますが。」
「それも然り。
一方で、いくら声が上がっても、こうがんむちにいけばなんとかなる、というのも歴史が証明してくれています。
きちんと政治をすればよいのです。私にはきっとそれができると思う。もう二十年は政権を取った暁のことを考え続けてきたのです。それを実行していくのみです。」
「そうですか。もうすでに明日の結果を待つしかないのでこれ以上は申し上げませんが、明日からは相当な御難場だと思いますので、御覚悟を。」
「ありがとう。ここでくじけないことが私の目指す政治の第一歩ですね。最後までやり切ります。」
(そうは言ったものの、実際はどうだろうか?私としてもさんざん選挙結果の責任追及はしてきた。自分がその立場になったときにかわすというのはいかがなものか。しかし、総理・総裁として選ばれた以上、それがどんな経緯であれ、国政を担う立場としていい加減なことはできない。やることをやるしかないな・・・。かつて私が批判していた過去のリーダーたちもこのような思いだったのだろうか?)
午後八時十五分、議員宿舎へ向かう車中。
(総理はああおっしゃっているが、事態はそんなに甘くないだろう。そもそも、過半数割れが想定内だとしても、だからと言ってそれが許されるわけではないのだ。岩盤指示がない以上、少しでも隙があれば攻め込まれるはず。さすがにこの火中の栗を拾ってでも、という野心家は今のところ見当たらないが・・・。)
午後九時、JM党本部幹事長室。
「やはり形成は相当不利ですか、もっとも、総理があんな調子では回復のしようもないですが。
それにしても、気楽なものですね。総裁選の時に踏み込みすぎているからあまり身動きが取れない。」
「しかし、いくら党内処分をしたとしても、裏金議員をそのままの扱いで選挙には臨めないですよ。非公認は党として公認しないということです。党員資格停止は党員としての資格を停止するということです。どちらもいったんは党から切り離す。これしか手はないでしょう。」
「あなたも総理も青臭すぎるのですよ。この世界は数こそ力です。最後に議席数をどれだけ多くとったかが問題なのです。選挙対策を預かるのであれば肝に銘じてください。とるのは票数ではなく、議席数です。
勝てるところは落とさない。負けそうなところはいっそ損切りする。つか後任でもなんでも事後的に議席数を稼ぐ。それらを全体的に考えて調整し、動くのが私たちの役目です。」
「幹事長、選対委員長はまだお若いので。」
「だからこそ君に副委員長をやってもらっているんじゃないか。現場を仕切るのはもちろんだが、表の場に出るのは委員長なのだから、そのあたりも噛んで含めるように教えておいてもらいたいものだね。」
「申し訳ありません。
しかし、パンダはパンダの役目があります。あまり裏まで知りすぎているとまずいところもあるでしょう。なにしろ、その青臭いところが人気の秘訣でもあるわけですから。表のきれいごとの世界はお任せするしかないので、裏方仕事はこちらで相当やってきましたよ。」
「それもそうだな。非公認とか党員資格停止だとか、離党勧告だとか。選挙前から数を減らしてどうする、ということだ。非公認と党員資格停止は方便のようなものだから受かってもらえさえすれば数に入れられる。表立っての支援はできないが、便宜派はあってやらねばなるまい。」
「支度金とは切り離して各地方支部には活動資金として実弾をばらまいてます。実態上の問題はないでしょう。応援についてもあえて各議院の自己判断で、ということで制限をかけたりしていませんから。次を目指す人なんかは要請がかかればすぐに駆け付けるでしょう。彼女は人気取りをしないといけないわけですし。
問題は離党処分のあの人ですね。党公認候補に対立する形で立候補してしまいましたが。」
「離党処分となればそうなることはわかっていたので残念ですね。だからあれほど離党処分はやめた方がいいと言ったのに。どう考えても地元にどちらが受け入れられているか、どちかが選挙に勝てるかは明白だった。
党員としての党の方針に従っている限りにおいては、好き嫌いではなく、議席が取れるかどうかで判断すべきなんだ。総理は幹事長も経験しているが、そこが徹底的にわかっていらっしゃらないようだ。だからこそずっと冷や飯を食っていたわけだが。しかし、この期に及んでこの仕打ちは選挙対策としては悪手でしかなかった。」
