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25 ダニエルという男


旧ハリエド国は、魔法を使え異形の精霊を恐れ迫害した。それはやがて戦争となり、城下町の中央で毎日死んだ精霊が焼かれていった。


公爵家の次男だった俺は、仲間を募ってこんな無謀な戦争を止めようと必死になったが、当時の国王と宰相が頑なだった。神から愛された精霊を、何もしていない精霊を救う手立てがなく、俺は自分の力の無さに苛立った。俺が苛立っている間に、どんどん数を減らしていく精霊を、俺はどうする事もできなかった。



そんな時、圧倒的な力で戦況を変えた女性がいた。生き残った兵士は皆「化け物」と恐れ、人間なのに精霊の味方をする彼女はどんどん戦況を変えていった。それでようやく、戦争の無意味さを理解した国民や貴族は、内乱を起こし当時の王族と宰相を亡き者にした。


生き残った俺達は精霊へ降伏した。生き残っても精霊に降伏するのを恥と思った者は、謀反を企てる前に処刑された。それ位しないと、精霊側は俺達を許さなかった。


「……シルトラリア、です」


戦況を変えた女性は、精霊が召喚した聖女だった。自分と同じ年頃の、女性と言うより少女だった彼女は、挨拶をした俺に恐る恐る手を差し出す。兵士達が化け物と恐れていたあの存在とは、とても思えなかった。……後ろで今にも俺を殺して来そうな銀髪と赤髪の精霊の方が、よっぽど化け物な気がした。


最初こそ精霊以外に打ち解けなかったシルトラリアも、話しかけて行くとどんどん笑顔が増えていった。元々お転婆な性格だったのだろう、国王の公務をそっちのけで他国へ挨拶回りに行ったり、城下町の人間と精霊と楽しそうに遊ぶ彼女へ、俺は小言を言うのが日課となった。……やがてそれは、目が離せない少女から、恋しい少女になっていった。


「カ、カカカ、カーター、宰相」


ある日、宰相室へ現れたシルトラリアは、顔を真っ赤にして目線も定まらないで吃っていた。暫くそのまま俺の名前を何度も言っていたが、ようやく続きを言う気になったのか、可愛い真っ赤な顔で俺を見る。


「好きでしゅ!!!結婚してくだしゃい!!!」


……思いっきり噛んだし、恋人同士から始まると思ったら婚姻してくれと言っているし。恥ずかしそうにしゃがみ混む彼女に、俺はこのまま手を出してしまいたいのを抑えて柔らかい頭を撫でる。


「俺も、君の事をそう想っているよ」

「えっ!?マジで!?」

「まじ?……何を言っているか分からないが、まずは恋人になるのはどうだ?」

「なる!なるなるなるなる!!ヤッターーー!!!」


今まで恥ずかしがっていたのが嘘の様に、彼女は俺の目の前で飛び跳ねて喜んでいる。それに俺は笑ってしまった。


そうして俺と彼女は恋人同士となり、まだ成人もしていないのに手を出そうとする彼女に、心臓を悪くしながら月日が経った。



城の地下に花畑を作った彼女は、嬉しそうに俺に見せびらかす。俺は右手に母の形見である指輪を握りしめて、ようやく成人した彼女へ震える唇を噛み締めて、薬指に指輪を嵌める。手直しが必要だと思ったが、形見の指輪は、まるで元から彼女の物だったかのように嵌める事が出来た。


「俺は君の全てを愛している。シルトラリア」

「……ダニエル」

「シルトラリア、俺と共に生きてほしい」


俺の言葉に、シルトラリアは涙を流して喜んでくれた。俺はそんな彼女がたまらなく愛おしくて、我慢できず思わず抱きしめた所で、恥ずかしがった彼女は地下から逃げた。普段は俺に所構わず抱きついてくる癖に、相手からされると恥ずかしがる彼女が愛おしくて、俺は続きをするべく追いかけた。……途中、ウィリアムに指輪を見せびらかすシルトラリアのお陰で、俺を恐ろしい形相で見つけようとする彼から逃げたので、彼女と少し離れてしまった。



そう、俺は彼女から……離れてしまったんだ。



ようやく見つけた彼女に話しかけようとした時、彼女の前にアイザックがいた。今まで見た事もないほどに憎しみに溢れたその表情に驚いていると、彼女はその場に倒れた。


「……シルトラリア?」


アイザックは離れていく。俺は倒れた彼女の元へ駆けつけた。……胸からどんどん溢れていく血に、彼女の光のない目に、俺は悪い夢だと思いたかった。


「ああ、あああ、ああ、そんな、死ぬな、死ぬな!!!」


どれだけ叫んでも、彼女は何も言わなかった。俺の腕の中で、どんどん体温をなくしていく彼女に、なんの力もない俺はどうする事もできなかった。


俺は君がいない人生なんて、生きていけない。

俺は君に触れたい、君と笑って歳を取りたい。

……恥ずかしくて、君ばかりに言わせていた愛の言葉を、俺は……俺は……。


俺は彼女を床に優しく寝かせて、落ちていた剣を拾う。

……いつか、彼女に教えてもらった、恥ずかしいと思っていた魔術があった。



「……俺は、ずっと君とそばにいたい」


君が好きだ。


「俺は、君を絶対に見つける」


君が大好きだ。


「……シルトラリア、君を愛している」


俺は彼女に笑顔を向けて、自分の首に剣を刺した。

一瞬、金色の光と、金色の髪が見えた気がした。














目の前に、愛おしくて堪らない彼女がいる。彼女の目は、500年前と変わらず俺をまっすぐ見ていた。


「……ダニエル、でしょ?」

「………」


彼女は俺に微笑みながら、固まった俺の手を強く握る。彼女に全てを知られた。どう声をかけていいのか分からず、ただまっすぐ彼女を見つめた。……このまま、永遠に黙って生きていこうと。幸せになっていく彼女を、遠くで見れればいいと思っていた。……こんな事になると思わなかった。彼女は微笑みながら首を傾げる。


「無言って事は、肯定でいいよね?」

「………」

「ダニエル、私ね。……貴方に言いたい事があるの」


彼女は手を離して、そのまま俺の頬を撫でる。……駄目だ、これ以上彼女に、こんなまっすぐな目で見つめられるのは駄目だ。彼女を我慢しようとしていた、理性が崩れていく。今すぐに愛おしい彼女を抱きしめたい。500年前にできなかった、愛を囁きたい。彼女が俺の頬を撫でる度に、劣情を含んだため息が溢れる。……彼女は、小さな口で俺に語りかける。


「……ダニエル」

「っ、シルトラリア、俺はっ!!!」



そのまま俺は、シルトラリアに愛を囁く為に声を荒げた。





が、それはできなかった。……何故なら、その前に俺の右頬に、彼女による強烈な平手打ちを受けたからだ。あまりの衝撃に体がぐらつき彼女から離れる。周りも突然の平手打ちの音に、驚愕の表情を向けている。



……そんな、俺に平手打ちをした彼女は、先ほどの優しい微笑みから変わり、青筋を浮かべながら俺を鋭い目で見た。そして、何度か深呼吸を繰り返し……大きく息を吸った。





「簡単に!!自殺するなッッッ!!!バカヤローーー!!!!」




……会場中に、その怒声は響いた。


こうでなくちゃね!!

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