38 帰り道
「好き好きっ、すきっ、すきだーいすきっ!好っきー!…………よし、慣れた!」
城への帰り道、私は皆と歩きながらずっと魔法を唱えている。最初こそ恥ずかしくて顔を赤くしてしまったが、何度も言っていると慣れてしまった。
アメリアの作ってくれたチョーカーを着ければ、呪文でも神の言葉でもない言葉へ変換されるため、魔法が発動する事もない。このチョーカーをもし、他の加護を持った人間や精霊が付けると、最大の武器である魔法を封じれる事になる。……アメリアが500年前生まれていなくて本当によかった。こんな技術を持った者がいたら、そんな者が人間側についていたら、精霊は終わっていたかもしれない。
あの後アイザックに、ゲドナ王の状態を魔法で解析してもらった結果、王はまだ生きていた。魔物は人間や動物など、感情を持つ存在が死後の怨念により生まれるものだ。だがゲドナ王はまだ生きている。あの状態は魔物になった訳でなく、もっと別の可能性が高い。私は隣を歩くウィリアムに声をかける。
「好きっ、好き……ねぇウィリアムは王の状態をどう………どうしたの」
声をかけたウィリアムへ向くと、眉間に皺を寄せながら不機嫌そうな表情を向けていた。よく見てみればそれは彼だけでなく、他の旅の仲間も同じ様な表情だった。何かしたのかと冷や汗が出るが、反対側にいたガヴェインがこちらを見る。
「……お前、それやめろ」
「それ?」
何を言っているのかと怪訝な顔を向けると、ガヴェインは顔を引き攣らせた。そんな私達を見て、ウィリアムは小さくため息を溢す。
「好きだなんだと、言い過ぎだと言っているんだ」
なんだそんな事か。だが条約違反とわかっているのに、滞在一日目で魔法を使おうとしてしまったのだ。アメリアの言う通り、頭の弱い私はこの先の滞在も必ず魔法を唱えてしまうだろう。それならチョーカーの変換に慣れるべきだと思ったのだが。
「でも私、滞在中また魔法唱えるから慣れなきゃ」
「………唱えないようにすればいいだろう」
「無理だね!条約違反と分かってても一日目で魔法唱えたし!」
何も言い返せないウィリアムに、してやったりと笑う。そうだ!どうせなら意地悪してやろう!そう思えば行動。勢いよくウィリアムの腕を引っ張った。彼は驚いて目を見開くが、私は引っ張ったお陰で近づいた彼の耳に、自分の口元を近づける。
「ウィリアム、大好き」
「…………」
「はい!今の言葉は、呪文で変換された言葉か、本心かどっちだと思う〜!?」
「…………」
「あっれぇ?分かんないのかな〜ウィリアム君は〜?」
「……………」
「正解はね……………本心でしたっ!!!」
ウィリアムへ茶番の様な事をして、目の前で笑顔で手を一度叩いた。きっとこの後、彼はいつもの様に頭を撫でて、笑ってくれると思っていた。
……が、下を向いたままの彼は、体から陽炎を出しているし、吐く息が異常に熱い。やはりふざけ過ぎたかと冷や汗を浮かべていると……ゆっくりと顔をこちらへ向けたウィリアムの表情が、もう獣の様な目線だった。私は思わず顔を引き攣らせる。
「待て待て待てウィリアム!!!あっつ!あっついな!?」
慌ててディランが叫びながら、後ろからウィリアムを羽交締めする。水が蒸発する音と共に湯気が立ち込めていき、周りはサウナの様な空間になっていった。全く湯気で見えないし、蒸発音も煩いが「あれは彼女が悪いだろう!?」とか「娘を襲うな!!」とか聞こえるので、やはりウィリアムの逆鱗に触れてしまったのだろう。……守ってくれてありがとう、パパ。
だが、他の皆は暴れる二人の精霊ではなく、私を見て悲惨そうな表情を向けるのは何故だろう?
◆◆◆
彼女を襲おうとするのを親馬鹿精霊に止められ、俺は自分に割り当てられた部屋にいる。椅子にもたれ掛かりため息を吐き、そのまま天井を見た。
……あれは絶対にシトラが悪い。チョーカーによって魔法を封じられ、愛を唱える事しか出来なくなった彼女は、能天気に開き直りそして慣れるために、帰り道ずっと好きだの大好きだの言っていた。彼女から発せられる魅力的な言葉に、彼女に好意を寄せる令嬢と獣人は頬を染め、保護者達は苦笑した。……一番恐ろしかったのはアイザックだ。狂うほどに愛している相手のその言葉に、今にも襲いかかりそうな表情を彼女の背中に向けていた。だから間違いを起こさせる前に、彼女を注意し辞めさせようとした。……が、結果は俺が襲い掛かろうとしていた。意味が分からない。
「この日ばかりは、あの親馬鹿に感謝だな」
何百年何千年生きている俺が、たった一人の娘にここまで懸想するとは。500年前の俺に、こんな想いをするので彼女と出会うなと言いたい。……まぁ、そう伝えても、俺は彼女に会うだろうが。
もう、彼女がいない人生が考えられない。彼女の為以外に動く事が考えられない。だから宰相の事件が終わった後に「黒い霧」は解散させた、彼女が俺がそこにいるのを嫌がったから。彼女の側にいる騎士の獣人が羨ましくて、騎士に戻れば聖女である彼女を、少しでも近くで守れると思い王国騎士団に入った。……まさか、最初に対戦したのが騎士団長で、再起不能にしてしまい俺に怯え、騎士団長を譲ってくるとは思わなかったが。だがそのお陰で建国祭では彼女の側にいれたので良しとしよう。
最初は守るべき聖女として。それが形が変わるのは早かった気がする。会えば会うほどつのる想いが、もはや恋や愛と言っていいのか分からない。精霊である俺より、人間の男の方が彼女が幸福な事も分かっている。……分かっているが、無理だ。彼女を守るのも、側にいるのも、体を愛するのも俺がいい。俺が知らない彼女の顔が、ある事が許せない。……と、そこまで思って、自分の手が拳を作っているのを理解して笑ってしまった。……もしかしたら、アイザックが彼女を500年前に殺していなかったら、俺がしていたかもしれない。
「ウィリアム、少しいいか」
その時、丁度考えていた男が部屋のドアをノックしながら声をかけた。そのまま部屋の中へ入ってきたアイザックの後ろに、今の彼女の騎士である獣人と、ディランがいた。親馬鹿の方は普段通りだが、その他は固い表情をむけている。
「昨夜の件で、話したい事がある」
昨夜とは、ゲドナ国へ着いてから感じていた視線についてだろう。あの時は護衛の為に彼女の部屋に入り、可愛らしい寝顔に顔が綻んだものだ。うっかり寝てしまい、結果最高の朝になった。だが俺だけでなく他にもいたのは腹が立ったが。
そのまま俺は、中へ入ってきた精霊達を見て。彼女の役に立てる事に胸を高鳴らせた。