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青い糸  作者: 小田虹里
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 大学から自転車を走らせて十五分くらい。そこに、男の子の家がある。大学行のバスが通るバス通りに面している、角区画に建つ一軒家だった。白を基調とした壁の二階建て。黒い瓦屋根だ。表札には「生田」とある。

(ここだ)

 ちょっと、ドキドキする。生まれて初めてのバイトの面接。どんなことを聞かれるのかも分からないし、いきなり問題を解くように言われたらどうしようとか、不安が重なった。家に到着するまでは、夢でいっぱいだったけど、インターホンを前にすると、緊張が勝って来た。

(よし、いくぞ)

ピンポーン。

 チャイムを鳴らす。すると、ガチャリと玄関ドアが開いた。中からは、頭がちょっと薄い優しそうな顔をした中年のおじさんが出てきた。

「こんにちは。お電話いただいた楠井です」

「あぁ、こんにちは。生田です。どうぞ、入ってください」

「お邪魔します」

 門を開けてもらって、ボクは中に入った。そのまま家の中に入る。黒の運動靴を脱いで部屋に入る。案内されたリビングには、六人掛けのテーブルがあった。

「お茶、いれますね」

「あ、お構いなく。大丈夫です」

「まぁまぁ。そう固くならないでください。もう、あなたにお願いしようと思っていますから」

「え?」

 思わず間の抜けた声が出てしまった。面接してから答えが出るものだとばかり思っていたけど、既にボクに決めてくれるというの? つい、目をぱちぱちとさせ驚きを露わにする。

「電話の声が明るくて。感じのよさそうな方でしたから。息子を任せられるなと思いまして。ですので、形式上の面接で、もう内心は決めているんですよ」

「あ、ありがとうございます!」

「どうぞ、麦茶ですけど」

「いただきます!」

 自転車を飛ばして来たものだから、確かに喉は渇いていた。氷の入った麦茶で、喉が潤う。暑い日には、やはり麦茶だ。日本人でよかった。

「うちの子は、ハーフなんですよ。奥さんがアメリカ人で、英会話教室をしているんです。ですので、その時間、息子を見ていただきたくて」

「ハーフの子……日本語は、できるんですか? ボク、英語はちょっと苦手で」

「あぁ、息子は日本生まれの日本人ですから。日本語しかむしろ話せません」

「そうなんですね」

 ハーフの子なんて、珍しいなと思ったけど、同時に一夜くんの姿が頭に浮かんだ。彫の深い顔立ちで、青い瞳の一夜くん。一夜くんもハーフなんじゃないかなと思うけど、問うと嫌な顔をされてしまう。これこそ、触れてはいけない問題なんだなと思って、僕は言葉を呑んだ。

 今は、目の前の生田さんの話に集中しなければならない。

「毎週火曜と木曜。一日二時間で、国語と算数をお願いしたいです。バイト代は月二万でお願いしたいのですが、大丈夫ですか?」

 ボクは、親から月十万円の仕送りを貰っていた。そこから、家賃光熱費と生活費、少しばかりの自分の小遣いを賄っていたが、そこにプラス二万円は大きい。初めてのバイトのため、バイト代の相場も分からず、週二で二万が妥当なのかどうかも分からなかったが、二つ返事でボクはこのバイトを引き受けた。

「大丈夫です。こちらこそ、よろしくお願いします」

「息子は圭介って言います。今日も英会話教室の方へ行ってます。勉強を見るのは、この家ではなくて、そちらの教室でお願いしたいのですが……」

「場所を教えていただければ。あ、お近くですか?」

「家より、大学よりなので近いですよ。ラーメン屋のある角にあるビルの二階です」

「あぁ! なんか建物ありましたね」

「英会話クラスの隣に、控室がありまして。学校が終わったら、そこへ向かうようになっています」

「分かりました」

「来週の火曜日から、よろしくお願いします」

「はい!」

 ボクは頭を下げて立ち上がった。あんなに緊張していたのに、すんなり決まって拍子抜けだが、これでまた大人に一歩近づいたと思うと、誇らしい。

 今頃、清太と冬香もバイトに励んでいるのかな……なんて、物思いに耽りたくもなった。

「楠井さん。大量のカボチャがあるんですけど、少し持って帰りませんか?」

「カボチャですか? いただいていいんですか?」

「えぇ、家ではあまり食べないので。よかったらもらってください」

「それでは、遠慮なくいただきますね!」

 カボチャをまるっと三個もいただいてしまった。持って帰るのがちょっと大変そうだ。でも、美味しそう。袋に入れてくれたので、ボクはそれを受け取って外へ出た。自転車のカゴに入れて、走り出す。

(そうだ! このカボチャ、煮物にして一夜くんにも御裾分けしてあげようかな!)

 一夜くんは、あまり自炊をしている様子がなかった。コンロがいつも綺麗なのは、掃除をしているから……というよりは、使っていないからというのが正解な気がする。

 そうと決めれば行動あるのみ! ボクは家まで急いで帰って、部屋の前に来た。ちょっとだけ耳を澄ませると、一夜くんの部屋から音楽が聞こえてきた。「なんか、ストーカーみたいなことしてるな、自分」……とも思いながら、ボクはガチャっと自室のドアを開けた。

 

 ――大学生になったら可愛い彼女でも作って、キャンパスライフを楽しもうと決めていたのに、いつの間にかボクが夢中になって追いかけていたのは、隣に住む同じ学科の男の子。キミだったんだ。こんな現実を、高校生だったボクが思い描くことなんて、難しいよね――

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