41 衝撃
早朝、寝坊癖があるお姉様の為に、私はあの駄犬騎士の部屋へ早歩きで向かっている。いつも起こす時間よりもやや早いが、お姉様の無事を早く確認したい。
ガヴェインが襲わないはずかない?あそこまで好意を寄せられておいて、平然とそう言ってのけるお姉様が恐ろしすぎる。もはや鈍感なのか、思考回路が可笑しいのかわからない。
500年前の記憶が戻ってから、ただでさえ可愛らしい見た目なのに、王の威厳さも兼ね備えて来て、そのお陰でゲドナ王太子や王女まで手玉に取ってしまった。特にあの王太子は厄介すぎる。本当はクズ第一王子の為に、お姉様を王太子達の国へ行かせたくなかったが、行くと決めれば必ず実行する人だ。私が同行しなくてまた誑かしてしまう位なら、私がしっかり監視をしようと思っていた。
「でもまさか、旅の同行者までも厄介な精霊達なんて、思わないじゃない!」
侯爵家令嬢としてはしたないが、憎しみを込めて言葉を吐き出してしまう。精霊は精霊でも、あの三人は本当に最悪だ。お姉様の親だと言いながら、全裸でお姉様と眠りを共にした馬鹿精霊に。昔の騎士だからと言いながら。常に隣に居座り、お姉様に殴られ興奮する変態精霊に。極め付けには、お姉様を想うあまり二度も胸を刺しながら許され、お姉様が家族だと言う狂愛精霊だと?お姉様はどうなりたいんだ?襲われに行っているのか?
ガヴェインの部屋に着くと、私はドアをノックする。ここに来るまでに険しい表情になってしまったが、大好きなお姉様にもうすぐ会えると思えば自然と顔が綻んだ。そのままドアを開けて、中にいるであろうお姉様へ笑顔を向ける。
「お姉様!お早うございます!今日はお姉様が行きたがっていた博物館へ行きま…………いない!?」
笑顔で部屋の中に入ったが、肝心のお姉様がいない。何なら駄犬もいない。こんな朝早くから何処へ!?慌てて辺りを見回すと、テーブルに一枚の手紙が置かれていた。
【 ガヴェインとちょっと出かけます。 】
少し癖のある字、これはお姉様が書いたものだ。……私はその手紙を握りしめ、今お姉様を独り占めにしているあの駄犬の顔を思い出し、その憎しみで手紙が皺になる。……そして、堪えきれない想いが、憎しみが怒声となって声に出てしまった。
「私も連れてってよ!!!」
同じ気持ちになるであろう精霊達を叩き起こしに、まずは変態精霊の元へ向かった。
◆◆◆
ガヴェインに、正直に先程部屋に何者かが現れた事。そしてゲドナ王を助ける手がかりを聞いた事を伝えた。隠していた事に頭を何度か軽く叩かれたし、よその国の王の為に、信憑性のない情報を頼りにして、危険な事をしようとしている私をガヴェインは止めた。それでも駄々をこねる私に、最終的には計画に参加してくれたが。
昨夜のうちにルーベンへ連絡し、すぐに午前中なら空いていると返事が返ってきた。城へは徒歩で行ける範囲だが時間が惜しい。ガヴェインは自分ともう一人分なら移動魔法で連れて行けるので、彼に頼んで城の前まで移動した。目の前で移動魔法で飛んできた私達を見て、門番は驚愕の表情を向けていた。あっ、そういえばお忍びで来てたんだった。
「連絡には、僕に魔法を教えてくれるとの事だったが。……いいのか?友好国といえど、他国に君の魔法知識を教えて」
開口一番、ルーベンは真剣な表情で私に確認した。隣にいるグレイソンも同じ様な表情で、私は意味がわからず首を傾げた。
「えっ?駄目なんですか?」
「………あー、シトラ?君は長きに渡った旧ハリエドと精霊の戦争を、その魔法の知識と力で半年で終わらせた、今なお英雄と語り継がれる聖女の自覚はあるか?」
