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23 今は王子と、今は王弟



晩餐会が行われる会場から抜け出した俺は、そのまま薄暗い廊下を進む。進めば進むほど空気が冷たく鋭くなって行くのを感じながら、ようやく辿り着いた場所は聖女の墓がある庭園だった。硝子で出来た花たちが発光し、美しく庭園を彩っている。


その庭園の、中央にある椅子まで向かう。随分と古くなっている白い椅子は、長年放置されたままで朽ちかけている。……もうそんな月日が経つのかと、俺は目を細めた。



「イザーク」


椅子に触れようとした時、後ろから知っている声が俺の名前を呼んだ。そちらへ振り向くと、藍色の正装を身に纏ったアイザックが俺を鋭い目で見ていた。美しい花に囲まれたまるで彫刻のような男は、金色の瞳を真っ直ぐ俺に向ける。俺は普段通りの表情を向けて彼に声を掛けた。


「王弟殿下、どうされましたか?」

「何故加護を持っている事を隠していた?」


棘がある声で告げてくるものだから、俺はそんな彼に笑う。その所為で神々しいほどに美しい顔が、更に鋭く歪んでしまった。……俺は椅子に触れるのを辞めて、アイザックの方を体ごと向けた。


「正しくは「使者の加護」ですけどね。だって私が持ってるって分かったら、元使者の炎の精霊とか、すごいおっかないじゃないですか〜!」

「……では何故、お前は俺の部屋にウィリアムが保管していた剣を置いた?」


調子良く笑っていた俺も、その言葉には思わず固まってしまう。俺の表情に確信したのか、アイザックは俺の側へ歩き出す。


「お前に使者の加護を与えた予言の神は、何を予言していた?……俺が、再びシトラを手に掛ける事でも言われたか?」

「………」

「お前は俺が予言通りに行動すると分かって、ウィリアムが保管していた、500年前に俺が使った剣を盗み俺の部屋に置いた。……どうせその剣に、治癒魔法を掛けたんだろう」


目の前に来たウィリアムは、そのまま俺の胸ぐらを掴む。前に弟にされた時よりも遥かに強い力で、それほど彼の怒りが強い事が分かった。アイザックはそのまま、歪んだ表情で吐き出すように俺に言葉を出す。


「何故お前がそこまでして、シトラを守る?何故お前は13年前に、急に建国の聖女の研究を始めた?」


……そこまで理解しているなら、もう全て分かっているだろうに。俺は今も、かつても友人だった精霊を見る。聖女を今でも狂おしいほどに愛している精霊は、胸ぐらを掴む手を更に強くした。


「何故お前は!ああなると分かっていながら、その前に俺を殺さなかったんだ!?……()()()()!!!」


……ああなるとは、彼女を手に掛ける前という事だろうか?

俺はため息を吐きながら、胸ぐらを掴むアイザックの手を掴み、強く握りしめる。


「……最初は殺そうとしたさ、お前は自分の気持ちを押し付けて、彼女を殺したんだ。カーター家に罪を擦り付けて、お前は500年も罪から逃げていたんだ」

「ならどうして」

「どうして?……お前は!!5()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」


俺の怒声に驚いて手が緩んだアイザックの手を払い、今度は俺が彼の胸ぐらを掴む。俺と彼しかいない庭園は、500年の月日をかけて彼が施した花の魔法は、こんな状況でも美しく花を咲かせていた。


「俺はシルトラリアが居ない世界から逃げた。彼女が居ない世界を恐れて、絶望しかないこの先から逃げたんだ。……だがお前は、あんなにも彼女を愛していたお前は、彼女の残した理想郷を守っていた。俺がすべきはずだった事を、お前はずっとしていたんだ」


美しい金色の目が滲んで見える。それで自分が泣いている事を理解した。


「そんな奴、そんな友を……簡単に殺せる訳ないだろ」

「……ダニエル」

「こんな弱い心の俺より、よっぽど彼女に相応しいって思うだろ?……だから、俺はお前に罪を償わせる機会を作ったんだ。もしそこでまた罪を認めないなら、その時はお前を殺すつもりだった」


ゆっくりと手を離し、俺は後ろに下がる。かつて彼女に見せてもらった花畑を、自分にはもう似合わない美しい花が、目の前の彼にはとても似合う。嫉妬に近い想いに頭を掻き、俺はどうしようもない表情を彼に向ける。


