42 勘違いは恐ろしい
「若様、今月の決算書です」
「ああ、後で見るからそこに置いてくれ」
朝食を食べ終えた俺は、執務室で次期当主として家の仕事を行う。最近は国王が俺を宰相にしたいのか、国の仕事まで任されるようになり憂鬱だ。……妹がいない公爵家は、やけに静かで居心地が悪い。父上と母上は言わずもがなだが、妹は使用人にも大層好かれているので、彼らも妹の明るい声が聞こえなくなって、少し寂しそうだ。我が家で一番の堅物な料理人なんて、3日連続で妹の好きなクロワッサンを出してくる。流石にもう違うのを出してほしい。
妹は一週間ほどリリアーナ嬢と、カーター領地の端にある侯爵家の別宅に遊びに行っている。父上から聞かされているので本当の事だろうが、それでも兄である俺に何も言わずに行くとはなんだ?俺だって時間がない訳じゃないのに。説教をしてやらねば……まさか、この前の事で怖がられているのか?だが次の日にはケロッと「失恋癒えました!」と笑顔で俺に抱きついて来たから、そうでは無いだろう。あまりにもあの夜の事を無かった事にしているので、正直腹が立ったが、その後の甘えたな妹は本当に可愛かったし、色々と当たっていて心臓が痛かった。
そんな事を考えていると、使用人からケイレブが来ている事を告げられる。奴も妹がいない事は知っているだろうに、一体何の用だ?俺は待っている屋敷の玄関へ向かった。
「ジェフリー!お前、今朝の朝刊は読んだか!?」
開口一番、ケイレブは慌てた様子で俺にそう叫んだ。俺も背は低くないはずだが、それよりも遥かに背の高くガタイの良い奴が叫ぶと、結構な気迫がある。俺は怪訝な表情でケイレブを見た。
「朝刊?……まだ読んでないが」
「だろうな!お前がこれを読んで冷静でいられる訳がない!」
そう言ってケイレブは俺に今朝の朝刊を投げ渡した。一体何がここまで奴を荒れさせたのだろう?
だがその投げ渡された朝刊の、一番の見出しを見て俺は固まった。
「…………「ハリエドの聖女、ゲドナ国王太子と婚姻間近か」…………?」
「どうやらシトラとリリアーナは、ゲドナ国へ行っているらしい。目立たない様に平民の姿をしているが、シトラは建国祭で世界中に顔が知られているからな。記者に見つかったんだろう」
「………なんで、あの王太子と手を繋いでいるんだ………?」
記事に使われている写真には、500年前の恋人と顔が瓜二つだという、あのゲドナの王太子に手を握られ驚いた表情を向ける妹がいた。思わず朝刊を強く握り、皺ができてしまう。
「それだけじゃない。記事の内容では、シトラは何度も王太子に招かれ城に入ったと書かれている」
「……………あ?」
「俺は、妹はシトラと共にハリソン公爵家の別宅で過ごしていると聞いていた。……この記事を見せたら、父上はハリソン公とリリアーナに頼まれて、ゲドナ国へ行ったのを隠していたと教えられたよ」
「………………」
「……おい、聞いているかジェフリー?」
ケイレブが心配そうに伺っているが、俺はその返事に激昂した表情を向けた。その表情に奴は顔を真っ青にしているが、奴に構っている時間はない。……俺は、朝刊を持ち父上の執務室へ向かった。
ノックもなしに勢いよく執務室のドアを開けた俺に、中で仕事をしていた父上は驚いた様子を浮かべた。
「ジェフリー!?どうしたんだ!?」
血管が何本が切れる音が頭に響きながら、机に朝刊を叩きつける。あまりにも強くしすぎて机にヒビが入った。それを見た父は、涙目で真っ青になりながら震え始める。
……俺は、そんな哀れな父を、青筋を立てながら見た。
「……全て、話してもらいましょうか?」
父上は、女性の様な悲鳴をあげた。
◆◆◆
本の中身は、かつての友の日記だった。
日記の内容を全て見て、私達は言葉を失った。……この話が本当なら、もう時間がない。
「……ルーベン様に、皆に伝えなきゃ」
一刻も早く伝えなくてはならない。ガヴェインも額に汗を流しながら頷き、そのまま私を移動魔法で連れて行こうと肩に触れようとした。………が、それはすぐ側で聞こえる剣の音で、触れるのではなく、押される形になった。
押された私はそのまま床に尻餅をつく。驚いてガヴェインを見ると、彼は腰につけていた剣で攻撃を受け止めていた。攻撃をした人物は、美しい金髪を靡かせていた。
「君たち、何処へ戻るんだ?」
その人物はルーベンだった。見た事がないほどに殺意を込めた目線を、ガヴェインと私に向けている。ガヴェインはルーベンを睨み、剣を弾いて距離を取ろうとした。だが、ルーベンはガヴェインの剣を突然掴む。刃が刺さり掴んだ手から血が滴り、それに驚き怯んだガヴェインの腹に、ルーベンは強烈な蹴りを入れた。
「ッア”、!」
「ガヴェイン!!!」
床に倒れるガヴェインへ触れるために、右手を彼へ向けて差し出したが、その腕はルーベンに横から握られる。あまりにも強い力に私は顔を歪めた。それにルーベンは無表情で口を開く。
