30 行こうぜ!ゲドナ国!
自分が高望みし過ぎて婚約者が出来ない腹いせをされたが、そのお陰で兄妹愛は深まった気がする。そこから約一週間ほど、私はブラコンを拗らせ兄にずっと引っ付いていた。遊びに来た友人達が思わず引くほどだったし、引っ付かれっぱなしの兄を思って皆自分の胸を貸すと言ってくれたが、流石に成人した淑女が無闇やたらに子息令嬢にくっ付く訳にはいかないので、丁重にお断りをした。
そんなこんなで、すっかり失恋が癒えた私は大好きな温室でお茶をする。大好きなローズティーに、大好きなお菓子に囲まれて私は幸せの絶頂だ。
……シトラ・ハリソンとして生きた中での初恋が実らなかったのは残念だが。王子と精霊の禁断の愛、最高ではないか。世継ぎが必ず必要になる王子という立場で、精霊は子供を宿す事が出来ない。その為に世間から批判を受ける可能性がある。それでもあの二人は乗り越えようとしているのだ。せめて私だけでも二人の幸せを願おう。なんなら結婚式の友人代表としてスピーチをしようじゃないか。
そんな事を考えていると、突然テーブルが揺れて目の前に魔法陣が浮かび上がる。一緒にお茶をしていたガヴェインは驚いて私の前に立った。魔法陣の眩しい光と共に、美しい黒髪が見える。
「シトラ様〜〜〜!!!」
「アメリアさん!?」
現れたのは丁度考えていたアメリアだった。金色の瞳に涙を浮かべて、美しい顔を歪ませている。アメリアが公爵家に来るのも、私に会いにくるのも初めての事なので驚いた。……ま、まさか今カノが元カノに喧嘩を売りに来た!?待ってくれ、私はもうイザークは綺麗さっぱり、若干未練あるけど諦めたのだよ!
「アメリアさん!私は二人の仲を邪魔しようとか何も」
「イザーク様が、ゲドナ行っちゃったんですよ〜〜〜!!!」
「えっ?」
泣きながら叫ぶ言葉に驚いた。……そう言えば、イザークは建国祭が終わればゲドナに留学すると言っていたな。………うん?そう言えば、ゲドナの第二王女がなんとか言ってなかったか?第二王女ってマチルダの事だよね?アメリアは泣きじゃくりながら、私の飲んでいたローズティーを一気飲みした。
「引き止めたのにぃ!イザーク様ゲドナ国に留学しちゃって!このままだとゲドナの第二王女と婚約しちゃう〜〜〜!!」
「……………は?」
アメリアという巨乳美女の恋人が居ながら、マチルダと婚約?つまり本妻はマチルダで愛人がアメリア?えっ、国を跨いで二股?
「………二股……?」
「そうです!シトラ様が居ながら二股しちゃうんですよお〜〜!私もこのままだと大司教になっちゃいますよう〜〜!!」
私は自分に流れる血液が、ここまで沸騰したのは初めてかもしれない。怒りのあまり溢れる魔力に温室の空気が冷たくなり、ガヴェインが怯えた表情を見せる。アメリアは泣きながら、若干意味が理解出来ない声を出して私にしがみ付いている。
……恋人が居ながら、他国の姫とも関係を持つだと?アメリアが引き止めても払い退けゲドナへ行っただと?全世界の女の敵に成り下がっただと?
私は、怯えるガヴェインとしがみ付くアメリアの肩を掴み、そのまま移動魔法を唱える。驚く二人を連れて移動したのは、美しい花が咲き誇るカーター家の中庭だった。中庭で私と同じくお茶をしていた目当ての人物は、私達の登場に紅茶の入ったカップを落とす。
「お姉様!?」
ハリエド国の淑女の鏡、私の礼儀作法の師匠でもあるリリアーナ。彼女は驚愕した様な表情を向けているが、私はガヴェイン達を掴んだままリリアーナの側に向かい、込み上げる怒りを爆発させる。
「ゲドナ国に!!あの二股野郎の玉蹴り上げに行くぞリリアーナ!!!」
「お姉様どうなさったの!?」
リリアーナは私の叫んだ卑猥な言葉に、顔を真っ赤にして同じく叫んだ。
◆◆◆
私はリリアーナに事の発端を説明した。最初こそ淑女らしい振る舞いをしていた彼女も、段々とカップを持つ手を震わせながら青筋を立てている。
「アメリアさんが居ながら、他国の姫とお見合い……?引き止めたのに、頬を叩き床に倒れされて、そのままゲドナへ……?」
「なんか余計な言葉も入ってるけどそうなの!!ひどくない!?」
「うわーん!イザーク様戻ってきてー!!」
私達の身振り手振りの説明に、リリアーナが持つカップの取手が割れる音がした。ただの人間である彼女の後ろから禍々しいオーラが見える。表情は笑顔なのに、あまりの気迫に私とアメリアは震え上がった。なんならガヴェインは私達から距離を取った。
「お話は分かりましたわ。私もゲドナ国へご一緒します。我がカーター家が保有する船で参りましょう、お姉様もその為に私にお声がけされたのでしょう?」
流石リリアーナは話が早い。聖女である私は、今の条約ではハリエド国のみ魔法の使用を許可されている。なのでやろうと思えばゲドナ国まで皆を抱えて移動魔法で行けるが、バレれば条約違反で罰を受けてしまうのだ。その為にもゲドナ国へ繋がる港の領地を持つ、カーター家の助けが必要だった。
「それもあるけどリリアーナ前に、私と旅行したいって言ってたじゃん」
「っ!?お、覚えていらっしゃったのお姉様!?」
「え?大好きなリリアーナの事は全部覚えてるよ?」
何を言っているのだと首を傾げると、リリアーナは急に立ち上がり私に抱きつく。淑女らしくない彼女の行動に驚きつつ、顔を見ると真っ赤な林檎の様に赤くなっていた。
「大好きですお姉様!!!」
「今更言わなくても分かってるし、私も大好きだよ〜」
「心臓が!!心臓が痛いですわお姉様!!!」
「えっ!?病気なの!?」
思わず体を離すと、リリアーナは上せた様に頭から湯気を出している。私は肩を揺らしながらリリアーナの安否を確認しているが、後ろで見ていたアメリアとガヴェインは「あー……」と悲惨そうな表情を向けている。お前ら手を貸せい!!そのまま眺めていたアメリアが、思い出した様に声を出した。
「ゲドナ国へ行くのはこの四人ですか?条約で魔法が使えない公爵令嬢のシトラ様と、侯爵令嬢のリリアーナ様が他国へ向かうには、些か護衛が少ない気が……」
「確かにこの四人だと流石にお父様も、カーター侯も許してくれないだろうしなぁ。かと言ってお兄様やケイレブ様は次期公爵として仕事があるし……暇な人いないかなー」
「……暇じゃないかもしれませんが、絶対行くって言う心強い人達なら知ってます」
「え?」
アメリアの含みのある言葉に、私はリリアーナを揺らしながら顔だけ向ける。すっかり元の状態に戻ったアメリアは、美しい金色の目をウィンクさせた。
「この際、イザーク様の恋を邪魔しちゃいますもんね!」
「はぁ?」
意味不明な言葉に、私は怪訝な表情を向けた。