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35 衝撃


小さく、海を渡るカモメの鳴き声が聞こえる。

その声に反応する様に、私はゆっくりと目を開ける。

寝返りをするために体を動かそうとしたが、何かのせいでそれが出来ない。


「…………んぅ?」


私は虚な目で自分の体を見ると、褐色の逞しい腕が腹の上に乗っていた。

……誰の腕か分かる。だが夢であってほしい。そんな私の切実な願いは、すぐに打ち砕かれた。


「ん?……ああ、起きたか愛娘よ」

「…………」

「まだ眠たいのか?……全く。そんな可愛い顔を他の奴らに見せるんじゃないぞ?」

「……………」


朝日を浴びて、薄水色の髪が美しく輝いているディランは、何も纏わぬ状態で、さも当たり前のように私を抱き寄せながら隣にいた。彼は金色の瞳を細めて優しく微笑みながら、寝起きの掠れた声を出す。……あまりの衝撃に固まっていると、史上最悪のタイミングで部屋のドアがノックされる。


「お姉様、お早うございます!本日の朝食は、お姉様の大好きなクロワッサンを用意いたしまし………………」


可愛らしい笑顔でドアを開けたリリアーナは、ベッドの上にいる私とディランを見て固まった。彼女の言葉に反応してディランは勢いよく起き上がり、爽やかな笑顔を向ける。


「おお!我が愛娘の好みを理解しているとは、流石リリアーナ嬢だな!」


そうじゃないんだよリリアーナに笑顔を向けるな服を着ろ水になってしまえ。私は心の中で、区切る事なく目の前の変態精霊を罵倒した。恐ろしい光景に固まっていたリリアーナは、数秒後意識を取り戻し、身体を震わせている。……私はそんな中、まさか二度目も彼女に見つかると思わず、しかも男の全裸を見せてしまった彼女に、どう償えばいいのか考えた。


そのままリリアーナは、大きく息を吸う。





「この変態精霊!!!お兄様の!!!上をいくなぁああああああ!!!!!!」





客船中に響き渡りそうな大声に、慌てて移動魔法でやってきたガヴェインとウィリアムが、同じくその光景を見て固まる。そして二人とも恐ろしい表情で青筋を立て、ディランに襲いかかった。


リリアーナ。怒っているのは分かるが、どういう意味だそれは。





◆◆◆






朝から色々あったが、無事にゲドナ国へ到着した私達は、旅客船を降りる準備をしていた。

この船はハリエド管轄となるが、船から出ればゲドナ国の管轄となる。なのでここからは私は魔法を使う事が出来ない。準備を終えて荷物を持とうとする私に、アメリアが声を掛けた。


「シトラ様、ゲドナ国滞在中はこちらを付けてください」


そう言って差し出されたのは、黒い革製で出来たチョーカーだった。これを付ける意味が分からず首を傾げると、アメリアは得意げに鼻息を出す。


「私が作った変換装置です!これを付けて魔法を唱えると、全て違う言葉で発せられる画期的な装置なのです!私の魔法で作られているので私しか外せません!」

「……凄いけど、なんでこれを付ける必要が?」

「だってシトラ様、絶対条約忘れて魔法唱えそうじゃないですかぁ!頭弱いから」

「唐突に悪口言うじゃんこの人」


彼女は恋人に似てしまったのか、もしくは似ているから惹かれあったのか。結婚式のスピーチしようと思ったが、なんかムカつくので辞めておこう。とりあえず万が一の事も考え、私はチョーカーを首に付けた。


そのまま私達は船から降り、他の観光客と同じくゲドナ国の関所に並ぶ。船から降りる際、精霊だと気づかれるのも厄介なので、精霊達四人は色変え魔法で、皆エメラルドの瞳に変えていた。そんな事しても顔面で目立つので意味ないと思うのだが。あーほら、後ろの淑女達が見惚れている。気づけ目線に、鈍感かお前ら。


今朝の問題で頭にタンコブを付けているディランが、そういえば、と声を出し質問する為にこちらを見る。


「娘よ、そういえば第一王子にはどうやって会うんだ?俺達、今は平民だぞ?」

「ああ、ギルベルト様から、ゲドナでのイザーク様の公務の予定を教えてもらったから、そこで待ち伏せして襲うつもり!」

「……それ、一令嬢に教えていいものなのか?」

「よく分からないけど、ギルベルト様は「さっさと兄上を切り捨てて来てください」って。失恋した私の事を考えてくれて、優しいよねギルベルト様」

「………そ、そうだな」


何故か引き攣った表情を向けてくるディランだが、この男にはギルベルトの様な思いやりがないから、彼の考えが理解できないのだろう。ギルベルトは腹黒だが、友人である私の事を考えてよく助けてくれる。誕生日に行った舞踏会のエスコートといい、薔薇園の時といい、彼には何度も助けられているのだ。ゲドナ国でのお土産も沢山持って帰らねば。国のお金で買うけど。


