9 そして彼女は運命の人を見つける
今まで招待しかされたことのなかったお茶会だが、まさか主催者側はこんなに大変だとは思わなかった。いや、招待客が多すぎるのが悪いのだが。
ようやくひと段落つき、会場の隅にもたれながら屍のように佇んでいると、ギルベルトが飲み物が入ったグラスを持ってやってきた。…彼も同じくらいに挨拶周りなどをしていた気がするが、なぜそんなに元気なのだろう…。
「お疲れのようですね」
「…もうお茶会は主催しません」
差し出された飲み物をお礼を伝えてグラスをもらう。あまりにも喉が乾きすぎて一気飲みをしてしまった。ギルベルトはそれを見て困ったように笑いながら隣に立つ。
「君がリリアーナ嬢のために頑張るのはいいですが、全てを助けることは出来ませんよ」
「…全く同じことを先ほど、お兄様に言われました」
二人が言いたいことはわかっている。そこまで馬鹿じゃないし、お茶会へ来たリリアーナもわかっているはずだ。…そのために多くの招待客がいるのだから。
「君は、本当にお人好しですね」
そう言いながらギルベルトは、私の飲み終わったグラスを取りそのまま会場の中央へ行く。あまりの自然具合に感謝も何も言えなかった。
その後すぐに慌てたケイレブに声を掛けられ、リリアーナがいなくなったことを告げられた。公爵家はかなり大きい。今まで来たことがないリリアーナは迷子になっている可能性がある。私はケイレブと一緒に彼女を探すことした。
しばらくケイレブとリリアーナを探し回っていると、メイドのクロエが声を掛けてきた。
「お嬢様、温室にてお客様方が揉めている様です」
「ありがとうクロエ。様子を見てくるよ」
一緒に聞いていたケイレブは顔を歪めた。彼が思っている通り、リリアーナはそこにいるのだろう。私達は急いで温室へ向かう。
温室は今日のお茶会で開放している場所の一つだ。温室へ入るとどうやらかなり揉めているのだろう。罵声が聞こえてくる。
声の元へそっと向かうとそこにはやはりリリアーナと、そして何人かの子息令嬢がいた。リリアーナは泣いてはいない様だが震えている。ケイレブがリリアーナの元へ向かおうとしていたので、腕を掴みそのまま物陰に隠れる。
「何を!」
「ケイレブ様、これはリリアーナ様が受け止めなければならない事です」
怒りで瞳孔まで開いているケイレブだったが、私の伝えたい事がわかってのだろう。力が入っていた腕は、力無く垂れた。…今まで苦しめられていたはずなのに、妹のために怒りを隠せないケイレブは、本当に優しい。私達はそのまま、物陰から様子を見守る。
「今まで散々僕たちを苦しめておいて、今更謝罪だと!?」
「貴女のせいで私はすごく辛い思いをしたのよ!」
子息令嬢達はリリアーナに向かい怒鳴っている。対するリリアーナは震えているが、それでもしっかりと顔を上げている。
「…本当に申し訳ないことを…今更謝っても許されない事も分かっています。…でも、私は…私は変わりたいのです!もうお父様お母様、そしてお兄様にも迷惑をかけない私に!」
ケイレブは怒りではなく、驚いた様に目を開く。
「だから何度でも謝ります!私をもう一度信じてくれたお兄様と、友達と言ってくれたシトラ様のために、私は…」
「だから許してくれというのか!?ふざけるな!!!」
子息の一人がリリアーナに手を振り上げる。ケイレブは流石に助けに向かおうとしている。
「やめなさい!!!」
けれどそれより、私の声の方が早かった。ケイレブの方はリリアーナに当たる寸前で子息の手を掴んだ様だ。
子息達はまさか私とケイレブがいるとは思わなかったのだろう。頭に血が昇っていたのだろうが、自分達が公爵家でしていた事に気づき顔を真っ青にしていた。私はそのままリリアーナの前へ立つ。彼女は驚いてこちらを見つめている。
「手を出すのは流石にやりすぎです」
「し、しかしリリアーナ様は今更許してくれと言っているのです!彼女はずっと僕たちを苦しめていたのです!そう簡単に許せるはずがありません!」
リリアーナを庇護しているのが許せないのだろう、子息の一人が声を荒げる。…確かにリリアーナが謝るのは今更かもしれないが。
「だからと言って、過去にリリアーナ様がしていた事を、今あなた達はしています」
「…それは」
「リリアーナ様は謝罪をしています。…それを今更と怒りが出るのはしょうがないかもしれません。けれど私達は貴族です。いついかなる時も物事を客観的に、そして寛容でいなければならない。時には心で思っている事と反対の事をしなくてはならない。それが貴族である私達の基本です」
ってお父様が言ってた。
さすがお父様の言っていた事は子息達に刺さるものがあるのか、付き物が落ちたようにこちらを見ている。私は咳払いをしつつ、話を続けた。
