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ついに迎えた入学式。黒のスーツを着て、青色のネクタイを締めたボクは、大学から近いところにあるセレモニーホールの席に座っていた。学長の挨拶や、新入生代表の挨拶などが行われていく。これが終わったら、大学に移動して、各学部に分かれることになっている。
「それではこれにて、入学式を終わります」
司会がそう告げると、ざわざわと声があがった。席順は特にないが、ブロックごとで学部に分かれていた。新入生は全体で一四〇〇人ほど。それだけの中から、同じ理科教育の生物科の人を探すのは、難しい。さっさと教育学部棟に移動して、研究室に入った方が仲間に会えるのも楽そうだ。ボクは」、いそいそと外へ出た。外では、何台ものバスが並んで居る。順々に大学へ運んでくれる。ボクもバスに乗り込んだ。親が来ている人は、親の車で移動する。
大学のロータリーに着くと、バスのドアが開いてドドドっと新入生が降りていく。目の前に広がるのは、大きな大学棟と、多くの先輩たちだ。サークルの勧誘をするために、チラシを持ってバスから降りて来る新入生に声を掛けていた。
「テニス部、どうですか~! 一緒にやりましょう!」
「こちら茶道部です! お茶会どうですか?」「馬術部です! 一度見に来ませんか?」
(うわぁ、すごい人……)
人酔いしそうなほどの先輩と新入生の数に、ボクは圧倒されていた。田舎育ちのボクには、こんなにも多くの人の中に囲まれることは滅多になかった。
ボフ! きょろきょろしていたら、ボクは前を歩いていた人にぶつかってしまった。背は一八〇センチくらいあって、肩幅は広めだけど、すごく華奢。襟足が長い黒髪で、後ろから見るだけでも美人だと直感が訴えかけて来る人だった。私服だし、きっと先輩だ。
「すみません! 前、よく見てなくて……!」
「勧誘すごいからね。仕方ないよ」
「先輩もサークルの勧誘しているんですか?」「え?」
振り返ったその人の顔に、ボクは面食らった。
「キミって……ラーメン屋で相席した人?」
「ラーメン? あぁ……言われてみれば、なんかそんなことあったね」
「すごい! 運命みたいだ!」
「運命?」
青年の目は、今日も青かった。青い目が不思議そうな輝きを放つ。
「あ、今……変な奴……とか思った?」
「うん」
「ひどーい! ボクはこれでも本気で思ったのに!」
「嘘、嘘。冗談だよ」
心にもないことを思っているようにも見えたけど、気にしないことにした。ボクは青年の隣を歩く。
「それにしても、先輩と再会できるなんて……夢みたいです」
「俺、新入生なんだけど」
「嘘!? その見た目で!?」
ダメージジーンズに黒のTシャツ。あまりにもラフな格好過ぎて、とても今まで入学式に列席していた新入生には、思えなかった。でも、嘘を言っているようにも見えない。だからきっと、本当のことなんだとボクは思い直した。
「見た目で人を判断しちゃダメだよ」
「そ、そうだよね……ごめん。ちょっと、驚いちゃって」
脚も長い彼は、一歩が大きかった。背丈が一七〇くらいしかないボクが隣を歩こうとすると、早歩きになってしまう。
「ボク、教育学部なんだけど……キミは?」
「俺も」
「え! ちなみに……専攻は?」
「生物」
「……嘘だ」
「?」
「ボクも! ボクも生物なんだ!」
「へぇ……奇遇だね」
――キミは、特別気にした様子はなかったけど。ボクは、この出会いを本当に運命だと確信したんだ。良い年した男が運命だなんて、おかしいよね。だけど、笑われたって良い。ボクは、キミのことをもっと知りたい。そう、思ったんだ――。