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「相変わらず呂華様、美人だったなぁ!」
「呂華様素敵すぎだろ!」
「最高だったね!」
男女ともに感嘆の声が漏れる中、アップテンポのバンドがステージに上がった。不知火の作ったゆったりとしたバラードの空気が徐々に消え、再び会場の中は熱気で溢れかえっていく。いよいよライブも後半戦。イケイケソングで盛り上がりに盛り上がって、首が飛んでくんじゃないかってくらいに首を振って、一体感を生んでいく。運動神経の無いボクには、そこまでのノリはなく、一番後ろで手を振って声だけは出していた。もう、三杯目のジンジャエールも空になりそうだ。いよいよ最後の組が、アンコール曲を歌うところまで来た。この心地よいベースやギター、ドラム音の中、それぞれの個性あるヴォーカルが奏でる歌も、おしまい。また、次のライブまではCDを聞いて楽しまないと。
最後のバンドが終わったところで、全組の出演者がステージ上に並んで、軽く挨拶をするのだが、不知火のメンバーも上がるには上がるけど、そこで呂華を見たことはなかった。今日はどうだろうと思いながら一番後ろから眺めているけど、やはり今日も呂華の姿はなさそうだ。
早めに終えたバンドメンバーは、たまにドリンクコーナーまで下りて来て、お客さんと一緒になってお酒を飲んでることもある。それに期待して、ジンジャエールに三杯も課金してみたが、結果はいつも通り。呂華はおろか、不知火のメンバーの誰もが下りてこなかった。プロ意識が高いのかもしれない。
不知火のメンバーの言葉は聞いたし、帰ろうと思って箱を出た。中があまりにも暑くて薄手のTシャツ一枚になっていたからか、外がやや冷えて感じた。左手には紫のリストバンド。完全なる呂華推しだ。
会場から一番近くにある地下鉄駅で電車を待つ。まだ、二十一時過ぎくらいだ。終電までまだまだ時間はある。電車が来たところで乗り込むと、先に乗って座っていた見覚えのある顔を見つけた。咄嗟に、
「一夜くん!」
割と大き目な声をあげてしまった。
「あぁ、うん」
「名古屋に来てたの? こんな時間まで?」
「まぁね。お前は?」
「ボクは今日、大須でライブがあったから。ほら、前に誘ったでしょう? 不知火のライブ」
「あぁ……そんなこともあったっけ」
「もう忘れちゃったの? これ、つい最近のことなんだけどなぁ」
「嘘、嘘。覚えてるよ」
「本当に?」
「ほんと」
「それなら話すけど、結局ひとりで行って来たんだ。生物科のみんな、誰も釣れなくて」
「へぇ」
「でも、だからこその良さがあってね? 感動しちゃった。最前列で呂華さま見れたんだよ!」
「そ、よかったね」
――よかったね。それは、どこかひっかかる言い方だった。でも僕は、興奮さめない中でキミに会えたことで、小さな変化を読み取ることなんて、どうだってよくなっていたんだ――
「一夜くんは?」
「大須で買い物。中古で黒服漁ってた」
「黒服着るの!?」
「ダメ?」
「ううん! 絶対似合うよ! シルバーアクセも決まってるし。いいなぁ。スタイルよくて顔よくて。羨ましすぎる」
「お前だって、別にモテない顔ではないでしょ?」
「ボク……彼女居ない歴=年齢の寂しい虚しい男子生徒なんだけど」
「俺と同じじゃん」
「えええええっ!?」
「ん?」
「その美しさ、その色っぽい声、高身長! 何を取っても女子にきゃーきゃー言われそうなのに、なんで?」
「うーん……性格に難ありなんじゃない?」
「あ……」
僕は一瞬黙った。気まずさを覚え、ちらっと一夜くんの顔を見てみる。大丈夫、こちらを観察しているわけではなかった。一夜くんは、いちいち人の対応で感情が揺さぶられるほど、子どもじゃないんだろうなと勝手な推測をまた立てた。
「えっと、大須で買い物してたんだよね。よく来るの?」
「まぁ、たまにね」
――部屋が隣のキミとは当然、下りる駅も同じ。一緒に岐阜駅でバスに乗って、アパートまで向かう。ボクは道中、ライブの感動が止まないまま、キミにライブでの話を延々と繰り返していたよね。あのときのキミの横顔が、どこか遠くを見ているような目に感じたのは、気のせいだったのかな――