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バス停からおずおずと引き返して戻って来た教育学部棟三階の二研。残っていた生物科の面々は、慌てて一夜くんを追いかけたボクを、「よくやるな」と言ったような目で見ながら受け入れた。
「女でも出来たんじゃないの?」
「見た目だけはいいんだよな、徳永」
石山くんと桜井くんが話しだす。ボクは窓際の席に座って、「はぁ」と溜息を吐いた。
「でも、彼女が出来たことって、そんなに隠さないといけないこと?」
「誰かに私生活を見せたくないんだろ?」
「うーん……そういうものなのかなぁ」
「楠井だって、踏み込まれたくないことって、ひとつや二つあるだろ?」
「ボク?」
特に思い浮かばなかった。清太と冬香とも、どんな話題でも気にせず話して来た為、性別も関係なくなんだって話せた。逆に、みんなは踏み込まれたくない話があるということになるけど、それだと人間関係難しいなと内心で思う。どこに地雷があるか、分かったものじゃない。
でも、みんなに地雷があるのならば、やたらと自分のことを話したがらない一夜くんに、地雷が多くあるのは必然的なことなのかもしれない。ボクからガツガツ行くのは、控えた方がいいのかなと、ようやく考え着くことができた。今度囲碁をしに行ったら、もう少し控えめに話をしようと心に決める。
ブッブー、ブッブー。
スマホのバイブ音が鳴った。電話だ。
「楠井です。あ、家庭教師の……はい、はい。大丈夫です。この後五時から、はい……分かりました。よろしくお願いします」
電話口は、生協で見つけたカテキョのバイトを募集していたお父さんだった。この後時間が出来たらしく、面接をしたいという話だった。
「バイト?」
桜井くんが声をかけてくれる。ボクは頷いた。
「うん、まだ決まってないんだけど、カテキョしてみようかなと思って」
「へぇ、いいんじゃない? 何年生?」
「小学五年生の男の子」
「小学生の子なの? 珍しいね」
長野さんも会話に入って来た。ボクは、頷いて黒板の前に立っていた長野産の方を見た。
「うん。算数と国語を見て欲しいって書いてあったよ。中学生教えるより、気が楽そうだなぁと思って」
「たしかに。でも、小学校の時に習ったことなんて、逆に覚えてないかも」
「五角形の内角の和は……とか?」
「そうそう。あったね、そんな問題」
さすがはみんな教育学部生だ。授業のことをよく覚えていると思う。
「講義終わったら、ボクは面接受けに行くから、先に帰るね」
「受かるといいな!」
「うん、ありがとう」
桜井くんが白い前歯を見せて笑った。ボクも釣られて笑みを浮かべた。
講義を終え、午後四時半過ぎ。
ボクは、自転車に乗って指定された家に向かって走り出した。
――風を切って走る中、ボクは希望と期待でいっぱいだった。掴めないキミの背中を追うばかりだったボクにも、掴みたい現実が出来て、胸がいっぱいだったんだ。キミが、どれだけの秘密と不安を抱えていたとしても、ボクも一緒に歩いていくよ……なんて臭いセリフ。あの時なら、言えたかもしれない――