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青い糸  作者: 小田虹里
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 ――六月も半ば。前期のテストの予定が見えてきた頃。キミはまだ、みんなと打ち解け合うこともなく、独り佇んでいた――


「楠井。テスト勉強してる?」

「レポートはまとめてるよ。みんなは?」

 生物科一年のたまり場、第二実験室。ボクたちは午前中の講義を終えたところだった。生物科は同じ階の物理科と一緒に実験を行うことになっていた。第二実験室の前側が生物科。後ろの机に物理科が座っている。物理科が順々に実験室を出て行くのをなんとなく見つめながら、生物科のみんなと会話をする。

「オレ、ノート取れてない所もあるんだよな。楠井、ノート回してくれない?」

 桜井くんだ。両手を合わせてぺこっと頭をボクに下げた。ボクはふふっと笑って、短く「いいよ」と答えた。

「みんなで足りないところは補おうぜ! ていうか、大学のテストってどんなもんなんだろうな。講義も高校までとは全然違うし」

 石山くんだ。石山くんは元気で体育会系なイメージだけど、勉強もすごく出来る。みんなが行き詰って困っているところを、よく助けてくれるお兄さん的存在になっていた。

 ボクは、独り会話の輪に入って来ない一夜くんが気がかりで、そっぽ向いて外を見ている一夜くんに声を掛けた。

「一夜くんも、ノート要る? 一夜くんは、講義出てないことが多いし。レポート書くにも、ノートは要るでしょ?」

「俺はいい。自分の責任だから」

「遠慮しなくてもいいよ。後期になったときに、借りを返してくれればそれでいから」

 ボクは、ノートの一部をコピーして持っていたものを、一夜くんに向かって差し出した。一夜くんからしたら、余計なおせっかいだったかもしれない。でも、ボクの押し付けをなんとか受け入れてくれて、コピーを手に取ってくれた。思わず嬉しくなって、くしゃっとした笑顔を向けてしまった。後になって、ちょっと恥ずかしくなる。照れを誤魔化すために、手ぶらになった右手で髪の毛をワシャワシャと掻く。

「講義によっては、ノートの持ち込みOKなところもあるんだよね」

「綾乃ちゃんも、綺麗にノートまとめてそう」

「美歩ちゃんこそ!」

 女子組もきゃぴきゃぴとテストの話題に花を咲かせる。そう、講義によってはテストすらなく、レポートで評価がつくところもあった。ノートの持ち込みも可能だなんて、高校までの授業では、あり得ないことだった。新しい環境というものに、ボクたちは好奇心と若干の不安でいっぱいだった。

「おい、徳永。お前の代返のお返しに、たまには昼飯付き合って、おごってくれよな」

「あぁ、いいよ」

「よっしゃ! 今日は徳永のおごりっす!」

「ちょっと、石山くん。一夜くんに悪いって」

「別にいいよ。世話になってるのは確かなことだからね」

「え、でも、みんなの分を奢るの? 学食安いといっても、流石に高くなっちゃうよ?」

「バイトしてるし、普段から節制してるから問題ないよ。嫌ならキミは残ればいい」

「嫌とは言ってないよ!」

「それじゃ、行くっすよ」

 石山くんが一夜くんの肩に腕を回して身体をゆすった。華奢な一夜くんは、その拍子によろけたけど、石山くんのがっしりとした体型で上手く支えている。

(いいな。あんな風にくだけて接することが出来るのって)

 ボクは、石山くんのような筋肉も身長もなかった。それがコンプレックスのひとつでもある。

 みんなでぞろぞろ第二実験室を出て、教育学部棟から全学部共通棟へ移る。さらに東へ抜けて、離れにある第二食堂へ移動した。昼時のため、学生で溢れていた。まずは席を確保しなければいけない。女子組が席を抑えに行ってくれたため、ボクたち男子は先に食事を買いに行った。今日のA定食は、豚の生姜焼き。六〇〇円で食べられる。

