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32 王妃様に会いに行こう!


『あら、お嬢ちゃん迷子になったのかしら?』

『…………』

『こんな城の奥まで来れる位だから、高位の貴族の子だと思うけれど……ちょっと待っててね、今人を呼んでくるわ』

『…………きれい』

『え?』

『あなたの目!宝石みたいで、すごくきれい!』

『…………………』









翌朝、私は城にいるギルベルトの元へ訪ねた。先に詳しい内容を連絡しておいた為か分からないが、応接室のソファに座る彼は、口だけ引き攣らせながら美しい笑顔を向けている。やはり素直に「イザーク様のイザーク様を潰しに行くために、薔薇園に行きたいです」は駄目だっただろうか?ギルベルトは笑顔のまま口を開く。


「兄上がゲドナ国へ向かう際、これ以上ない程に落ち込んでいた理由が分かりましたよ」

「うん?」


えっあの男、落ち込むほどアメリアと離れたくないのに、ゲドナにお見合いしに行ったのか?ふざけてるのかあの男は?ギルベルトは「鈍感でよかったです」と言ってくれるがどういう事だろうか?


「それで、母上の所有する薔薇園の事ですが」

「そうなんです!用事がありまして、そこに行きたいのです!」

「………王族以外の薔薇園の入室には、流石に母上に許可を得る必要がありますね」


ギルベルトは、深刻そうな表情を浮かべながらため息を吐いた。もしや、王妃様は気難しい方なのだろうか?イザークよりも公務に顔を出さず、建国祭ですら顔を見せなかった方だ。……まさか、私の事が嫌いなのか!?


「君の事が嫌いではないです。気難しいのは当たっていますが」

「……声に出てました?」

「顔に出てました」


思わず両手で自分の顔を触り表情筋の確認をする。ギルベルトはそんな私を見て目を細め微笑む。最近髪を伸ばし始めた様で、それが更に彼の色気を出しているので、私は思わず頬を少し赤くして固まった。


「君は、本当に貴族令嬢っぽくないですね」


随分昔にも同じ事を言ってくれたが、その時よりも大人びた美しい彼に、私は返しの言葉を詰まらせた。……前に冗談で私に告白してくるし、本当にこの王子は心臓に悪い。自分だけにこんな表情を向けてくれているのかと錯覚してしまうが、おそらく有益な貴族の令嬢には皆この態度なのだろう。なんて男だ第一王子よりタチが悪い。



そのまま私はギルベルトに連れられ、城の奥にある薔薇園へ向かっている。どうやら王妃は、普段は薔薇園で過ごしているらしい。先代の王も愛した薔薇園は、適切な温度設定により年中美しい薔薇を咲かせている。昔お茶会でギルベルトに贈られたが、今まで見たこともない程に美しい薔薇だった。現在は王妃の許可がないと王族以外は立ち入り禁止になっており、幻の薔薇園と呼ばれている。私は目の前を歩くギルベルトに、恐る恐る声をかけた。


「あの、王妃様は許可をしてくださるでしょうか?」

「シトラなら大丈夫ですよ。むしろシトラだからこそ、とも言えますが」

「え、どういう事ですか?」

「会えば分かります」


いや今言ってよ、めちゃくちゃ怖いじゃん。そのままギルベルトの後についていくと、薔薇の匂いと共に、うちの家よりも遥かに大きな温室が現れた。城にある唯一の温室なので、大きいだろうとは思っていたがここまでとは思わず、あまりの大きさと装飾の豪華さに驚く。ギルベルトは外で待つように私に伝えた。


「母上を見ても、絶対に引かないでくださいね」


最後に付け加えられた言葉と共に、眉間に皺を寄せながらギルベルトは温室の中へ入って行った。


……引く?まさか、ものすごいヒステリックだとか、そういう意味だろうか?私は不安でいっぱいになりながらそのまま待っていたが、温室の中から女性の叫び声と、ギルベルトの冷静な声が聞こえる。なにやら言い争いをしているのだろうが聞こえない。ど、どうなっているんだ中は!?本当に大丈夫なのか!?


