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18 かつての騎士は、愛を知る


かつて、私の騎士だった精霊。

私を守り、そして守る事が出来ずに眠りについた精霊。

けれど500年後に眠りから覚め、私の為に宰相を見つけようとしていた精霊。どこまでも私の事だけで動く、そんな精霊。


私は大きく息を吸い、目の前のウィリアムを真っ直ぐ見つめた。彼は先ほどの私のように、光を失った目で、泣きながら私を見る。………嗚呼、私も彼も、なんて顔をしているんだ。そのまま私は……早口で語りかける。





「ウィリアム、顔面歪んだらごめん」

「え」





私の言葉に少し目を開き、声を出すウィリアムは次の瞬間、衝撃で後ろに倒れる。もたれ掛かっていた銅像に衝撃で頭をぶつけたのか、鈍い音が聞こえた。空中に飛ぶ血は、彼のものか私のものか分からない。……この場所でウィリアムに暴力を振るうのは、二度目だと思いながら。私も自分の頭に響く衝撃に顔を歪め、我慢が出来ずに叫ぶ。



「痛ってーーーーーー!!!!!」



……一度目はグーパン。二度目の今回は、頭が変形しそうな程の頭突きをした。思いの外石頭だったウィリアムへ頭突きをしたので、激痛と頭に鐘が鳴り響く衝撃が襲う。あまりの衝撃で強く抱かれた腕が離れ、私はそのまま床に倒れ頭を抱える。……痛い、やりすぎた。痛すぎて視界が歪む。こんな事になるならグーパンの方が良かった。でも今回は両成敗の為に頭突きをしたのだ。……いややっぱグーパンにしておけばよかった痛い。


あまりの痛さに立ち上がれず、私は四つん這いになりながら倒れているウィリアムの元へ向かう。多分、先ほどの空中に浮かんでいた血は私のものだったのだろう。私の進んだ床の上に、血がポタポタと落ちていく。やっぱグーパンにしておけばよかった痛ぁ〜い。


「……今回は、確かに私も……あの男達に対する怒りで……頭が真っ白になったよ……でもそれは、私は反省しなきゃいけない」


彼の元へ進みながら、私は絞り出すように声をかける。彼に反応はなく、ただ肩で呼吸はしているので意識はあるはずだ。だから私は語るのを続けた。


「あの精霊は、やろうと思えば魔法で、あいつらを倒せたのにしなかった。……この国を……精霊と人間の国を、守る為に……藁の精霊は、耐えたんだと思うから」


ようやく倒れるウィリアムの元へ着くと、私はそのまま彼に覆いかぶさって顔を見る。私の様に血は出ていないが、それでも痛みで顔を歪め、唇を噛んでいた。それはとても、最古の精霊とは思えないほど、幼い顔だった。


私はそのまま彼の頬に手を添える。まだ瞳から出ている涙を手で拭い、私はため息を吐く。


「もう一度……人間を信じてほしい。もう、こうならない為に、皆で考えよう?……私も、もうウィリアムを泣かせない為に頑張るから……だから、私の騎士って言うんならさ…………この国で、人間()を信じてよ」

「………っ」


ウィリアムの目が私を真っ直ぐ見つめた時、私は血の出し過ぎなのか、体に力が入らずに彼の上に倒れ込む。なんて事だ、これでは騎士団長の白い服が血の色になってしまう。騎士団長が白い服の理由は、もう二度と服を染め上げるような戦争をしないという、証なのに。しかし、彼から香る百合の花の匂いが、とても心地よくて抜け出せない。私は匂いフェチだったのだろうか?それとも、この精霊の匂いだからこんなにも体の力が抜けるのだろうか?


ふと、そんな事を考えている私の頭に、温かい手が添えられる。



「……本当に、貴女は俺を説得する天才だよ」



先程と変わって、穏やかな声が頭上から聞こえる。どうやら治癒魔法をかけてくれている様で、今まで痛みで歪んでいた視界も、体も軽くなっていく。治癒魔法をかける反対の手で、彼は私を下から抱きしめる。私はその温かい感触と、百合の匂いに笑い、彼の胸に顔を擦り寄せた。



「そりゃあそうだよ。私はウィリアムの事なら、何でも分かるし何でも知ってるもん」



その言葉に、彼は抱きしめる力を強くした。









◆◆◆









「大変なご迷惑をお掛け致しまして!!誠に申し訳ございませんでしたッッッ!!!」



あの後、移動魔法で教会にいたアイザックと王子ども、そしてディランと獣人の元へ戻ったシトラは、俺の頭を床に叩きつけながら、自分も土下座をして謝罪した。その光景に、全員顔を引き攣りながら引いているが、暫くすると第一王子が最初に声を出した。