「徳永が学食来るのって、珍しいな」

「たまには学生らしいこともしておこうと思ってね」

「これは、明日は雨かもしれないね」

「かもね」

 水代くんが、笑いながら一夜くんをからかった。別に悪意ある弄りではない。一夜くんもそれを分かっているから、表情は穏やかだ。慣れない第二食堂、略して二食で、一夜くんはメニュー表のところから、なかなか動こうとはしなかった。ボクは、一夜くんの隣に歩み寄って、個人的オススメなんかを離したりした。

「このA定食っていうのが、日替わりなんだけど、何が出ても六〇〇円で食べれるんだよ。あと、こっちの丼もの。これも結構いけてる。今は九州沖縄フェア開催中だから、ラーメンも普段はない豚骨だったりしているんだ」

「へぇ。色々あるもんだね」

「学食って、便利だよ? 一夜くんも、これからは一緒に学食で食べようよ」

「うーん……それはどうかな」

「なんで?」

 一夜くんは、頑なにみんなとの距離を保とうとしていた。人と接することが苦手なのかもしれないけど、毎日顔を合わせる仲なのに、未だに慣れないことなんてあるのかな。ボクは不思議に思いながら、頭ひとつ分は軽く背が高い一夜くんを見上げていた。

「俺は、学生生活を謳歌したい訳じゃないから」

「……でも、大学には入ったんだよね?」

「親が煩くてね」

「そうなんだ」

 さらっと言ってのけるから、そこまで大きな問題ではないのかもしれない。ただ、なんだか引っかかるものを僕は感じていた。それに対して言葉を続けようと口を開くが、石山くんがこっちに気づいて近づいて来た為、言いそびれて口をまた閉じた。

「徳永、驕れっていったのは冗談だからな? お前、好きな物頼めよ?」

「ん。わかった」

「楠井、席あっちの方で女子が取ってくれたから。オレたち、そっちに行ってるな?」

 石山くんは、から揚げ定食にしたらしい。トレーにから揚げ定食と箸を乗せている。その奥で、ラーメンやカレー、焼き魚定食を頼んだ水代くんに桜井くん、山南くんの姿もあった。みんな、通い慣れた二食のため、メニューを決めるのも早かった。

「わかった! 先、食べてていいからね? 麺類伸びちゃうし」

「了解っす! じゃ、また後でな!」

「うん!」

 みんなの姿が人混みの中に消えてから、一夜くんはその姿を追うように横を見ながら、呟いた。

「石山って、面倒見いいね」

「みんなをまとめるムードメーカーだしね!」

「楠井も、俺なんかに構わず、先行けばよかったのに」

「ボクは……いいの。一夜くんと一緒に居られれば、それで」

「何それ。俺を口説いてるの?」

「へっ、や、そんなつもりじゃ!」

「嘘。冗談だよ」

「もう、一夜くんってば……」

 ぷぅっと頬を膨らませると、一夜くんは迷わず膨れた頬を指で突っついて来た。白くてきめ細かい肌がボクに触れる。咄嗟のことで面食らって、目を見開いた。

「メニュー決まったよ。キミは?」

「ボクはA定食にする」

「うん、じゃあ行こうか」

 一夜くんは、注文しに独りで行ってしまった。置いていかれたボクは、ハッと我に返って、突かれた左の頬に手を当てながら、その後に続いた。一夜くんもA定食だったらしい。真後ろに立って、順番を待つ。

 華奢な身体つきの一夜くんは、男子生徒からも女子生徒からも注目を浴びているようだった。すれ違う生徒は、みんな一度は一夜くんの方を振り返る。その視線に気づいていないはずがないのに、一夜くんは全く相手にしなかった。

(もしかして、これが嫌でみんなとはつるまないのかな?)

 ボクの中で、そんな考えがふと生まれた瞬間だった。


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