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45 かつての友よ



470年前、ゲドナ王国にて突然とある疫病が流行した。病を患った者は、獣の様に凶暴化し、そして生きたまま段々と体が腐っていく。やがて全てが腐り落ちた後、その体は黒い靄に覆われ灰となる恐ろしい病だった。


当時亡き王に代わって国を治めていた王妃、聖女キルアは自身に加護を与えた神から神託を受ける。この病は呪いだと。かつてゲドナ国が生業とし、大量に狩っていた魔物の呪いが降り掛かっているのだと。


聖女キルアは解決策を神へ訪ねた。だがこの疫病は、神ではなく世界が定めた事でどうしようも出来ないと返される。……ただ、解決策がない訳ではなかった。疫病を消滅させる事は出来ないが、発生を引き延ばす事は出来る。加護を持った存在が、魔法を唱えれば良い。ただそれは通常の魔法ではなく「大魔法」と呼ばれる、加護を持った者が一度だけ唱えれるものだった。









「聖女キルアは、既にゲドナ国への結界で大魔法を使用している。……だから、疫病を食い止める為に大魔法を使って、体が耐えきれなくて亡くなった」


大魔法は通常の魔法と違い、神により近いものだ。加護持ちが使う、神の言葉の魔法よりさらに上の魔法。故に人間の体の加護持ちは一度しか、いや一度でも危険なのだ。二度目なんて確実に死んでしまう。


あの後どうにか騒動を抑え込んだ私は、ルーベンの執務室に全員集まってもらい、日記をテーブルに広げ説明した。日記には疫病が流行した当時が詳細に書かれており、そして日記最初のページには、代々国王しか持つ事が許されない王印が押されていたのだ。ルーベン達はこの日記が本物である事を疑う余地はなかった。


「……その延期された疫病が何故、今再び降りかかるとわかる?」


ルーベンの静かな言葉に、私は日記のとあるページを開いた。



《 私の元に予言の神が現れた。そして彼女は私に、いずれ魔法は解かれる事。そしてその時、戦いの神の加護を持つ者の側には、蘇った聖女シルトラリアがいる事を。彼女が戦いの神を加護を持つ者を、導く事を教えられた。 》



そのページを見たルーベンは、そして周りは息を呑んだ。聖女シルトラリア、それは私だ。そして当時から470年後の今、国王は疫病、呪いに蝕まれている。三ヶ月も持っているのも、おそらく彼が聖女キルアの血を受け継いでいるからだろう。ではなければこの本の内容に書かれた通り、一ヶ月と持たずに呪いに蝕まれて死んでいたはずだ。


……ただ可笑しい。今現在、国王だけが疫病に罹っているのだ。国王が罹ったのが三ヶ月前なら、もうとっくに国民にも蔓延していてもおかしく無い。それに気づいたのは私だけでなく、日記を鋭く見ていたディランもだった。


「……娘よ、ゲドナ国王は自らを生贄にした魔術を行ったんだな?」

「お父様が魔術を!?」


どうやら王族として、魔術の存在は習っていたのだろう。ディランの言葉にマチルダが真っ青になりながら声を荒げた。幼いマチルダに聞かせる事では無いかもしれないが、彼女はゲドナ国王の娘だ。私は苛立ちで、聞き手の爪を噛みながら頷いた。


「この本は国王の執務室にあった。……多分、代々国王にはこの日記の場所を、教えられていたんだと思う。その内容を見て国王は、無事でいられるか分からない魔法を行う必要がある、ルーベン様の身を案じて……自らを対価にして、疫病を抑えようとした」

「……加護を持つ存在でさえ、引き延ばす事しか出来なかったものを……愚かな人間だ」


ウィリアムは呆れた様にため息を吐く。……ウィリアムには、精霊には分からないのかもしれない。自分の子供を危険から守りたい父親の気持ちが。父親の行った意味が分かるのか、ルーベンは悔しそうな表情を浮かべながら、隣に座っていたマチルダの手を握った。私はそんな二人を目線の端で見て、爪を齧るのをやめ深呼吸をした。


「470年前に聖女キルアが行った事を、今度はルーベン様にしてもらう必要がある。……ただ、もしするのであればかつて、キルアが行った魔法陣を元にした方が成功率が上がる。……場所が分かれば良いんだけど」


もしキルアが残した魔法陣が残っているのであれば、一からではなくそこに上書きをすれば成功率は上がる。ただ、キルアはそこまで知識がなかったらしく、大魔法を行った場所が分からない。全く、私の身を案じて剣術を教えてくれた彼女に、私は何も返してやれていなかった。私が死ぬまでの数年間のうちに、少しでも魔法知識を与えてやるべきだった。




「場所は国の端、ゲドナが国営で行っている医療研究施設です」




その時、後ろから知っている声が聞こえた。驚いてそちらを見ると、イザークとリアムが居た。突然の登場に声を出せないでいる私に、イザークは歩み寄り一冊の古い資料を見せる。


「そこは聖女キルアの娘とその夫が、疫病患者を隔離する為に立てた施設です。記録では何度も聖女が立ち寄り火薬を持ち寄った記録と、当時の職員が「聖女が患者以外の職員を一度外に出した。暫くすると閃光が現れ、そして患者がどんどん治癒していった」と記録しています」