「え!?何で隠された歴史を知っているんですか!?」
「……えっと、それはまた後で話そうか?」
ゲドナ国の王室と使者が、まさかハリエドの真実の歴史を知っているとは。……ま、まさかゲドナ国も襲うと思われているのか!?そういえばグレイソンが侵略とか言っていたな!?無理無理!流石にもう血みどろな戦争は懲り懲りだ!私は真っ青になりながら首を横に振った。
「私!ゲドナ国を侵略しようとか考えていません!!」
「君がそんな事する人だとは思っていないが………まぁいいか。君の厚意を受け取って、僕の魔法の師匠になってもらおう」
よかった。ゲドナ国を侵略するとは思われていなかった様だ。そのまま私達は城にある書斎室で魔法を教える事となった。と言っても今は私は魔法を唱える事が出来ないので、その辺りはガヴェイン君を頼ったり紙に呪文を書く事にした。グレイソンも授業を受けたいと申し出てきたので、4人で書斎室に向かった。
やはり私の思った通り、ルーベンとグレイソンは基本魔法しか覚えていなかった。教会の魔法書を読み切ったガヴェインの方が魔法知識は多いかもしれない。だがそれは環境が違うだけで、私が教えていく魔法の呪文や意味を教えるとすぐに覚えた。……ゲドナ国で出会った際、私は神の言葉で発した花びらの魔法を、そのままの神の言葉として暗記して唱えたものだから、相当記憶力がいいとは思っていたが。ルーベンは一度言った言葉を全て覚えてしまった。……イザークがダニエルだと分かっているので、もう異常に緊張する事はないが、それでも真剣に見つめるルーベンの表情が、ダニエルと瓜二つなのでもう胸が痛い。
「……と、まぁ取りあえず。私が知っている治癒魔法と、解析魔法や拘束魔法はこれ位ですかね」
私が呪文を書くのを辞めると、ルーベンが苦笑いを浮かべた。
「いやぁまさか、その三つの種類だけでそこまで魔法があるとは」
「治癒にも怪我に特化したものだったり、軽い病を治すものもありますから。……まぁ、ゲドナ王には治癒魔法全て効きませんでしたが」
そう、アイザックに解析魔法と共に、生きているのであれば治癒魔法が効くのではと唱えてもらったが、ゲドナ王には全て効かなかったのだ。私の言葉にグレイソンは、手を顎に添えて考え始める。
「……生きているから魔物になった訳ではなく、治癒魔法も効かない。……一体国王陛下は、何に蝕まれているんだ」
グレイソンの言葉に、私達は誰も答えを出せなかった。
私ガヴェインは書斎室でルーベンと別れ、そのまま帰宅する……と見せかけて、人通りの少ない物陰に隠れた。ガヴェインに目線を向けると彼は頷き、私の手を取り目を閉じて、呪文を唱える。今唱えたのは「姿隠しの魔法」で、術者が第三者から姿が見えなくなる。だが術者に触れると、術者以外でも姿を消す事ができる魔法で汎用性が高い。
「で、どこ探すんだよ」
「国王の執務室。確か国王が臥せてからは、閉鎖されてるって聞いたんだ」
王族を辿れ、という事は今までの王族の一族を探ればいいのだろう。それならば歴代の国王も使っていた執務室に、何か手がかりがあるかもしれない。ゲドナ王の寝室の隣に執務室はあったはずだ。私達はそこへ向かった。
ゲドナ王の執務室は不用心にも鍵が掛けられておらず、案外すんなりと入れてしまった。一度魔法を解いて、私達は部屋の物色を始める。こんな姿を父や母、そして兄にバレたらと考えたら、思わず体が震えてしまう。ええい!これもゲドナ王の為だ!
