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「面白いことを聞いてくるね。“何を見てるの?”じゃなかった」
「あぁ、だって! キミの目には何が映っているのかなぁって。何もないところに、興味持つような感じには思えなくて」
「……さぁ」
「?」
「なんだろうね」
「……一夜くん?」
一夜くんは、それ以上何も語らなかった。ただ、ゆっくりと立ち上がるとみんなの方に歩み寄って来た。みんな、ちょっと驚いた顔をしていたけど、悪い人たちは居ない。一夜くんにも自分たちで組んでみた予定表を見せて、書き写しをさせてあげていた。
専門科目は一通り見た。後は全学部共通科目を空いている曜日の時間に充てるだけ。それは、どの教科でもよかったから、みんな各々の興味が向くままに、カリキュラムを組むことにした。ボクたちは資料をカバンにしまって、家に帰ることにする。
「じゃ、十五日に会おうぜ!」
石山くんが声をかける。ムードメーカーな石山くんは、ハキハキしていて威勢のいい子だった。
「ライムしようね」
「うん、またな!」
アパートに下宿組と、実家組に分かれて、大学構内を出た。
僕は自転車に乗ってアパートを目指す。その隣に、一夜くんも居た。
「一夜くんもこっちなの?」
「うん」
どこまで走っても、僕の隣に一夜くんが走っている。もうすぐそこが赤色屋根のアパートだ。T字路を曲がって、突き当りの川沿いにあるアパート。その駐輪場まで一緒だった。
(まさか、まさか、一緒のアパートだったなんて!)
思わず飛び上がりそうなほど、ボクの胸はときめいていた。あ、ボクは純粋に女の子が好きだし、男色家では決してない。そういうところに偏見もないけど、所謂ノンケというやつだ。それなのに、一夜くんの存在はキラキラとしていて、あの深い青い瞳に吸い込まれそうになる。黒髪から覗く青い目は、海のような深みのある色をしていた。
ボクたちは、並んでエレベーターに乗る。
「何階?」
「六階」
「まさか、隣だったりしてね」
「お前も六階なの?」
「うん」
チン。ガラガラ……ドアが開く。一丁前にエレベーターまで付いているアパートだけど、ちょっとエレベーターは安っぽくて、振動も激しいし、ドアが開く音も大きかった。
先に下りたのは一夜くん。後からボクも下りると、二人して左手側に進んだ。一番奥の角部屋のドアに鍵を差し込む一夜くんを見て、僕は思わずカバンを通路に落とした。
「ほ、本当にお隣さんだった!?」
「へぇ」
――一夜くんはさほど興味を示さなかったけど、ボクはもう、これは運命でしかないと確信したんだ。初めての地で出会った初めての人が、同じ学科でお隣さん。運命じゃないなんて、言わせないよ。そんなことを言われても、キミは困るだけかもしれないけど、僕はそれでもよかったんだ――
「これからよろしくね! 一夜くん!」
「……うん」
素っ気なく頷く一夜くんは、ガチャリとドアノブを下げて部屋の中に姿を消した。僕は数分間扉の前に佇んで、ひとり余韻に浸っていた。
芸能人に出会った一般人。そんな言葉がよく似合うと思う。思わず呆けてしまって、身体に上手く力が伝わらなくなっていた。同じ一年生にはとても思えないくらい、一夜くんは大人びていて。どこか影を帯びているそこがまた、深みを増すようでボクの好奇心は掻き立てられたんだ。