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22 言いくるめたかった


ルーベンとのダンスが無事に終わり、彼はそのまま手を離さずマチルダ達のいる場所へ戻る。離して。マチルダは嬉しそうにその光景を見て笑顔を向けた。


「ルーベン兄様とのダンス!とても息がぴったりで、まるで恋人の様でしたわ!」


あまりにも目を輝かせて言ってくるものだから、私は苦笑いをして頬を掻く。

……ふとリリアーナを見ると、暗い表情で下を向いているのに気づいた。ケイレブもいないし、どうしたのだろうか?私は彼女へ事情を聞こうとしたが、その前に私の手が引っ張られ、薬指にルーベンの唇を当てられる。


「シトラ。よかったら僕と次も踊らないか?」

「シッ!?」


おいおい待て、確かに私は名前を呼ぶ事を許可した!したがここまで砕けて話しかけてくるとは思わないだろう!?あー!無理無理やめて!ダニエルの顔と声は反則じゃん!?ここが晩餐会の場じゃなかったら、そこらへんの壁に頭を打ち付けて煩悩を薙ぎ払うのに!


「きょきょ今日は、ケイレブ様にエスコートを、頼んでおおおりまして」

「そうか、それは残念だ。では明日はまた僕と踊ってくれるか?」

「はひっ!」

「有難う。では明日はもっと長い曲の時に踊ろう」


ルーベンはそのまま繋がれた手をゆっくりと離し、美しい微笑みを向けてマチルダと去って行った。えっ、明日またあの顔と声の男と踊るの?正気でいられる自信がないのだが?私はようやく自由になったので、次に暗い表情をしているリリアーナの方へ向く。こちらの目線に気づいていないのか、彼女はまだ下を向いているので、私は少し屈んで下を向いている彼女の顔を覗き込んだ。


「リリアーナ?」

「っ!?……お、お姉様!?」


驚いて後ろへ下がるリリーアナを見て、普段の彼女らしくない振る舞いに心配になる。


彼女にどうしたのか尋ねようとしたその時、私の肩に手が置かれたので、後ろを見るとそこにはカーター侯と夫人がいた。肩に手を置いているのは夫人の方で、少し悲しそうな笑みを浮かべている。


「シトラ様。申し訳ございませんが、外にいるケイレブにお声を掛けて頂けませんか?」

「ケイレブ様に、ですか?」


夫人も、そしてカーター侯も私の言葉に頷いた。


「あの子、見た目に反して繊細な子ですから。……今、少々自信を無くしていまして」

「不甲斐ない息子が迷惑をかけるが、君が声を掛けてくれるのが一番効果があるんだよ」

「………私が?」


自信を無くしている時に、私みたいなしょーもない令嬢が声を掛ければ、下には下がいると思い元気を取り戻すという事か?つまりはパシリ?……そんな事を考えても自分の心が荒むだけなので、私は二人のお願いに頷くと、そのままケイレブを探す為に会場の外へ出た。


建国祭の時には万が一の為に必ず護衛を連れていく事になっているが、教会内なら護衛がなくても問題ないだろう。それにケイレブが自信を無くしていると聞いたし、私一人で声を掛けた方がいい。何故自信を無くしたのか分からないが、大切な友人がしょぼくれているのだ、友を見捨てる訳にはいかない。



そのまま教会内を探していると、外廊下に置かれた長椅子に、亜麻色の髪の青年が座っているのが見えた。私はその青年の場所へ向かうと、足音が聞こえたのか青年は後ろを振り向く。……やはり青年はケイレブで、私がいる事に、月明かりでも分かるほどに大きく目を開いて驚いている。


「シトラ!?」

「……お一人で寂しいかと思いまして」


そのまま私はケイレブの隣に座る。最初こそ驚いていたが、彼は暫くすると苦笑いをしながら下を向く。……見たこともない位にへこんでいる。リリアーナといい、あの短い間に一体何があったのだろうか?私は黙ってしまったケイレブの顔を伺う。


「私が力になれる事はありますか?」

「……いや、悪い。……これは俺が勝手になっているだけと言うか……シトラが気にかける事じゃない」


そう下を向いたまま、少し見えた目は暗いものだった。……それが朝のウィリアムの目と同じ様で、私は思わずため息を溢してしまう。私はケイレブの両肩を掴むと、そのまま力いっぱい引っ張る。


「ちょっ!?」

「はいはい、大人しくしてください〜」


急な力に驚いたのか、それとも女性に強く手を出せない優しい性格故なのか、ケイレブはされるままに私の腿に頭を預ける。つまりは膝枕だ。膝枕はいい、ガヴェインによくしてもらうが、頭を撫でられれば嫌な事も全て忘れてしまう。何をされているのか分かっていないのか、呆然とこちらを見ていたケイレブだったが、やがて気づき始めて首まで真っ赤にしていく。その顔のまま言葉になっていない声を出す彼に、私は笑いながら彼の頭をそっと撫でる。


「気に掛ける必要がない?そりゃないでしょケイレブ様」

「…………」

「大切なケイレブ様がこんな姿で、何もさせてくれないなんて酷いですよ」


確かにケイレブとの出会いは、最初は妹のリリアーナと友達になる為のものだった。でも今では二人とも大切な私の友人で、大切な存在だ。きっと何か嫌な事でもあって凹んでしまっているのだろう。私は少しでも慰めになればと思い頭を撫で続ける。