「………そうか。もし魔法が失敗した時に、隔離場所ごと失くすつもりだったのか」


もしも大魔法が失敗したら、疫病患者や自分もろとも亡き者にして、感染の時間稼ぎをしたのだ。そして後を託した娘達に、国からの避難でもさせようとしていたのだろう。なんとも彼女らしい、戦いの神に愛された女性が考える事だと思った。


私はルーベンの前に立ち、彼の目の前に手を差し出した。目を大きく開けて驚く彼へ、私はゆっくり口を開く。


「ルーベン様、そこへ行きましょう」


まっすぐ見る私の目に狼狽えるルーベンに、私は差し出した反対の手で無理矢理ルーベンの手を掴み、そして手に乗せた。


「大丈夫、私も側にいます」

「…………君が」

「はい、ずっといます」


友が命をかけて残した国を、ここで終わらせる訳には行かない。

私がルーベンの手を強く握る。彼は少し手が震えていたが、すぐにまっすくこちらを見て、決意を固めた様に頷いた。



そんな私達を、周りの精霊や人間達は大きなため息を吐いて見ていた。







◆◆◆







施設へはルーベンと私、そして使者であるグレイソンとガヴェイン、精霊達。そして施設の案内が出来るイザークとリアムが行く事になった。リリアーナとマチルダは、ゲドナ国王の状態を見てもらう事にしている。二人とも同行したがっていたが、さすがに危険すぎるし、ゲドナ王の状態を見てもらうのも大切だ。そう説得すると渋々頷いてくれた。……しかし私も、条約上魔法を唱えられない。万が一の時には、罪に問われても良いのでアメリアに外してもらおう。


すぐに準備して出発する事になったので、私は宿に荷物を撮りに向かおうとしたが、後ろから猫の獣人に声をかけられた。……私は、この獣人に聞きたい事があった。だからそれに応じ、皆は先に宿へ帰ってもらう事にした。皆、特にアイザックが嫌がったが無理矢理送りだしていると、獣人はそれを見て笑っていた。




城の中庭、かつてキルアが好きで良くお茶をしていた薔薇園にいる。疫病の事は隠して、災害警報とだけ発表された城の中は慌ただしいが、この中庭だけはやけに静かだった。猫の獣人は片耳だけ動かして、尻尾をゆらゆらと動かしている。


「……お前、何で全部話さなかった?」


不機嫌そうに眉を寄せた獣人は、まっすぐ私を見ている。……そう言うって事は、全て知っているのだろう。私は鼻で笑った。


「皆に言ったら、絶対止めてくるからに決まってるじゃん」

「あいつらに別れの言葉もなしに、良いのか?」

「うわー心配してくれてるの?猫のおっさん」

「おっさん言うな」


茶褐色の頭を掻きながら、獣人は大きくため息を吐いた。

私は、そんな獣人を見て目を細めた。


「ねぇ、おっさんって魔物でしょ?」


私の発した言葉に、獣人は無言でこちらを見つめた。無言という事は肯定なのだろう。私は薔薇を手で愛でながら言葉を続けた。


「魔法を解いた所で、あー加護持ちなのかな?って思ったけど。おっさん獣人だからこの世界の人だし、加護持ちは異世界から呼ばれるから違う。なら使者かなとも思ったけど、守るべき加護持ちの相手がいない。猫の獣人族は茶褐色の目だった筈だから、おっさんの赤目は可笑しい」

「………」

「赤目で、魔法を解く事もできて、精霊をも欺ける存在。そんなの魔物位しか考えられない」


笑いながらそう説明すると、獣人は顔を引き攣らせながら尻尾を激しく動かした。確か、猫って苛ついてる時尻尾を激しく動かすんだっけか?めちゃくちゃ分かりやすいな、この中年。そのまま何度目かのため息を吐いて、鋭い目線を私に向けた。


「俺は生前、とある神を愛していたんだ。だから死んだ後、その神に懇願して魔物にしてもらい、側に使える事にしたんだよ」

「……え、何で魔物になったの?」

「じゃなきゃ、あいつに触れなかったんだよ。あいつ「死の神」だから、同じ神か魔物か、死者しか触れなくてな」


死の神、そう聞いた時、何故か心臓の音が煩くなった。……可笑しい、私は予言の神以外知らないはずだ。会ったこともない神に、どうしてこうも胸がざわつくんだろう。


私が黙った理由が分かるのか、猫の獣人は微笑みながら私の頭に手を置いた。


「いつの時代も、お前は変わらないな」

「……?」


どういう意味だ?そう問おうとした時には、頭にあった手の感触も、そして獣人の姿も無くなっていた。


なるほど、確かにここまで気配もなく姿を消してくるのは、流石猫といった所か。何故神に使える魔物がゲドナ国にいるのかとか、色々聞きたかったんだが。






私は手に持っていた、キルアの日記のページをめくった。ルーベンと私が出会う事を、予言の神から知らされたページの次、最後のページだ。



《 500年の眠りから覚めたシルトラリアは、戦いの加護を持つ者を導く。……そして500年間、神の加護を与えられ続けた彼女は、世界の定めを変える程の力を持つ。……予言の神は言った。「彼女が対価となる魔術なら、世界の定めを変える事が出来る」と。………なんて非道なんだろう、なんて最低な神達なんだろう。シルトラリアを犠牲にしろだなんて、友を犠牲にして国を守れだなんて 》



「………最低じゃないよ、キルア」



私は、静かに日記を閉じた。



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