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青い糸  作者: 小田虹里
8/15

1-8

 結局、不知火のライブは生物科の誰かと行けたらいいなと思って誘ってみたんだけど、見事に完敗。みんなに断られて、ひとりで見に行ったんだ。

 あのときの虚しさはなんとも言えないものがあったけど、結果的にはひとりで行ってよかったと思ってる。隣を気にしないで不知火のヴォーカル「呂華」に夢中になれた時間は、ボクにとって至福の時だったからだ。


 六月某日、ライブ当日。

 物販は十五時から。開場十八時、開演十八時半。ボクは物販欲しさに十四時には箱の近辺まで来ていた。名古屋大須にある小さな箱だけど、小さいところの方が呂華を近くに感じられる。ファンは燃え尽きそうなほど、身体全体で推しバンドを応援した。

出演するバンドメンバーからしたら、「大きなところで歌いたい」という願望があるかもしれないけど、ファンとしては小さいのもそれはそれでよかった。ボク自身、大きな箱で歌う不知火も見てみたいけど、自分の手の届く範囲で活躍してくれている方が、チケットも取りやすく手嬉しいかな……なんてことを考えていた。ファン失格かな?

 不知火はまだインディーズだけど、FCまであって。ボクはTシャツやCD、パンフ。とにかく色々と買いあさった。これらのコンテンツの全てを、FC委員が行っているという。Tシャツなどは、不知火のメンバーで造っていると聞くから、品切れになるのも早い。

今日は不知火オンリーのライブではないから、他のグループのグッズを求めるファンの子たちも居た。V系バンドが集まっているから、周りはゴスロリパンク服を嗜む子が多い。不知火ファンの子は、黒服に右手に紫のリストバンドを着けているから、見分けがつきやすい。紫は呂華のイメージカラーだった。

 推しのバンドのときには箱の前列へ行き、推しが下がるとファンも後ろへ下がって入れ替わる。そうやって、譲り合って楽しんでいた。オールスタンディンスの箱で、みんなギュウギュウになって手を振り頭を振る。

 今回は、四組目に不知火が登場する。三組目のバンドが退いたところで、女性ファンがやや後ろに下がり、男性ファンが前列を陣取った。呂華の性別は公表されていなくて、男とも女とも見える。背の高さからすると、男性かな? と思うけど、見た目は女性そのものだし、美人だと思う。黒髪に紫のメッシュを入れて、暗がりだけど青い目がスポットライトに輝く。呂華が女性だと見るファンが多くて、いつも前列を抑えるのは男性だった。

 ボクもなるべく前で呂華を見たくて、狭い隙間を縫って最前列までなんとか出た。見上げてみると、まつげの長い呂華の顔が真正面にあって、思わず目を見開いた。

(こんな近くで呂華さま見たの初めてだよ!)

自惚れかもしれないけど、呂華が歌っている最中、時折ステージからこちらを見下ろすときに、たまにボクと目が合った気がした。これ、誰もが思うことだよね。ステージの上からだと、ボクたちの顔なんて見えやしないのかな。明るい世界に立ったことのないボクでは、想像もできない世界だ。


 だからきっと、目が合った……なんていう感動も、さすがに「気のせいかな」という現実的解釈で落ち着くはめになってしまった。


 いや、いいんだ。自分が思っただけで、周りの人に迷惑なんてかけていない。ボクはきっと、新曲紹介前のドラムがリズムを刻んでいる間、一呼吸おいて歌いはじめるその瞬間、目があったこと。サビ前で盛り上がったところで横目長しでぶつかった視線のこと。どれも勘違いなんかじゃないって、最高の思い出のひとつとして残そうと、心に決めた。

(それにしても、新曲もよかったなぁ。家でCD聞かなきゃ!)

「どうもありがとう」

 呂華のボソッとした囁き声で、不知火の出番は終わった。幕の中にはけていくと、ボクは余韻に浸ってボーっとしながらも、箱の後ろまで下がっていった。一番後ろには、ドリンクの引き換えコーナーがある。引き換え券でジンジャエールを一杯もらい、ひと息つく。


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