16 亀裂
彼女が正気を失った表情で移動魔法を唱え消えた時、俺も彼女を追うように魔法を唱えた。俺が神の言葉を使い、金色の魔法陣を出した時。弟もガヴェインも、そしてアイザックも驚愕の表情を向けていた。まさかこんな形でバレてしまうと思わなかったが、今はそんな事を考える暇はない。……手遅れになる前に、彼女を見つけなければならない。
彼女の魔法を辿り城下町へ着くと、すぐ近くで男達の泣き叫ぶ声が聞こえた。急いでその声の元へ向かうと、数人の男が泣き叫び、目の前の彼女へ命乞いをしていた。美しいツタで縛られた男達は、皆足と手の方向が歪に曲がっている。
その後ろには、精霊が火を付けられ燃えていた。服を剥がされ、体を作っていた藁を引き千切られた姿で、燃えていた。手が震えてしまうほどに、その光景に激しい怒りが込み上げる。
彼女は、一際泣き叫ぶ男に手を触れようとしていた。
俺は彼女の手を掴み、怒りを抑えながら彼女へ語りかける。
「シルトラリア」
俺の声に、彼女は掴んでいる手を震わせた。
「今は戦乱じゃない、今は国がある、今は法律がある」
彼女を諭すように、かつての俺の様に声をかける。
「君が手を汚す必要は、もう無いんだ」
シルトラリアは、男に触れようとした手をゆっくりと下ろす。そのまま下を向いて、表情を見せない様に嗚咽を溢す。男の流した血の上に、彼女の涙が落ちた。俺はそのまま、小さくなった彼女を抱きしめる。
彼女は、俺の服を握り締め更に嗚咽を溢した。昔と変わらない背丈で、昔と変わらない姿の彼女。……この小さな背中に、どれだけの重みを背負っているのだろう。
その時、目の前に突然炎と水が現れる。炎からはウィリアム、水からはディランが現れ、恐らく彼女の魔法を察知して現れたのだろう。二人は目の前の光景に目を大きく開き、そして俺に抱かれて泣いている彼女を見て、怒りが溢れ手に拳を作る。ディランはそのまま唇を噛み締めながら、燃える精霊に魔法を唱え亡骸を救おうとする。
ウィリアムは怒りのあまり、周りに陽炎を出しながら此方へ歩みを進め、そのまま俺の腕を強く掴む。
「彼女に触れるな」
掴まれた腕から焼ける音が聞こえる。痛みで顔を歪めてしまうが、俺は耐えて真っ直ぐウィリアムを見た。その態度に更に苛立ったのか、彼はシルトラリアの肩を掴み強く自分の方へ引っ張る。悲しみで何も考えられなくなっている彼女は、急な力に逆らえず、俺の服を掴んでいた手を離しウィリアムの胸の中へ閉じ込められる。
そのままウィリアムは、壊れ物を触るように、優しくシルトラリアの頬に触れ涙を指で拭う。どれだけ怒りが溢れても、彼女を見るウィリアムの表情は優しかった。けれど、再び俺や、捕らえられた男達を見る目は金色の瞳を鋭くさせる。
「500年前も今も、お前達は変わらない。何も変わらない」
その目は、かつて初めて会った時と同じ表情だった。
「彼女が人間と笑う姿を見て、多少は人間達も変わったと思った。けれどそれは間違いだった」
光を失ったシルトラリアを優しく撫で、唇を噛み激昂した表情を向けたウィリアムは、そのまま呪文を唱える。側にいたディランが目を開き驚く。
「待てウィリアム!!!」
ディランの静止する声も聞かずに、ウィリアムはそのままシルトラリアを連れて姿を消した。ディランは慌てて跡を追おうと追跡魔法を唱えるが、阻害されて行方が分からなくなっているのか、顔を歪ませ舌打ちをした。
「あの馬鹿精霊が!!!」
その光景を見て、ツタで縛られている男達は、ようやく消えた聖女に安堵したため息を出す。……そしてそのまま、ディランの方を見る。その表情は嘲笑うようなものだった。
「アレが聖女?ふざけるな、あんなの化け物だろう!!!」
一人の男の声を皮切りに、他の男達も皆、聖女を罵倒する。
「あんな化け物を俺達は今まで崇拝していたのか!!!」
「精霊に味方し人間を陥れる悪魔だ!!」
「さっさと殺してしまえ!!」
あまりの言葉に、俺は怒りが抑えきれずに男達を止めようとした。だがそれよりも先に、一人の男の首をディランが掴んだ。男は締め付ける力に息が出来ないのか、苦しそうに悶える。ディランは下を向き、小さくため息を吐く。
「……それ以上言うな。俺も懸命に、怒りを抑えているんだ」
地を這うような声に、他の男達も怯え声を止める。俺はディランの元へ行き、首を掴む手に触れる。下を向いているので全ての表情を見る事ができないが、小さく歯軋りが聞こえた。
「この男達は国の衛兵に任せて、今はシトラ様を探しましょう」
「………そうだな」
遠くから、騒ぎを駆けつけた衛兵達の声が聞こえる。この光景を見て、彼らは何を思うだろうか?……けれどそれは、俺がどうにかしなくてはならない。500年前に彼女が作り上げた理想郷を、俺は守らなくてはならない。ディランもそれが分かっているから必死に怒りを抑えているのだから。……まぁ、かつての騎士は怒りを抑えきれなかったけれど。
……俺は、普段通りの表情で、彼らに接する事が出来るだろうか?