「……えっと、シトラ様達が謝罪する必要はありませんよ。そもそも、ハリエドの人間が起こした不祥事ですから……むしろこちらが謝罪する必要がありますから」

「兄上の言う通りです。……シトラが「建国の聖女」である事が公表され、永くハリエドから離れた精霊達が、少しずつ戻ってきた矢先にこの不祥事です。……謝って許される事ではありませんが。それでも、この国の王族として謝罪をさせて下さい」


王子二人が、薄暗い表情をしながらこちらへ頭を下げる。シトラはまさか、王子から謝罪を受けるとは思わなかったのか、顔を真っ青にさせて慌て始める。俺は「全くだ」と言ってやりたかったが、それを言うと彼女が自分を確実に嫌うと分かっているので、無言でその謝罪を見つめる。……すると横から、ディランがソファにもたれ掛かり、大きくため息を吐いた。


「謝罪謝罪で、キリがない。お互い悪いと思っているなら水に流そう。……あの藁の精霊も、こんな事を望んで命を犠牲にしたわけじゃないだろう?」


その声に、全員表情を固くして下を向くものだから、もう一度ディランはため息を吐いた。……その時、部屋のノックがけたたましく鳴り、中から声をかける間も無くアメリアが慌てて部屋に飛び込んできた。震える両手には藁を持ち、興奮しながら皆を見る。


「なっ、ななな亡骸から!!藁の精霊の亡骸から芽が生えているんです!!」

「えっ!?」


シトラは驚愕した表情で床から立ち上がり、アメリアの側に向かい彼女の手を見る。ディランも俺もそれに付いて後ろからその芽を見る。


……その芽は、藁から出ているが稲ではなく、木の芽だった。緑の美しいその芽は、この小ささで精霊の力を感じる。ディランは声を出して笑いながら、興味深くその芽を見る。


「この力は下位ではなく中位だな。……あっはっは!そうかそうか!!藁から中位の木の精霊に蘇ったのか!!」

「…………死の神か」


この世の生命の輪廻は、死の神が全てを行う。おそらく、藁の精霊を哀れんだ死の神が、再び精霊として蘇らせたのだろう。まだ生まれたての芽なので、精霊として活動できるのは20年は掛かるだろうが、それでもアメリアとシトラは嬉しそうに顔を綻ばせる。特にアメリアは涙を浮かべて震えている。


「私のママが、藁の精霊を蘇らせてくれたんだ!!」

「えっ!?アメリアさんのお母様が!?」

「そうです!!絶対そうです!!!」


そういえば、アメリアの母親は死の神だった事を思い出す。そのままアメリアは窓へ向かい、空に向かって嬉し泣きをしながら息を大きく吸う。


「ママーーーー!!!ありがとうーーー!!!!」


それを聞いたシトラも、アメリアの側へ駆け寄り同じく大きく息を吸った。


「アメリアさんのお母様ーーーー!!ありがとございますーーー!!!是非感謝のお菓子をお送りしたいので!!住所教えてくださーーーーーい!!!」



二人が空に向かい、聞こえているのか分からない神へ感謝を叫ぶのを、後ろから聞いていた男達は、二人に聞こえないように口を押さえて笑う。建国祭で普段よりも人が多いこの場所で、空へ意味不明な言葉を叫ぶ二人は、外にいた来賓や職員に呆けた表情を向けられているだろう。


俺はまだ天へ叫び続けるシトラの元へ向かい、後ろから彼女の顎に触れ、頭を後ろに無理矢理向けさせる。


「うおっ!?」


いきなり頭だけ後ろに向けさせられたシトラは、伝説の聖女らしからぬ声を出しながら、驚いた表情で俺を見る。俺はそんな表情に笑い、そのまま彼女の唇に自分の唇を重ねる。



……後ろから何人かが立ち上がる音と、獣人の声にならない声が聞こえる。シトラの横にいたアメリアも、驚きすぎて思わず芽を落としそうになった。唇を離し、湿った彼女の唇を舐める。目を点にさせて彼女はこちらを見ていたが、唇を舐められるとやがて耳まで赤くなり震え始めた。……そんな彼女が、あまりにも可愛らしすぎて目を細めて蕩けた表情を向けてしまう。真っ赤な耳に唇を近づけ、彼女にしか聞こえない声で囁く。


「俺に見せてくれ、人間と精霊が手を取り合う未来を。貴女の側で」


それに目を大きく開けて、更に小刻みに震えたシトラは、羞恥心で目に涙を浮かべながらこちらを見る。その表情があまりにも劣情を襲うものだから、思わず口からため息と共に湯気が出る。




だが次の瞬間、目の前に拳が現れ、顔面の衝撃で俺は後ろに倒れた。





「このっ、この!!!!変態精霊めぇえええーーーー!!!!」




そう叫んで、再び俺に拳をぶつけようとする彼女に、俺は興奮で鼻血を出す。

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