「貴族として今あなた達がすることは、過去の事を洗い流し、そして寛容な心でリリアーナ様を受け入れること。自分の家のためにカーター侯爵家と関係を良好にする事です。…それに、私は信じています」
後ろを振り向けばリリーアナはこちらを見つめている。そんな彼女へ手を差し伸べる。
「彼女がこれから素敵な令嬢へと変わるのを、信じているのです」
あの後、クロエから騒動を聞いたのであろう兄が現れ、騒動は終わった。
貴族達はよほど父の言葉が刺さったのであろう、「シトラ様、僕たちは貴女様の言葉に感銘を受けました!」とものすごいキラキラした目で見られた。…お父様の言ってたことをそのまま言っただけなんだけどなぁ、と申し訳ない気持ちになってしまう。
リリアーナはケイレブに支えられながら、今日はそのまま屋敷へ帰るらしい。最後に挨拶をと思ったが、騒動を聞きつけたリアムには涙目で抱きつかれ、ギルベルトからはネチネチ執拗に怒られ、兄からは雷のように怒られた。
お茶会はそんな事もあったが無事に終わり、その豪華さから『国で一番のお茶会』と言われる様になった。終わった後なのに次回の招待を願う手紙が大量に届いた。
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私は自分の犯した罪を後悔している。
カーター侯爵家令嬢として生まれた私は、幼い頃より教養や礼儀作法を叩き込まれた。そして初めて参加したお茶会で、自分が他の同じ年代の貴族達よりも優れた存在だと気づいた。
そこから私は、最初は礼儀作法の注意から、そして段々と注意は罵倒に変わっていた。
自分のしている事は正しい事だと思っていたし、それに従わない方々は能力がないのだと思った。だから、お母様が私のせいで心労で倒れた時に、私を見ている周りの目線に気づいた。
あまりの恥ずかしさに私は数日部屋に籠っていたが、それではいけない。私が変わっていかなければ、そう思い努力をしようとしたが、部屋から出た時のお兄様の冷たい眼差しを見て、私は自分のしてしまったことの、あまりの大きさに怖くなった。
今日はお兄様の誕生日パーティー。本当は来場された方々へ挨拶へ行かなくてはいけない。勇気を振り絞って中庭から会場を様子を見れば、そこには私が見たこともない顔でいるお兄様を見てしまった。
…私は出てはいけない。泣きそうになったがそれを抑えて、私は部屋へ戻る。
3歳の誕生日にお父様とお母様から頂いたくまのぬいぐるみ。この子だけが私の今の話し相手だ。
「大丈夫、寂しくなんてない。すぐに運命の人が私を見つけてくれるわ」
昔お母様に読んでもらった絵本の物語。主人公を守り、そばにいてくれる王子様。
「きっとその人は、私を信じてくれる」
王子様は主人公を時に諭し、そして主人公を信じてくれた。
変わろうとしている私を信じてくれる、王子様のような運命の人が来てくれる。そう自分へ言い聞かせなければ、涙を抑えられない。
…そんな物語のような事、起きるはずがないと分かっている。
しかし、後ろからいきなり大きな音がなり、驚いて後ろを見た時。
私は、…その時に物語の主人公になったのだ。
「…リリアーナ、俺は兄として酷いことをした。シトラ様に言われるまで、俺はお前を信じてやれなかった」
あの後、まだお茶会は続いていたが俺たちは途中で帰ることにした。
妹の自業自得であのような騒動になったが、それでも妹は一人で怖かったはずだ。俺は馬車の中で妹へ声をかける。
「今まで本当に悪かった」
妹は、シトラ様の言う通りに変わろうとしていた。子息達に責め立てられても謝罪をし、俺のために変わろうとしている妹に、俺は今までなんて目で妹を見ていたんだと恥ずかしくなる。
するとずっと呆然としていたリリアーナは、ゆっくりと口を開いた。
「…お兄様」
「どうした?」
泣きたいのであろう、そう思って下を向いた妹の顔を覗く。…が、何故か恍惚したような表情を浮かべていた。
「私を、シトラ様は信じてくれると」
「…うん?」
するといきなり立ち上がってきたので俺はバランスを崩して後ろに倒れるようにもたれかかる。驚いて妹を見ると、シトラ嬢に差し伸べられた時に出した手をうっとりと見つめる。
「こんな私を、こんな私を友達にしたいと、そして信じてくれるとおっしゃってくれたのです!そしてあの時子息達へ諭したお言葉……なんて洗練されたお方なのでしょう!」
「…え、うん?」
「あのお方こそ私の運命のお方なのだわ!」
俺は、本当に性格の変わった妹を、先ほどの妹のように呆然と見るしかなかった。
誤字脱字報告をして頂いた方、本当にありがとうございます!