暫くすると温室の扉が開き、中から疲れた表情のギルベルトが現れる。その姿に思わず引いていると、彼はこちらを見る。


「……入って大丈夫です」

「本当にいいんですか!?」


駄目じゃないのか!?と思ったが、彼は問題ないともう一度伝えて手招きする。私は不安と恐怖で一杯になりながら温室へ足を踏み入れた。


入った途端、一面に様々な色の美しい薔薇が出迎えてくれる。どれも満開で、見た事もない品種の薔薇まで咲いている。広大な温室に美しく整えられた薔薇に、私は感嘆の声が出てしまった。……その温室の真ん中に、薔薇と同じく美しい装飾のされたテーブルと椅子がある。テーブルにはつい今までお茶会をしていたであろう、食べかけのお茶菓子と湯気がたつ紅茶が置かれていた。


だか、それよりも気になるのは、椅子の後ろに赤いドレスを着た女性がいる事だ。焦茶色のウエーブのかかった長い髪の女性。椅子にしがみ付き体を震わせ座り込んでいる。それを見てギルベルトは呆れた表情をしながらその女性に近づき、首根っこを掴んで立たせようとしている。


「母上、もう観念してください」

「無理無理無理無理ないないないない」

「シトラの姿は使用人に盗撮させて、部屋に飾って見てるんですから見慣れてるじゃないですか」

「違う!!写真だから直視できるのであって!実物は違うの!!推しに自分の認識させてしまったらそれはもう害悪なのよ!!推しの吸う酸素を汚してはいけないの!!」

「何を言ってるんですか」


……盗撮と聞こえた気がする。あと女性の言っている意味が1割も理解できない。女性はギルベルトにそのまま立たされ姿を露わにする。私と同じ焦茶色の髪で、瞳は美しい赤。どこかイザークに似た顔立ちの美しい女性だ。何故か顔が、これ以上ないほどに苦しそうに歪んでいるが。ギルベルトはそのまま私に笑顔を向ける。


「この方は、兄上と私の母で、カミラ王妃です」


道理で似ていると思った、私は慌てて胸に手を当てお辞儀をする。


「は、初めまして王妃様!ハリソン公爵家長女の、シトラ・ハリソンと申します!」


私の挨拶に、王妃は体を震わせて下を向く。一応形式通りにしたのだが、何か気に触る行動をしてしまっただろうかと私は更に慌てるが……その後顔を上げた王妃は、瞳から涙を溢れさせていたので驚愕し後ろに数歩下がる。



王妃は、歪んだ表情のまま息を荒くして、吐き出すように声を荒げる。


「推しが、シトラたんが目の前にいるッッッ!!!」

「シ、シトラたん!?」




ギルベルトはその光景を見て、小さくため息を吐いた。







◆◆◆





ゲドナ国へ留学して暫く、連日分刻みで組まれる公務の予定に流石に疲れた俺は、割り当てられた部屋のベッドに寝転がる。

13年も弟に任せっきりだった公務が、ここまで疲れるものだとは思わなかった。自分よりも9歳も離れた弟が、あそこまで大人びてしまったのも俺の所為なのかもしれない。俺は横になり、偶然視界に入った自分の左手を見る。


「………結局、会いに来なかったな」


特に日付も時間も決めていなかったが、それでも留学前までには会えると思っていた。俺はハリソン公爵家にかなり嫌われている為、自分から彼女へ会いに行く事は難しい。……だから、俺の元へ彼女が来てくれると思っていたんだが。こんな事になるなら、無理矢理にでも会いにいけばよかった。




過去も今も、俺はシトラを愛している。

例え姿も、魂でさえも純粋なものでなくても。ダニエルだった俺もイザークの私も、彼女が愛しくて堪らない。


留学で数年間は離れてしまうから、その前に想いを伝えようと思った。もし振られたとしても留学で離れるから丁度良いと。




「500年前は精霊達しかいなかったのに、まさかあそこまで信者を増やすなんてな」


思わず笑いながら呟くが、全く笑い事ではない。自分よりも歳が近いし、皆自分よりも純粋に彼女を慕っている者達ばかりだ。だからこそ想いを抑えて、彼女の幸せを願っていた。……願っていたんだが。


あの舞踏会で、真っ直ぐ俺を見るシトラが、自分を追いかけるように死んだ俺を怒るシトラが。抑えていた気持ちを呆気なく解放してしまった。もう一度俺だけに笑ってほしいなんて、そんな事を考えてしまった。


「……公務が落ち着いたら、一度国に戻ろう」


左手で、彼女を守る為に神から得た紋章に触れながら、俺は目を瞑って眠りについた。

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