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ボクの高校はバイトすることが校則で禁止されていたから、大学生になったらバイトするんだって決めていた。何のバイトだっていい。でも、何をするにしても初めてのことだから不安だった。どうやってバイトを探せばいいのかも分からない。そんなとき、同じ生物科の石山くんが、大学生協でバイトを斡旋していると教えてくれて、ボクは大学会館二階にある大学生協を訪れてみた。
狭い白いドアを開けると、中は六畳くらいの空間があった。壁際にテーブルがあり、そこにはファイルがあって、様々なバイト情報が入っている。ボクはひとつずつファイルを手に取ってみて、中を見た。教育学部向けに、家庭教師、通称カテキョのバイトが多く載っている。子どもはもちろん大好きだ。それに、いずれは教師になりたいのだから、人に物を教えることに慣れておいて損はない。ボクはたくさんある中から、小学五年生の男の子の募集用紙を手に取った。国語と算数を見て欲しいとのことだ。ボクは紙を生協の職員さんに渡した。そして、数日後親御さんの面接を受けることになる。
周りのみんなも順々にバイトをはじめていった。大学近くのファミレスのホールのバイトや、塾講師。結婚式場のバイトなんていうのもあった。
いつもの第二実験室、通称二研で生物科一年生はだべっていた。ひとり窓の方を見ている一夜くんの方にあゆみよって、ボクは話しかけた。
「一夜くんは何かしないの?」
「たまにしてるよ」
「え!? いつの間に!?」
「結構前から」
「そうなんだ! 何してるの?」
「メイク系」
ボクたちの話を聞いていた石山くんが話に割って入って来る。
「最近は男もメイクする時代だもんなぁ」
「メイクアップアーティストって奴?」
桜井くんも話に入って来た。みんな、一夜くんとは距離を起きがちだったけど、嫌いな訳じゃない。何だかんだ気にしているんだなと思うと、ボクはなんだか嬉しくなってきた。ただ、一夜くんはどちらかといえば困っている様にも見える。
「そんな大したことはしていないよ。ちょっと手伝ってるだけ」
「すごーい! 一夜くんって綺麗だし、自分にメイクすることもあるの?」
「うーん」
「あれ? しない漢字?」
「さぁ、どうかな」
一夜くんの返答は歯切れが悪かった。なんだか誤魔化すように咳払いをして、また窓の外を見た。そのままスマホを取り出して、操作をはじめる。
「徳永はしないだろ。そういうキャラじゃないじゃん」
桜井くんはそういうけど、ボクは腑に堕ちなかった。
「そうかなぁ。似合うと思うんだけど」
「あ、俺用事できた。午後からの講義代返頼むね」
「え、一夜くん!」
なんでか気になって、ボクは廊下へ出て行った一夜くんの後を追った。そのまま後姿を追いかける。背丈の高い一夜くんは、歩幅が大きい。速足で構内を出てバス乗り場に向かった一夜くんに追いつく頃は、ボクは息が切れそうだった。一応追い払われないように、間をあけてついていったつもりだけど、ここまで離されるとは思わなかった。
(どこへ行くんだろ?)
「つけるの下手だね」
「!?」
「はぁ」
一夜くんは大きく溜息を吐いた。明らかに迷惑がっている。でも、それを分かっていながらも、ボクは自分の好奇心を抑えることが出来なくて、一夜くんに問いかけた。
「いつもひとりでどこかへ行っちゃうんだから。ボクにも秘密教えてよ」
「秘密なんてないし。俺はお前の秘密なんて知らないし。フェアじゃないでしょ」
「そ、そうだけど」
「ついてこないでね」
プシュー。タイミングよく到着したバスのドアが開き、一夜くんはそのバスに乗り込んだ。そのままドアは閉まって、バスはブロロロと走り去っていく。ボクはひとり、置いてけぼりだ。
――絶対に、キミは隠し事をしていたよね。何をどこまで隠していたのかは分からないけど。みんなに知られたくないほどの秘密って、何だったのかな――