「君の騎士は、随分とお優しい性格をしているな」
ダニエルの顔であまりにも殺伐と見てくるものだから、思わず呼吸を忘れてしまいそうになったが、どうにか意識を戻して、私は真っ直ぐルーベンを見つめた。
「今はこんな事をしている時間はないんです!!話を聞いてください!!」
「………君はその前に、この事で罪に問われるのは分かっているか?……たかが公爵令嬢一人、殺しても何も言われないほどの罪に」
ルーベンに言い返そうとした所で、彼が持っていた剣の切っ先がこちらへ向かってきていた。何度も命を狙われていて思うが、こちらに向かってくる殺意は、何故か他人事の様に思えてしまう。
魔法が唱えられない私は、そのまま切っ先が胸に刺される未来へ嘆き、恐怖で目を強く瞑った。
………が、いつまで経っても痛みはない。
驚いて目を開くと、そこには顔を歪ませたルーベンが、胸に刺さる寸前で剣を止めている。どうやら自分の意思で止めている訳ではない様で、顔を歪ませ力を込めているが動かせない様だった。
「……君に出会ってから、まるで自分の中に他の誰かがいる様だ」
「…………それは」
暫くしてルーベンは諦めたのか、ため息を吐いて剣を下ろす。私は今が好機だと思い、手に持っていた日記を彼に差し出す。
「あ、あのルーベン様!話を聞いて」
「◆□●▲▷」
けれど突然唱えられる魔法に、突然の眩しい光に私は目を瞑った。
眩しさが収まり目を開けると、私は知らない部屋のベッドの上にいた。やけに煌びやかな部屋なので、恐らく王太子であるルーベンの部屋なのだろう。ベッドの上には私だけでなくルーベンもいて、前髪を邪魔そうに後ろに掻き上げながら、殺伐とした表情を向け口を開く。
「殺せないなら、傷物にしてしまうか」
「キ……えっ?」
なんかルーベンから恐ろしい言葉が聞こえた気がする。いやいや、そんな訳ないか!怪我させるって意味だよね!嫌だもう私、成人してからやけに変な事考えちゃうんだからも〜!!…………と思っていたが、持っていた剣で着ていたブラウスを引き裂かれた。私は変な事であたっていた事と、羞恥心で一気に顔が赤くなりながら叫ぶ。
「うぎゃーーーーーーーーー!!!!」
待て待て待てい!!このままだと18禁になってしまう!!15歳だから15禁はいいが18禁は駄目だ!!!…………いや!?ルーベン13歳じゃなかったか!?
ジリジリと詰め寄るルーベンに、私はどんどん顔を赤くして震える。
「ままま待って!?淑女に無理矢理は王太子としてどうなの!?いいの!?そんな感じなのゲドナ!?」
「安心しろ。万が一これで出来ても、君との子供は罪に問わないし、さぞ才能あふれる子だろうから、僕が認知する」
「とんでもない事言うなこの13歳!!??」
ルーベンは私の言葉を無視し、そのまま呪文を唱えたのだが、それは先程教えた拘束魔法だった。その魔法により、私は体を動かせずにベッドに寝転ぶ形になる。そんな私に、ルーベンは苛立った表情で覆いかぶさり見下ろした。
「……建国祭で、僕にあんな表情を向けたのも。わざわざゲドナへ来て、僕に優しくしたのも。……全て、ゲドナ国の機密事項を盗み出すからだったんだな」
「違う違う違う!!!色々違うし!!それに執務室に入ったのはゲドナ王と!ルーベンとマチルダの為にしたのであって!決して機密事項とかそんな事をする為ではない!!」
「そうやって僕を呼び捨てにして!そんな事をしてももう騙されないからな!?」
「あっごめん!ルーベン様!?」
「何で呼び捨てにしないんだ!!!」
「面倒くさい男だなぁ!?」
くっそ!!魔法が使えればこんな窮地逃げ出せるのに!!とんでもない勘違いをしているルーベンは剣をベッド下に投げ落とし、そのまま剣を握っていた反対の手で、私の顕になった腹に触れる。ルーベンの手から溢れる血が、私の腹に塗られてくすぐったい。
……こういう行為はもっとこう、いいムードの時にするんじゃないのか!?こんな殺伐とした雰囲気で………いやそもそも駄目だろう!?まず最初から駄目だろう!?危ない目の前の少年の色気に押されていた!!ルーベンの色気と、恥ずかしさで赤くなり過ぎた顔で上せ始め、逃げる事しか頭に浮かばず咄嗟に魔法を唱えていた。
「愛してる!!!」
「……………………」
唱えた魔法は、力を入れすぎて最上級の愛の言葉に変換された。今絶対言っちゃいけない言葉だと思う、頭弱くてもそれは分かる。後悔と自分の馬鹿さに顔が引き攣ってしまう。
…………そんな私を、恐ろしいほどの憎しみを込めた表情でルーベンが見下ろす。
「………君は、余程男を煽るのが上手いんだな?」
恐ろしい表情で、けれど吐く息は熱が篭るその彼へ。
私はこんなふざけたチョーカーを作った精霊を、絶対に許さないと心に誓った。
次の更新は、もしかしたら30日になる予定です。