関所でのやり取りは、気持ち悪い位の笑顔を浮かべるウィリアムの手腕により、無事に入国を許可された。ギルベルトの成人式典で出会った時の態度で、普段の変態精霊とは全く違い穏やかな貴人だ。初めて見たらしいディランとアイザック、アメリアは引いている。だがリアムは巧みな話術に関心している様だった。


何でも500年前、外交向きではない性格のウィリアムは、ダニエルにより他国の挨拶回りの同行を却下されていたそうで、あまりの悔しさに外面を覚えたらしい。当時私の騎士であるウィリアムが何故同行しないのか疑問だったが、確かに普段の全てを下に見ている彼は、全く外交向きではない。


「さっさと国に入るぞ」


やり取りを終えたウィリアムは、元の無表情に戻り此方を向く。精霊三人が自分に引いているのを見て、眉間に皺を寄せながら睨む。私はそのまま火でも吹きそうな彼を宥め、そのまま関所の門をくぐりゲドナ国へ入国した。




軍事国家であり、かつては魔物狩りを生業をする者が多かったゲドナ国だったが、500年ぶりに再び訪れ、その変貌に目を見張った。


まず人の賑わいが違う。ハリエドの城下町でもここまで人が密集していない。かつては魔物狩りのギルドが多かった街並みも変わり、見たこともない食べ物や多種多様な服飾、そして軍事国家らしい武器を売る店が多く立ち並んでいた。変わっていない所といえば煉瓦調の街並み位で、それ以外は記憶と全く違う。家庭教師がゲドナ国を「軍事国家であり貿易国家」と教えた理由が分かる。


「す、凄い……500年でここまで変わるなんて」

「魔物が消え、魔物狩りを生業としていた国民が職をなくした際、当時の聖女であった王妃が周辺諸国との貿易を整え、国民へ職を与えたのがきっかけだそうだ」

「え!私が死んでいる間にそんな事をして…………うん?」


後ろから国の歴史を教えてくれるこの声は、旅の同行者達の声ではない。しかし忘れるはずも無い声なので、私は顔を引き攣らせながら、ゆっくり後ろを見た。……案の定、そこにはゲドナ国王族の証である、琥珀色の軍服を着たルーベンがいた。彼は私に向かって柔らかく微笑む。


「ようこそゲドナ国へ。また会えて嬉しいよ、シトラ」


旅の同行者達も、まさか王太子がいるのは予想外だったのか、目を大きく開いて固まっている。ルーベンはそのまま私の目の前まで歩き、固まる私の右手を取り口付けを落とす。思わず変な声が出そうになったがそれを抑え、震える声で問いかける。


「なっ、何故ルーベン様が………」

「門番に君の顔を覚えさせていてね。連絡が来たから城から駆けつけたんだ」


その言葉にウィリアムがルーベンを睨んだ。


「駆けつけただと?こんな短い間にどうやって!?」


疑問に思うのは当たり前だ。門番とウィリアムが話していたのは、ほんの数分前。なのに目の前のルーベンは連絡が来て、城からここへ駆けつけたと言っている。普通に考えて無理だ。……だがその疑問に、ルーベンは変わらず微笑む。



そして、その表情のままノイズの様な声を出し、私達の立つ地面に黄色の魔法陣が現れる。突然の金色以外の魔法陣に私含め皆驚いていると、そのまま眩しい光と共に、私が前にケイレブとのダンスで出した、美しい硝子の花びらが現れる。



「ハリエド国では魔法を出すと、条約違反になるんでね」



ルーベンは、私の手を取ったまま無邪気な笑顔を向けた。


私は目が点になりながら、呆然と彼を見つめる。……うん?神の言葉での魔法を出せる、人間?………………私は、今朝のリリアーナと同じく全身を震わせて、そして大きく息を吸った。




「せ、聖人だったんかーーーーーーーーい!!!」






1話目で、アメリアさんは聖女聖人が来る事を知っていましたが、ルーベンとは知らされていませんでした。へへっ。

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