「……俺は、彼女が幸せであればいい。……そこに俺がいなくても、彼女が笑ってくれればいい」



深呼吸を何度かして、ようやく落ち着いた俺は、普段通りの表情で彼へ笑う。



「……私は、ダニエルじゃないです。ハリエド国第一王子、イザーク・フィニアスですよ。」







◆◆◆







ケイレブを慰めに行った所で、途中で記憶が全くない。気づいたらカーター家の馬車で休んでいて、目の前に一皮、いやもう五皮位剥けたケイレブが微笑んでいるものだから、それには変な声を出してしまった。……凹んだり元気になったり、ケイレブはちょっと情緒不安定なのだろうか?今度リアムに、心を落ち着けるハーブティーがペンシュラ領に売っていないか聞いてみよう。


そのままケイレブと晩餐会へ戻っていると、険しい表情をしたアイザックが奥の廊下に見えた。こちらには気づいていないのか、そのまま墓のある方向へ進んでいる。……あんな彼の表情は初めてで、どうにも気になった。流石にケイレブを連れて行く事は出来ないので、私は用事を終わらせてから会場へ戻ると告げて彼から離れた。


そのまま足音を立てない様にアイザックの進んだ方向へ行くと、何やら言い争う声が聞こえた。耳をすませば、それは追いかけていたアイザックとイザークの様だ。私はそのまま物陰に隠れて様子を伺う。もし危なそうなら魔法で止めよう、そう思っていた。……険しい表情を向けて、アイザックはイザークに語りかけた。


「何故加護を持っている事を隠していた?」

「正しくは「使者の加護」ですけどね。だって私が持ってるって分かったら、元使者の炎の精霊とか、すごいおっかないじゃないですか〜!」


イザークが使者の加護を持っている?あまりの衝撃に私は固まってしまった。という事は、イザークもガヴェインと同じ、予言の神に使わされた使者という事なのか?……けれど、その疑問は次の言葉によって考えれなくなった。


「……では何故、お前は俺の部屋にウィリアムが保管していた剣を置いた?」


何を言っているんだアイザックは?剣とは、あの私を刺した剣の事か?


「お前に使者の加護を与えた予言の神は、何を予言していた?……俺が、再びシトラを手に掛ける事でも言われたか?」

「………」

「お前は俺が予言通りに行動すると分かって、ウィリアムが保管していた、500年前に俺が使った剣を盗み俺の部屋に置いた。……どうせその剣に、治癒魔法を掛けたんだろう」



アイザックが放つ言葉に、私は呼吸をするのを忘れてしまう。




「何故お前は!ああなると分かっていながら、その前に俺を殺さなかったんだ!?ダニエル!!!」




……イザークが、ダニエル?そんな訳ない。だって、イザークは全然、顔も性格も、何もかも違う。……それに、もし本当にそうなら何故、私に自分がダニエルだと言わなかったんだ。



けれど、ダニエルと呼ばれた彼は、言葉遣いが変わった。



「……最初は殺そうとしたさ、お前は自分の気持ちを押し付けて、彼女を殺したんだ。カーター家に罪を擦り付けて、お前は500年も罪から逃げていたんだ」


話し方が、声の出し方が、全く違う声から発せられているのに。それはかつての恋人だった。


「俺はシルトラリアが居ない世界から逃げた。彼女が居ない世界を恐れて、絶望しかないこの先から逃げたんだ。……だがお前は、あんなにも彼女を愛していたお前は、彼女の残した理想郷を守っていた。俺がすべきはずだった事を、お前はずっとしていたんだ」


震える体を自分で抱きしめても、抑える事が出来ない。泣きそうになるのを唇を噛んで抑え込む。



「……俺は、彼女が幸せであればいい。……そこに俺がいなくても、彼女が笑ってくれればいい」




どうして、どうして今まで気づかなかったんだろう?

彼が書いた聖女の論文が、何故あそこまで記憶と同じなのか、疑問に思わなかったのだろう?



瞬きをすれば、身に覚えのない記憶が脳裏にちらつく。あの庭園で、幼い頃の私は誰かに会っていた。……その人は、赤い目を真っ直ぐ私に向けていた。



私は物陰で自分の頭を触り、彼らに聞こえない様に小さく呟いた。




「……思い出さなきゃ、全部を」




私には、まだ思い出さなければならない記憶がある。




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