私が物色をしている中、ガヴェインがズボンのポケットから白いハンカチを出して、それに呪文を唱えている。聞いた事のある、しかし随分古い呪文に驚いた。ハンカチは宙に浮かび、そのまま勝手に折り畳まれ紙飛行機の様な形になる。
「ガヴェイン、それって」
「古い文献にあった。どうせお前の事だから、探す方法考えてないと思ったんだ」
「探しの鳥」と呼ばれる、探知魔法系の原初、忘れ去られた古代の魔法だ。全ての魔法を知ると言われた私でさえ、古代の魔法の知識はまだ拙いのに。まさか1年前には文字の読み書きもできなかったガヴェインが、ここまでの知識を持っているとは。そのまま紙飛行機になったハンカチは宙に浮かびながら進み、王の執務机の裏に落ちる。ガヴェインがその場所を触ると、眉間に皺を寄せた。
「何か取っ手がある」
「え!」
そのままガヴェインがその取っ手を引っ張ると、そこには隠し引き出しがあった。引き出しの中には随分古い本が入っているが、その本が入っている引き出しは随分と埃まみれなのに対し、本は埃がついていない。……誰かが最近、この本を開けたのだろう。ガヴェインもそれが分かったのか、険しい表情で本を見る。
「……ガヴェイン、開くよ」
「…………ああ」
……私は、その古い本をゆっくりと開いた。
◆◆◆
ゲドナ国の医療施設を見学し数日。明日には中央区に戻る予定で、俺は最後に施設の室長に挨拶を済ませる予定だった。……だが、その室長室に向かう廊下で、思いがけない人物に出くわした。
「ああ、イザーク様。お久しぶりです」
「ペンシュラ伯!何故ここに!?」
「ゲドナ国との貿易で、今度から医療品も貿易の対象にする予定なので、その下見です。ゲドナ国の医療技術は随一ですから」
そういえば、彼はゲドナとの貿易の責任者だった事を思い出す。まだ15歳なのに随分と優秀で、侯爵に陞爵するのも時間の問題だと言われている。男爵からここまでのし上がった家は、この先もペンシュラ家以外いないだろう。……まぁ、本人がここまでの出世欲なのも、公爵令嬢である想い人と婚姻を結ぶ為なのだが。
「それはご苦労様です。国王陛下やギルベルトから話はよく聞いています。いや〜優秀な若者がいてくれて、我が国も安泰ですねぇ!」
「……イザーク様、貴方様が500年前の宰相なのは知っていますので、恋敵として馴れ合うつもりはありませんよ」
「え」
「建国祭の最終日、随分とシトラと仲良くしていたそうじゃないですか」
片方の金色の瞳が鋭くこちらを見る。……そうか、確かにあの場面を見る人が見れば、俺がダニエルだと分かるか。だが我が国の有能伯爵に、ここまでの敵意を向けられるのは望ましくない。
どう話を盛り上げていこうか考えながら周りを見ていると、廊下に飾られたある一枚の絵が目に入った。
その絵に描かれたある人物を見て、俺は驚愕した。
それと同時に側のドアが開き、そこから挨拶にいく予定だった室長が顔を見せる。こちらに気づくと優しそうな笑顔を向けた。
「ああ、イザーク殿下!ペンシュラ伯爵まで!今お茶を用意させますのでこちらへ」
「この絵は何ですか?」
室長が話し終える前に質問を畳み掛ける。ペンシュラ伯は怪訝そうに見ているが、室長は気にせず俺のさした絵を見る。
「えぇっと、確か470年前のだったかなぁ?」
「470年前……」
「この時代に周辺地域で疫病が流行しまして、その際に当時の第二王女とその夫が、疫病患者の隔離のために建てたのがこの施設の始まりなんです。……確か、この絵はその時代を忘れないために描かれたものだったかな?」
絵を凝視する俺に、ペンシュラ伯は声をかけた。
「その絵が、何なんですか?」
「………………何で、彼がここに」
「は?」
……その絵は、かつての疫病で苦しむ国民を嘆き、介抱する第二王女と夫が描かれていた。俺は、その絵の中の夫である男に触れる。
そして額に汗を垂らしながら、悲痛な表情でペンシュラ伯を見た。
「………この男は、旧ハリエド国の……王太子だ」