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37 好きっ!


いやーまさか、アメリアがそんな特殊な精霊だったとは。

神との間に生まれた精霊だから、他の精霊とは違うだろうとは思っていたが。精神支配ができる精霊なんてチートすぎじゃないか?……うん、待てよ?って事は彼女の力で皆を精神支配して貰えば、謝罪の言葉を考えなくてもいいのでは?


カーテンの隙間から溢れる朝日を見て、ベッドから動く事が出来ない私は思考を巡らせていた。え?なんで動けないかって?…………それは両側と、足元にいる男共の所為である。


右にはウィリアム、左にはアイザック。そして足元にガヴェインが寝ている。両側から胴体を掴まれ密着され、ガヴェインも足の周りに丸まっている。なんか身動きできないな〜周り眩しいな〜と起きたらこの状態だったので、もう怒りとか恥ずかしさとか通り越して無だ、無。


一応こんなんでも未婚の淑女だし、リリアーナに見つかったら大惨事だ。……私はゆっくりと起き上がり、深呼吸をする。そして目を鋭くさせて、両側には拳を、足元には蹴りを思いっきりお見舞いした。痛みによる呻き声と、変態の喘ぎ声が聞こえた所で、私は大きく息を吸う。




「どっから入ってきたんだ!!アホども!!!」






朝から叫ばせるんじゃないよ、全く。









◆◆◆





ルーベンに指示された場所はやはり、国の中央にある城だった。ゲドナには平民服しか持ち合わせていないので、こんな姿でどう城に入ればいいのか悩んだが、私達の顔が見えると、城の門番は敬礼をして城に入れてくれた。

どうやら私達の事を事前に伝えていたらしい、なんて仕事ができる男なのだと感心しながら門をくぐると、城の扉の前に昨日出会ったグレイソンがいた。厳しい表情を向けていた彼は、アメリアを見ると頬を赤く染めて朗らかになった。精神支配恐ろしすぎる。


「アメリ……建国の聖女様、お付きの方々お待ちしておりました。閣下の元へご案内致します」

「よろしくお願いいたします」


そのまま私達は城の中へ案内された。城の中は、ハリエドと同じく使用人もいるが、それ以上に軍服を着た者達が多い。皆こちらに敬礼をしているので、軍人なのだろう。門番も軍人だったし、やはり王族はあれど軍人国家だ。昨日もグレイソンは王太子ではなく閣下と呼んでいたし、もしかしたら王族とは別に、軍人としての立場を持っているのかもしれない。グレイソンはある扉の前まで案内すると、その扉へノックをした。


「閣下、聖女様御一行がお越しです」

「入ってくれ」


グレイソンが扉を開くと、中には昨日と同じ琥珀色の軍服を着たルーベンと、なんとマチルダがいた。彼女との再会に驚いていると、マチルダは花開いた様に笑顔を向けこちらへ走ってくる。


「聖女様!お久しぶりで…………ああ、何だいましたの貴女も」


笑顔で向かってきていたマチルダだが、後ろにいるリリアーナに気づくと一気に冷めた表情を彼女に向けた。リリアーナも引き攣った笑みをマチルダに向ける。


「お姉様に、大親友の私に是非一緒に来て欲しいと頼まれましたので」

「流石聖女様ですわ、どんな方にも優しく手を差し伸べていらっしゃるのね」

「ええ、ですか私には格別にお優しくしていただいておりますわ」


……私の前後で、美女と美少女がバトルを繰り広げている。どうしたらいいのか分からず、冷や汗をかきながら交互に彼女達を見ていると、ルーベンが苦笑する。


「マチルダ、シトラの友人にちょっかいを出すんじゃない」

「………わかりました」


マチルダは可愛い顔で不貞腐れながら後ろに下がる。どこの兄妹も兄には逆らえないんだなぁ。

私も兄の怒声を思い出すだけでも震えてしまう。今回のゲドナ国への旅も兄に内緒で来たので、家に帰るのが本当に恐ろしい。血管切れてないかなお兄様。ルーベンは、不貞腐れるマチルダの頭を軽く撫でながら声をかける。


「今日は来てくれてありがとう。まさか全員来てくれるとは思わなかったが、好都合だ」

「好都合、ですか?」

「ああ、実はシトラや精霊達には正式に、ゲドナ国へ招こうとしていたんだ」


そう言いながら微笑むルーベンを見て、何故私や、そして精霊を招く必要があるのか首を傾げた。特にゲドナ国では、先日の建国祭の様なものはなかったはずだ。その疑問は後ろの精霊達も同じで、後ろから現れたウィリアムは、私の隣に立ちルーベンを睨んだ。


「聖女であるシトラや、俺達精霊に何の用があるんだ?」

「……建国の聖女は、全ての魔法を覚え、全ての魔法の意味を理解した人物と、ゲドナ王族に言い伝えられている。それに君達精霊は、途方もない年月を生きる博識な存在だ」

「……それが何だ?」


何を求められているのか分からず、私はルーベンの優しい表情が妙に恐ろしく思えた。それは周りも同じで、ウィリアムは私を守る様に目の前に立ち塞がる。ガヴェインも鞘から剣をいつでも出せる様にしているし、他の皆も険しい表情だ。……そんな私達を見て、ルーベンの隣にいるマチルダは、悲痛な表情を浮かべながら顔を下にした。そのまま震える彼女の頭に、再びルーベンは手をのせる。そして真っ直ぐ私達を見て、薄笑いをした。




