7 いざ謝罪へ!
母上に妹の説教を止められ、俺は自室に戻りそのままベッドへ寝転がる。…疲れた。今日は本当に疲れた。心を落ち着けるために大きくため息を吐く。
侯爵家の中で一番の領土と資源をもつカーター侯爵家。我が公爵家とも何度も事業の協力をしており、蔑ろにできない大貴族。
その次期当主であるケイレブ・カーター。そんな男の誕生日パーティーに呼ばれるのは、ごくごく普通なのだが…次期当主である俺だけでなく妹も一緒。おそらくパーティー兼奴の婚約者探しなのだろう。
ただの婚約者探しの、その中のありきたりな令嬢一人になるのであれば気にしなかった。父上に招待状の案内を告げられた際、妹は全く覚えていなさそうだったが、ケイレブは何度かお茶会で会っているのだ。向こうもこちらも話してはいないが、最近のお茶会ではそれはそれは情熱的な目で妹を見ていた。…絶対に狙ってくる。だからできる限り俺も妹のそばを離れないようにしたし、絶対に奴には近づけさせなかったのだが…。
「…いや、おかしいだろう。カーター家と確固たる縁が結べるんだから、近づけさせるべきだろう。いくら可愛い妹だからって…」
自分が発した独り言だったが、その言葉で胸が苦しくなった。
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朝から私は、出かける準備をしながら、机の上に置かれている最近下町で流行りのお茶菓子を見る。軽度の捻挫だったためか、1週間したら普通に歩くこともできるようになったので、今日はリリアーナに謝罪に向かうことにした。
あの後どこから聞いたのか次の日に捻挫によくきく軟膏をギルベルトが持ってきた時には驚いたし、笑顔で「どうしてそうホイホイ捕まえてくるんですか」と言われた。意味がわからなかったが後ろにいたアイザックは盛大に吹き出していた。リアムもリアムで遊びにきた際に車椅子で出迎えると顔面を蒼白させて心配してくれ、そして説明を聞くと「…本当に大変だったね、大丈夫だよ。僕もすぐに侯爵になるからね」と真顔で言われる。侯爵になるのも大変だが、子爵でもなんでも私はリアムの誕生日パーティーなら行くのに…。
「お嬢様、馬車の準備が出来ました」
使用人に呼ばれ私は「よし!行くぞ!」と気持ちを高めて侯爵邸へ向かった。
事前に連絡は入れていたためか、侯爵邸へ着くとリリアーナとケイレブが出迎えてくれた。相変わらずケイレブの顔を気にして落ち着きがない。ケイレブもリリアーナを見ようともしない。
応接室に案内され、私はリリアーナと二人で話がしたいと告げると、ケイレブは何かいいたそうな顔をしたが応接室から出た。
ケイレブが部屋から出ると、リリアーナは小さくため息をはいた。そして私の方を見ると、少しツン、とした表情になる。
「先日のことは流石に驚きましたが、もう気にしていませんわ。シトラ様もお忘れになってくださいまし」
そう言いながら優雅に用意された紅茶を飲むリリアーナはとても美しい。「えっほんとですか〜?」と言いたくなったがそれを抑える。今日は楽しくおしゃべりをしに来たわけじゃないのだ。ソファに座ったまま軽く頭を下げる。
「でも私のせいでケイレブ様に怒られてしまい、リリアーナ様には大変ご迷惑をおかけしました」
「兄とはあの事がなくても、私の事を嫌っておりますから」
ケイレブが?確かに前回の時も先ほども、ケイレブはリリアーナと一切会話をしていなかったが、家族を嫌うなんて何かあったのか?私の考えが顔に出ていたのであろう。
「シトラ様は今まで他の貴族と交流がなかったから存じ上げないのかも知れませんが、もう私に関わるのはやめた方がよろしいですわ。ハリソン公爵にご迷惑がかかってしまいます」
そうリリアーナはそう冷たく言った。…確かに彼女のことは、この前の一瞬と今の対応しか見ていないし、他の貴族と交流もないのでわからない。私はリリアーナをまじまじと見る。
私よりも年下だろう彼女は言葉遣いも座っている佇まいも、階級だけ一級品な私と違って素敵な貴族令嬢だ。私が家に迷惑かけるのはあるが…。
「せっかく友達になりたかったのになぁ」「え?」
どうやら今度は声に出てしまっていたらしい。でも本当のことなのでいいや。と目を大きく開けて驚いているリリアーナにつづけて話す。
「実は私ご存知の通り、ろくに交流もしていない為か友人も少なく。今回はリリアーナ様に謝罪をするためにやってきたのですが、あわよくばお友達になりたかったのです」
「私と…友達に?」
いきなり何言ってんだと思われてるかもしれないが、ここを逃したら一生チャンスがないと思うので話を続ける。
「あの時あの場にいたのは、中庭で見かけたリリアーナ様が気になって付いていったからなんです。…なんというか、惹かれたと言いますか…でもそれは正解だったみたいです。だってリリアーナ様とても可愛らしいし、そしてお優しいから」
そう、彼女はとても優しい。それは侯爵邸へ行く前からわかっていた。あんな事があったのだ。普通なら謝罪の場を設けてほしいと連絡したところで返事が来ないか、もしくは父に苦情が寄せられていただろう。でも、リリアーナは丁寧に返事をくれ、そして自分にも悪いところがあったとまで書かれていたのだ。
「リリアーナ様は素敵な方です。そんな方と仲良くしてなぜ、我が公爵家に迷惑がかかるのかわかりません」
熱がこもりすぎて真顔で伝えてしまったが、対するリリアーナはポカン、と口を開けあながらこちらを見ていた。だがすぐに意識が戻ったのかみるみるうちに顔を赤くしていく。
「あなっ、あな、貴女は!なんでそんな恥ずかしいことが言えるのよ!」
恥ずかしい?…まさかまた何か私はやらかしているのか!?でもギルベルトもリアムにもこのくらいの事伝えているんだが!?確かに最近ギルベルトからは「人を褒めるのは今の1割くらいでいいんですよ」って確かに言われていた気がする!