亜麻色の髪は少しパサついていて、リリアーナが前に、兄が手入れを面倒くさがってやらないとボヤいていたのを思い出した。せっかく綺麗な髪色なのに勿体無い。そんな事を考えながら撫でていたので、私の頬にケイレブの手が近づいている事に気づかなかった。……急に触れる暖かい手に思わず彼を見ると、灰色の瞳がどこか熱っぽさを浮かべていた。


「……少し、嫉妬してたんだ」



ケイレブは呟く様に伝えながら、彼の触れる手が私の唇に当たる。



「俺と踊ってる時よりも、ゲドナ国の王太子と踊っている時の方が……お前が楽しそうで」



唇に触れる手に、私の口紅がつく。

……私はその言葉に、目を大きく開いた。





◆◆◆





俺と踊っていた時よりも、息の合った踊りをしている。何よりも彼女の表情がとても幸せそうに笑うので、俺は見るに堪えかねて会場から逃げる様に外へ出た。


小柄な彼女と踊る際、いつも彼女は躍りづらそうにしていたものだから、俺は苦手だったダンスを習い直した。建国祭三日目の舞踏会で、少しでも彼女と楽しく躍りたい、少しでも長く躍りたい為に練習をした。……まさかそれを見ていた父が、彼女に直談判して晩餐会のエスコートを頼むとは思っていなかったが。


彼女が魔法を唱えて、目の前に美しい花びらが散る中でのダンスは夢の様だった。思わず彼女を抱いて踊ってしまったのはやり過ぎたが、其れ位気持ちが昂った。……けれど、次にあの王太子が彼女と踊ったその光景に、俺は自分が知らない感情に蝕まれた。かつての彼女の想い人に瓜二つのあの王太子が羨ましい、彼女にあんな表情で、あんな美しいダンスを踊れてしまうあの男が憎いと。……それ以上を考えてしまう前に、俺は情けなく逃げたのだ。



けれど、後を追いかけて来た彼女はまた、前のリリアーナの時の様に俺がほしい言葉をくれた。あまりの愛おしい行動に、言葉に俺は勝手に彼女に触れていた。


「……少し、嫉妬してたんだ」


こんな事を言うつもりはなかったのに、勝手に声が出てしまう。


「俺と踊ってる時よりも、ゲドナ国の王太子と踊っている時の方が……お前が楽しそうで」


驚いた表情で俺を見る彼女は……やがて恥ずかしそうに顔を歪ませて、頬を赤く染める。暫くそのまま無言だったが、意を決したのか赤い頬のまま叫ぶ。


「当たり前じゃないですか!ケイレブ様とのダンス!めちゃくちゃドキドキしてたんですからね!?」

「……え?」

「え?じゃないですよ!!抱いてくるわ!み、耳元で囁いてくるわ……もー!!思い出しただけでも胸が痛い!恋愛脳が出てきちゃう!!」


上から両手で軽く胸を叩いてくるので、俺は慌てて彼女の腿から起き上がり両手を掴む。その際に近くで見た彼女の顔は、恥ずかしさで耳まで赤く、そして熱によって潤んだ目をしていて……思わず凝視してしまった。それに更に恥ずかしくなったのか、暴れながら「もー!!」と叫んでいる。……俺は、どうしても答えが欲しくて、そんな彼女に問いかける。



「……俺とのダンスで、胸が高鳴ったのか?」


その質問に彼女は暴れるのを辞めて、今まで見た事が無いほどに熱に上せた表情を見せた。


「さっきから、そう言ってるじゃないですか……そうですよ!ケイレブ様とのダンスで胸が高鳴り過ぎて思考を停止うぎゃ!?」



彼女が全てを話し終える前に、俺は彼女を抱きしめた。その際に当たる彼女の胸から、煩いほどに心臓の音が聞こえる。思わずにやけそうになる顔を隠すように更に腕の力を強くした。……自分の心臓の音も彼女に聴こえてしまうが、それよりもこの愛おしい女性に触れたい。俺はそのまま、彼女の耳元にため息を放つ。抱いている彼女の体が大きく震えて、それが更に自分の欲を強くさせた。


「……俺の心臓の音、聞こえるか?」

「き、聞こえ、ませ、ん」

「絶対聞こえてるだろ」

「………き、きこえてない、もん」

「……なぁ、可愛過ぎないか?」



……もうこのまま、愛を囁いてしまおうか?今なら甘い言葉を何度も耳元で囁けば、上手い事言いくるめて自分のものに出来るだろう。いささか純粋な彼女に酷い事かもしれないが、そんな事をしてでも彼女が欲しい。こんな可愛い彼女を独り占めしたい。あわよくば欲を思いっきりぶつけたい。


「……シトラ、俺は…………うん?」


そう意気込み耳元で囁いた途中、抱いている彼女がぐったりとしている事に気づく。恐る恐る体を緩めると、あまりの恥ずかしさで上せている彼女がいた。……俺はそんな彼女を見て、顔が引き攣ってしまう。あともう少しで自分のものに出来たかもしれないのに、まさかやり過ぎて上せてしまうとは。


「………また、やれば良いか」


すっかり凹んでいたのも戻り、俺はそのままシトラを横抱きして運ぶ。絶対にこの状態を見れば、ジェフリーは公爵家の立ち入りを禁じてくるので、カーター家の馬車に乗せてそのまま休ませよう。言い訳はどうとでも出来るし、何を言われても証拠もないのだから、あの兄も強くは言えないはずだ。……とそこまで頭の中で考えて、それに笑ってしまった。


「はぁ、俺も父上に似てきたなぁ」


顔は似ていると思っていたが、最近考えも似てきた気がする。



俺はそのまま、俺の所為で上せた可愛い女性を休ませる為に、馬車へ向かった。

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