「総理も御自分である程度認識されているのでしょう。だからこそ選挙対策は幹事長と私に丸投げしてきているわけで。選対委員長同様、御自身もきれいごとだけ言っていたのではないですか?」
「こちらのことを配慮せずに無責任に発言するから問題なのだよ。すり合わせたうえで支障ない範囲できれいごとを言うのはいいが。そういう調整もできない人なんだよ。わかっていたことだけど。」
「私は票を入れたわけではありませんが、党として選んでしまったのだから仕方ない。担ぐしか選択肢はないんですよ。」
「お二人は何を話しているのですか?この選挙は新政権が国民に信を問う、ただそれだけのものです。我々が考えていることをわかりやすく伝え、それに共感してもらえるかどうかではないんでしょうか?私はそうやって選挙を戦ってきていますが。」
「あなたは圧倒的に地元人気が高いからそうでしょうが、国民は必ずしも政策の中身で誰に票を入れるかは決めないんですよ。個人的に好きだ。組織として応援している。対立候補が嫌いだからほかに勝てそうな人に入れる。まさにいろいろです。
そういう状況下で、どのように得票数を稼ぐかを戦略的に考えるのが普通です。そして、幹事長がおっ社多用に、各選挙区の部分最適ではなく、トータルの議席数という全体最適で考えなくてはいけないのですよ。今回は比例重複なしの御沙汰もあるので相当に議席数が積みづらい。」
「なんだか納得できないですね。」
「君は納得する必要はない。とりあえずいろんなところに応援に回ってくれればいい。あとはこちらでやっておく。」
「それにしても、幹事長の英断でタイミングを速めたからこそここで食い止めていますが、もう少し遅かったらさらにまずいことになっていたかもしれませんね。ぼろが出るのが早過ぎる。」
「それは仕方ないよ。これまでは自由な立場で言いたい放題できる環境だった人だから。責任ある立場になれば、言いたくても言えないこと、言いたくないけど言わなくちゃいけないことは出てくるんだ。それをブーメランだなんだと批判されようが厚顔無恥にやり過ごすのが総理・総裁に求められる資質だと思いますね。」
「選対委員長、あなたもさらなる高みを目指すなら、以下の幹事長のお言葉は心に刻み付けておいた方がよろしいかと思いますよ。」
「私も大臣の時に国会ではさんざん吊し上げのような野党の質問攻勢に会いましたが、それを乗り越える姿を見せることが国民の信頼につながると思うのですが、違うのですか?総理だって最初はぎこちなくても、誠意をもって対応すれば、国民にも伝わると思うのですが。」
「仮に国民が国会中継を真剣に見ているのであればそういうこともあるかもしれません。しかし、多くの場合、マスコミに切り取られた情報だけに接するのです。そして、マスコミは注目度を高めるために、色を付けて報道するのが常です。
これまで大した瑕疵でもないのに退陣にまで追い込まれた政権もあります。総理は予算委員会で議論したいとおっしゃっていましたが、私はそれを非常にリスクが高いと判断した。だからQTだけにして選挙に突入してもらったんですよ。それでもマスコミにはいろいろと批判されているでしょう。それが与党の政治家に対する風当たりです。
君も大臣になってから手のひらを返したようにマスコミに攻撃されたでしょう。某党の機関紙のように新年の塊のような報道のみのメディアもありますが、多くはリベラルという名の左寄りの大衆迎合主義ですね。いずれ注目度の高い報道をしないとビジネスが成り立たないんだから、そういう傾向になるのが必然です。我々与党はそれをして偏向報道だなんて攻撃しても大人げないので、そういうものだと思って付き合ってきたのですよ。最近は少し度が過ぎていますが。」
「私も週刊誌報道には今も苦しめられていますが、自分たちに都合よく、読者の関心を引くようなストーリーを練り上げる手腕は感心しますよ。」
「いずれにせよ、もう明日だ。選挙の表の顔としては選対委員長である君に前面に出てもらわなければいけないので、よろしく頼むよ。」