その後は顔を真っ赤にしたリリアーナをどうにか宥めて、リリアーナも吹っ切れたらしいのかそこからは饒舌に貴族淑女としての在り方と気になっていたのであろうマナーをこれでもかと教えられた。言い方はきついがとても丁寧だし、リリアーナは本当に優しいなぁ。
そうこうしているうちに時間はすぎ、そろそろお暇しようとすると、ケイレブがノックをして入ってきた。どうやら迎えに来たのだろう。
「リリアーナ。俺が馬車まで送っていくから来なくていい」
「…かしこまりました」
「じゃあまたね、リリアーナ様!」
すっかり砕けた話しかたになってしまったが、リリアーナは頭を下げて返事をしてくれた。先ほどまではあんなに饒舌にしゃべっていたのに…。
ケイレブはそんな私たちをじっと見ていた。
「本日はお越しいただき、ありがとうございます」
馬車へ向かっている途中、それまで無言だったケイレブが静かに話しかけてきた。ずっと気になっていたのだが、何故ケイレブはあんなに実の妹に冷たいのだろうか。私はケイレブに笑いかけた。
「いえ、それにしてもリリアーナ様、とても素晴らしい令嬢ですね。次にお会いするときには今度こそ友達になりたいと思っています!」
するとケイレブは足を止めて黙ってしまう。
何かしてしまったのだろうかとケイレブへ声をかけようとしたが、その前にケイレブは真っ直ぐこちらを見つめている。とても真剣な顔だった。
「リリアーナが素晴らしい令嬢?…そんなわけがない。あいつは最低な令嬢だ」
吐き捨てるように言った言葉が意味がわからない。リリアーナといいケイレブといい、一体どういうことなのだろう。すると私の態度に苛立ったのか、拳を強く握りしめた。
「リリアーナは昔から他の令嬢に強く当たっていた。他の令嬢たちを使っていじめをしていたこともある。そのせいで何度も我が家に迷惑をかけて、ついには母上まで心労で倒れたんだ」
吐き捨てるように語りかけられる内容は、とてもリリアーナのこととは思えなかったが、目の前のケイレブの態度からしてどうやら本当のことらしい。
「母上が倒れてからようやく自分の過ちに気づいたのか、今は家にこもっておとなしくしているが、それでも今だけだ。またきっと問題を起こす」
「…」
「さんざん迷惑をかけていたリリアーナが素晴らしい?そんなわけないだろう!!」
ケイレブは呼吸を荒くして全てを吐き出した。…きっと、自分は公爵家に泥をつけないようにと相当努力をしていたんだと思う。だから先日の時は、どう見ても彼女の部屋に入っている私が悪いのにリリアーナを責めたんだろう。きっと過去に何度も裏切られているから。
私はケイレブの目の前へたち、強く握りしめている手をそっと包み込んだ。ケイレブは驚いて手を振り払おうとしたがそれでも手を追いかけて包み込む。予想外の行動にケイレブは混乱した顔を向けてくる。
彼の方が年上なのに、今目の前にいるのは小さな子供のようだと。そう思えば包み込んでいた片方の手を離して、そっとケイレブの頭を撫でる。
「今まで頑張ってこられたんですね」
ケイレブは混乱した表情のまま固まってしまっている。年上の男性に大変失礼なことをしているとはわかっている。けれど撫でるのを止めない。
「ケイレブ様はきっと、今まで頑張りすぎて視界が狭くなっているんです。もっと誰かを頼ってもいいんですよ!リリアーナ様にそんな過去があったのは私は知りませんでしたが、リリアーナ様も今は変わろうとしています。それを見守り助けるのは兄の務めです」
「…」
「でも無理しないで、私も是非頼ってください!ケイレブ様のために頑張りますので!」
「リリアーナ様と友達になりたいんで!」と付け加え笑いかける。
ケイレブは人望も厚いらしいので私の助けなどいらないだろうが、私はやはり、リリアーナと友達になりたい。今日話しただけだが、彼女は心を入れ替えていると思う。それに万が一いじめられたとしても、リリアーナくらいの美少女ならご褒美に近い気がする!と意気込んでいると、包み込んでいた手を今度こそ払われ、そして撫でていた手を掴まれた。
流石にやりすぎたか、怒られるかと思っていたが、ケイレブはどこか熱っぽい目線で見てくる。
「俺のことをそんなふうに言ってくれるのも、頼ってくれと言われるのも初めてです。…ありがとうございます」
掴まれた手をまったく離してくれない。これは絶対に感謝を口にしているが怒っている。
「…もう一度、リリアーナを信じてみようと思います」
「…そう、ですか……すいません、ちょっと手が痛くて」
そこまでいうとケイレブは我に返って手を離し謝罪をしてくれた。よかった怒ってなかった〜!真剣だった顔をみるみる赤くしていく。…この前といい、本当に恥ずかしがり屋なんだなぁ…リリアーナもそういえばよく顔を赤くしてるし、似てるよねぇ。
そのまま無言になってしまったケイレブに馬車まで送ってもらい、私は侯爵邸を後にした。