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青い糸  作者: 小田虹里
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1-7

 ――いつもどこか冷めたような目が、少しだけ笑っているように見えたのは、ボクの気のせいなんかじゃない。ボクはそう思いたかった――


 五月。

 大学生活にも慣れてきたボクたち新入生。生物科のみんなはすごく仲良しで、意気投合していた。ただ、ひとりを覗いて。

 一夜くんだけは、大学に来たり来なかったりだった。アパートが一緒で、一夜くんの隣の部屋だったボクは、毎朝登校前にドアをノックして誘いはしていた。正直鬱陶しがられるかなとも思っていたけど、毎回サボっていては単位を落としてしまう。余計なおせっかいだとは分かっていながらも、ボクはノックを続けた。

「まだ眠い……」

 一夜くんは、一応はボクのノックに反応してくれた。たまに一緒に登校してくれるけど、大概は眠いって断られて、結局はボクひとりが学校へ向かう日々だ。ただ、そのちょっとの会話だけでもボクは何故か嬉しくて、翌日も同じようにノックしてしまった。たまにある「一緒に登校」が嬉しすぎて、癖になってしまったのかもしれない。一夜くんからしたら、いい迷惑だったかな。

 落ち着いて考えれば、毎朝ノックなんて、ストーカーみたいだよね。ボクはそんなことにも気づけないほど、浮かれていた。生物科の誰のことも好きだけど、ボクの中での一番の優先順位は一夜くんだったんだ。


 恋でもない、友情でもない。

 ボクはキミに、何を期待していたのかな。


 翌日も、ボクは一夜くんのアパートのドアをノックしていた。中からゴソゴソとした音がして、ガチャリとドアの鍵が開く音がする。僕はドアが開くと、にっこり笑った。一夜くんは髪に寝癖をつけたまま、黒くて綺麗な長いウルフヘアをワシャワシャト掻いていた。

「どうぞ」

「どうも!」

 ボクにも最近、変化が現れた。大学の講義を、一緒になってサボるようになっていたんだ。一夜くんほどじゃないけど、気になった日は、朝起きて一夜くんの部屋をノックして、部屋に上がらせてもらっていた。まだ寝ぼけている一夜くんを見ながら、朝食を作る。〇倉庫にはたいてい卵がストックしてあったから、卵焼きとか、目玉焼きとか。簡単に作れるものを用意して、一夜くんに食べさせていた……といっても、一夜くんの冷蔵庫の物だから、ボクが経済的負担を強いられている訳ではない。逆に、僕が一夜くんの卵をもらっている形で、一緒に朝食を取る。その後は、ふたりでまったり部屋の中で過ごしていた。


「飽きないねぇ」

「ボクも不思議なんだ」

「不思議だね」

「あ、そこ待って!」

「待ったなし」

 パチ。

 死んだ。

 ボクが角に作っていた黒の陣地が……死んだ。

 ボクたちはよく、碁を打っていた。ボクも一夜くんも、高校は囲碁部だったらしい。少しずつ話をしている中で、それを知り、一夜くんが簡易的な碁盤をアパートに持ってきているというので、一緒になって遊ぶようになった。でも、レベルが違う。僕は部内最弱だったこともあって、一夜くんには全然歯が立たない。一夜くんも、そこまで部活に力を入れていた訳ではないと言っていたけど、ボクなんかよりずっと強かった。

「あーあ、死んじゃった」

「詰めが甘いね」

「また一夜くんの勝ちだ」

「お前が弱いんだよ。本当に囲碁部?」

「そうだよぉ。部内最弱なんだってば」

 一夜くんの部屋は、殺風景だった。ベッドもなくて、布団を敷いている。玄関が小さくて、入ると左手側に台所。右手側にお風呂場とトイレ。そこを仕切る扉がひとつあって、ドアを開けると六畳半の部屋がある。ボクと同じ部屋の構造だった。角部屋だからといって、何も変わらない。

 勉強机もないけど、ノートパソコンとちゃぶ台がひとつ。テレビがカラーボックスの上に置いてあった。カラーボックスの中には、大学の教材と、何かの資料が置いてあった。窓際に碁盤とCDが綺麗に積んで置いてある。CDはパソコンで聞いているのかな? 一夜くんの部屋に碁盤とCDがあることが、僕の中では不思議だった。

「何を聞くの?」

「ん?」

 CDを指さして、僕は一夜くんに聞いてみた。

「まぁ、色々」

「見ていい?」

「どうぞ」

 そう言われると、僕は立ち上がって窓際に移動する。積んであるCDの一番上を手に取って、思わず声をあげた。

「あ! 不知火だ!」

「知ってるの? マイナーだしインディーズなのに」

「V系のナリでバラードを歌うのがすごく好きで!」

「へぇ」

「へぇ……って、一夜くんも好きなんでしょ?」

「どうかな」

「ボク、FCにも入ってるんだ!」

「すごいね」

 重ねられたCDを見てみると、ほとんどが「不知火」というV系バンドの物だった。ボクも知らない、初期の物まである。目を輝かせてそのCDを羨ましそうに見つめた。その光景を、一夜くんはいつもの冷めた顔で見つめている。でも、どことなく嬉しそうに口元を緩めたようにも一瞬見えたんだ。

「今度、ライブがあるんだ!」

「へぇ」

「チケット、二枚取ったんだけど……一夜くん、一緒に行かない?」

「俺は遠慮する」

「……そっか」

 断られるとは思わなくて、ひとりしゅんとするボクは、勝手だと思う。一夜くんの気持ちをボクが支配することなんて出来ないのに、上手くいかなかったからと言って、子どもみたいにいじけてしまって。


 格好悪かったよね。


  ――キミは、どんな顔をしてボクを見ていたのか。今はもう、思い出せないよ――



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