「実際に、見てもらった方が早いだろう」









私達はルーベンに連れられ、城の奥へ進むために廊下を進んでいる。リリアーナはマチルダやグレイソンと共に、先程の部屋で待ってもらう事にした。最初は多く使用人や軍人達が通り過ぎていたが、奥へ進むにつれて誰も居なくなった。ルーベンは歩きながら声をかける。


「建国祭へは、父上……ゲドナ王が参列する予定だったのは知っているか?」

「確か、乗馬中の落馬でしたよね?」

「表向きにはそうなっているな」


表向き、という事は本当は落馬ではなかったのだろうか。ルーベンは廊下の突き当たりにある、やけに豪華な扉の前に立ち止まった。どうやらここは国王の部屋の様だ。そのまま彼はノックもせずに、重厚な扉を開ける。


……その時、中にたち込めていた黒い靄の様なものが外へ抜けていく。見覚えのあるその靄に、この時代にあってはならないものに、目を見開いた。それは後ろのアメリア以外の精霊達も同じだった。


「父上は、乗馬中の落馬で参列できなかった訳じゃない」


静かに告げる声に、部屋の中のゲドナ王の状態に息をするのを忘れた。

……部屋のベッドの上に寝ているゲドナ王は、猿轡で声を封じられ、手足が鉄の鎖で身動き出来なくなっていた。一国の王にする対応ではないが……それよりも、その身動き出来ないゲドナ王は、理性を失った様に暴れているのだ。ベッドの周りに暴れた事による怪我の血がこびり着いているし、猿轡で声は出せないが、喉を潰した様な呻きを出している。……人間ではないその姿に。獣の様な、血濡れた様な赤い瞳に。……その存在に、見覚えがある。


「……魔物、なのか?」


ゲドナ王を見たディランは、険しい表情をしながらその名を呼ぶ。ウィリアムやアイザックも、今のゲドナ王の姿を見て、その存在しか思い浮かばないのか無言だ。ただアメリアだけは、その名を呟いたディランに驚愕の表情を向ける。


「魔物は、とっくの昔に滅んだはずです!」


アメリアの言う通りだ。500年間には多く存在した魔物は、人や動物が死後に怨念によって生まれる化け物だ。だが神の怒りをかい魔物は全て消滅した。獣人族の様に戦争で滅ぼされたのではなく、神に否定された魔物はこの世界では存在できない。……だから、この現世に魔物が存在する事など、あり得ない。


ルーベンは拘束されているゲドナ王を見て、小さくため息を吐いた。


「最初はただの風邪だと思っていた。……だが次第に体中から黒い靄が出て、言葉を発せれず獣の様に暴れ始めたんだ。治癒魔法や他の魔法をかけても無駄で、手の施しようがない」


同じくゲドナ王を見たアイザックは、無表情のまま口を開く。


「……始末できないのですか?」


あまりの冷酷な質問に、私は思わずアイザックを睨む。だがルーベンは、そんな態度の私に目を細め、首を横に振った。


「発症してから三ヶ月たつが、飲まず食わずでもこうして生きている。……それに、一応はこの世界での僕の義理の父で、妹の父だ。簡単に殺せはしない。……王弟殿は、シトラが父上の様な状態になったら、すぐに始末できるのか?」

「…………失言でした」


アイザックの呟く様な謝罪にルーベンは頷く。……マチルダのあの悲痛な表情は、自分の父親の変わり果てた姿に、何も出来ず悲しんでいたのだろう。私は深呼吸をして、ゲドナ王を見つめる。


「……見捨てれないって、これは」


とりあえず、ゲドナ王の現在の状態を魔法で確認しよう。私は王に手を翳し、まずはこの暴れている状態をどうにかするべく、戦争時よく敵に使っていた、眠り魔法を唱えようと息を吸う。


「好きっ!!……うん?」


魔法の呪文を唱えた筈なのに、何故か違う言葉を出していた。急に私が変な事を言うものだから、周りは唖然としている。……朝からよく叫んだし、疲れて間違えたかな?よしもう一度唱えよう。私はもう一度集中して魔法を唱えようと息を吸った。


「好きっ!好き!!だーいすきっ!!!…………んなっ!?」


おかしい!呪文を唱えようとすると小っ恥ずかしい言葉になってしまう!!あまりの場違いの言葉に赤面してしまうし、唖然としていた周りも、私が好き好き言いまくるからか、恥ずかしそうに目線を逸らしながら頬を赤くしている。……そんな中、突然アメリアが「あ!!!」と何か知っている様に声を出す。


「シトラさん今魔法唱えましたね!?よかったぁチョーカー用意しておいて!」


チョーカーとは、客船を降りる時にアメリアから貰ったものだろうか?

確か魔法を唱えると違う言葉に変換され…………………私は、全てを理解して真っ青になりながら、可愛らしく頬を膨らませる彼女を見た。


「…………ま、まさか」

「そうです!魔法を唱えると変換されて「好き」とか「大好き」とか、魔法の威力によっては「愛してる」になります!」

「何でそんな小っ恥ずかしい言葉ばっかり!?」

「そりゃあ私が「愛の精霊」だからですよう!!」

「なんっじゃそりぁああああ!!??」


自慢げに自分の胸を叩きながら、鼻息を出す美女に。……私は、恥ずかしくて首まで真っ赤にしながら叫んだ。


好きっ!

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