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青い糸  作者: 小田虹里
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1-1

 ――あの日のこと、覚えてる?

 ボクは少女趣味みたいなところがあるから、運命って信じちゃう質なんだ。寒空の下で会えた奇跡を、どうかもう一度――。


 EP1


「大学合格……おめでと~!」

「ありがと!」

「春から別々になるんだなぁ、俺たち」

「仲良く三人でつるんできたけど……ま、人生っていつかは別れが来るからね~」

「ちょっと、二人とも。大袈裟だよ? 僕は県内には居る訳だし。二人は東京と福岡だったよね」

「そうそう、あたしは福岡の私大。清太は東京の私大だったよね~」

「零斗は岐阜の国立だろ? やったな」

「えへへ。センターで何とか転がり込んだ……って感じだけど。よかったよ」

 高校から少し離れた所にある小さな喫茶店。そこが、ボクたちのたまり場だった。幼稚園からの幼馴染で、団地内に幼稚園から小学校、中学校まで揃っていた。高校は団地からは離れたところにあったけど、自転車で行ける距離だ。自転車で三十分ほど走ると、高校がある坂が見える。

 この喫茶店は年配の夫婦が経営している個人店で、橙色の屋根が特徴的だ。レンガ造りで中に暖炉もある。レトロな昭和臭さが今の令和の世界とはちょっとミスマッチで、ボクたちは気に入っていた。

 でも、ここで清太と冬香とおしゃべりするのも、今日で最後かもしれない。永遠の別れだなんて思わないけど、僕たちはこれから大学生へと進学する。それぞれ、別の地へ移り住むことになった。

「さぁ、最後の晩餐だ。オレンジジュースで乾杯といきますか」

「高校生だから酒はまずいからね~」

「それでは……」

「「「かんぱーい!」」」

 ぐびぐびとオレンジジュースを流し込んだ。一〇〇パーセント果汁でこの店の推しでもある。ボクたちは此処に来たら、必ずオレンジジュースを頼んでいた。つまみにはフライドポテト。今日は豪勢にハンバーグ定食を注文してやった。一品八〇〇円程度で安価なのは、貧乏な高校生には優しい値段だった。

「住むところはみんな決まったの?」

「俺は決まってる。冬香は?」

「あたしも決まってるよ~。前期で大学決まってたからね。零斗はこれから?」

「うん。ボクは明日、不動産覗いてくるよ」

「彼女、今度こそ出来るといいな」

「たらしの清太こそ、本命出来るといいね?」

 彼女いない歴=年齢となってしまったボクだけど、勝負は大学生からだと決めていた。いや、単に見栄を張っただけとも言えるけど……。

「じゃあな!」

「たまにはLIMEちょうだい~」

「うん、連絡するね! みんなも、元気でね! 夏休みとかには、帰って来てね」

 店から出ると手を振って、それぞれ三方向に分かれて行った。闇夜の中消えていく。もう八時だ。

明日は電車に乗って四十分。岐阜市内の不動産へ行く予定となっている。早めに寝ないといけないと、急いで家に帰った。

 帰ってから僕は、すぐに明日の支度をしてシャワーを浴びて布団に入った。あったかい布団、見慣れた天井の染み。これも、もう数日でしばらくはサヨナラだ。ちょっとだけ、寂しいな……なんて思ってしまった。


 三月中旬、まだ寒さが残る頃。

 ボクは不動産を訪れた。


 アパートは、僕が思っていた以上にいっぱい建ち並んでいた。大学から徒歩十分程度のところからアパート群がはじまり、遠くなればなるほど家賃が安くなる。もちろん、近いことに越したことは無いけど、値段も大事だ。大学から一番近いところは月四万ちょっと。離れたところだと、二万五千程度から物件があった。これは貧乏にはありがたい案件だ。

「どうします? お客様」

「うーん……家賃は三万くらいで抑えたいです」

「……となると、この物件なんてどうですか? 岐阜東大学まで自転車で十五分。家賃二万七千。お風呂とトイレ別のセパレート。BSアンテナまでついていますよ」

「え、すごいですね! 安い! 見てみたいです」

「では、移動しましょう」

「お願いします」

 車に乗せてもらって、僕は紹介してもらったアパートに到着した。白色の壁で、屋根はお洒落に赤。アパートが建ち並ぶ中、赤い屋根の棟は無かったから、他のアパートと見分けがつきやすい。そこも利点かなと思った。

「六階が一番上。エレベーターもありますよ」「便利ですね」

「六階の角部屋と、隣の部屋がちょうど春から空き部屋になりましたので、お好きな方を」

「じゃあ、角部屋がいいです」

「では、…………おや?」

 不動産のおじさんが首を傾げた。角部屋を開けようとして、手を止めている。何かあったのかなと、僕は首を傾げた。

「どうしました?」

「どうやら、先約が入ってしまったようで。隣の部屋ならまだ、空いていますよ。でも、ここも他のお客様が迷われているようですね」

「え! あ、ボク、此処にします! 決めちゃってください!」

「中、見なくていいんですか?」

「いいです! 見ているうちに抑えられちゃったら、ここもダメになるんでしょう? それは嫌なので……!」

「そうですか。それでは、こちらの部屋を抑えますね」

「ありがとうございます!」

 間取りとか、そういうのは正直どうでもよかったところがある。どの部屋だって、特別変わりないだろうと思っていたからだ。


 後から聞いた話によると、アパートによっては壁が極端に薄かったりして、隣の部屋の物音がしっかり聞こえて来る……なんてこともあるらしいんだけど。ボクが選んだこの部屋は幸い、そういう心配もない良物件だった。

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