14 呆気なく落ちる
建国祭二日目、今日は城下町の大通りを現国王と王弟のアイザック、そして建国の聖女であるシトラがパレードで国民へ顔見せする。周りには俺が所属する王国騎士団と、教会の聖騎士、そしてこの日の為に世界中から集まった精霊も進行する。俺とディランが軽く声をかけただけで、気まぐれで滅多に顔を出さない精霊達がこぞってハリエドに来るのだから、本当に彼女は精霊に愛されている。……本人は「流石上位精霊だね!」と俺達のお陰だと思っているが。
目の前で、パレードの準備を終えた彼女が現れた精霊に挨拶をしている。上位精霊もいるが、下位や中位も来ている。……彼女は下位精霊と楽しそうに話しているが、その後ろで彼女の護衛をするガヴェインも、騎士団や教会の職員でさえ固まってその光景を見ている。
精霊が皆、俺達の様に人の形をした者の方が珍しいのだ。今彼女と話す下位精霊は、服こそ着ているが体も顔も藁でできており、しゃべる言葉も拙い。周りにいる他の精霊も、体が水で出来た者や、羽虫の様な見た目の者もいる。皆金色の瞳を持っていなければ、かつての魔物のようなものと勘違いされるだろう。
……普通の人間ならば怯えるのが当たり前の、その精霊の見た目に彼女は何も気にせず触れ、楽しそうに笑う。隣でその光景を共に見ていたディランも、目を細めて笑う。
「ただ加護を持っただけで、精霊に愛されると思ったら大間違いだな」
「……そうだな。俺達は彼女だから、愛するんだ」
かつて、精霊は魔法が使えるから迫害されただけじゃない。精霊の見た目に恐れ、怯えたからだ。全ての精霊が俺達の様な見た目であれば、戦争など起きなかったかもしれない。だから、聖女が現れるまで俺達は、滅びるのも運命かもしれないと思っていた。創造した神も、戦争に敗れそうになっている精霊を助けないのだから。
そんな俺達の絶望を、突然現れ救ったのが彼女だった。精霊の見た目を気にせず、自分を勝手に呼んだ精霊の為に戦う。同じ人間を殺める事に苦しみ、それでも戦う彼女に精霊達は心を震わせた。……だから俺達は500年経った今でも、こうして生きている。
目線に気づいた彼女は、こちらへ嬉しそうに駆け寄る。先ほどの精霊から貰っていた藁と花で作られた花冠を俺達の目の前に掲げた。
「見て見てウィリアム、ディラン!今着てる祭服にも似合うよね!?パレードの時これ着けようと思うんだ〜!」
「いいじゃないか、似合ってる」
「そうだな!愛娘に相応しい、可愛らしい冠だな!」
彼女、シトラは嬉しそうに花冠を着けて飛び跳ねる。可愛らしいその姿に思わず笑っていると。ふと彼女の首筋に怪我の様なものを見つける。俺は腕を掴み彼女を引っ張り、祭服で隠れた怪我を見ようと襟をめくる。彼女は驚いた表情をしたが、やがて頬を赤く染めて阻止しようとする。
「やややめて!ウィリアムやめて!?」
「怪我を治してやろうとしているのに、何だその態………………」
……思わず不機嫌そうな声を出したが、よく見ると首筋にある怪我は、歯形だった。それも獣に噛まれた様な牙の跡もある。何よりこれを見られたシトラが、恥ずかしそうしながら後ろにいる獣人を一瞬見る。
彼女ばかり見ていたので、獣人の姿をよく見ていなかったが、昨日まであった従僕の首輪がない。……俺は全てを察し、発情した獣を睨む。
「獣人、よほど死にたいらしいな」
「……何の事か分かんねぇよ」
言葉ではそう言うが、こちらを見る目が笑っている。……彼女は、とんでもない狼を解放させてしまった事を知らずに、目の前で耳まで赤くして混乱している。ディランが横から顔を覗き込ませ、彼女の首筋を見て一瞬固まるがすぐに治癒魔法をかけた。そのまま彼女の両肩を震える手で掴み、珍しく真顔になって、口をゆっくりと開け、諭すような声を出す。
「娘よ、落ち着いて聞いてくれ。……狼の性交は恐ろしいんだ。人間が相手なんてしたら体がいくつあっても足りな」
それ以上言う前にディランに膝蹴りをしたので、ディランはそのまま地面へ倒れる。先ほどまで飄々としていたガヴェインも、自分の一族の性交を暴露されると思わなかったのか、真っ赤な顔を隠すように下を向き、耳が垂れている。だが肝心のシトラは、何故ディランがあの様な事を言ったのか分からない様で、赤くなった頬は引き、かわりに眉間に皺を寄せている。
「狼の性交って、今関係あるの?」
「………ない、全くない」
狼、正しく言えば狼族が、歯形を付けるほど噛む意味を知らないのだろう。純粋に質問をしてくるので、これはこのまま戯言と思わせておいた方がいいと判断した。……後ろで下心しかないのだろう獣人は、恥ずかしさで震えているが知った事ではない。
そのまま彼女に振り回されて、一生を終えてしまえばいいのだ。
◆◆◆
ウィリアムに思いっきり膝蹴りをされたディランを置いて、私はパレードの為に用意された屋根のない馬車に乗る。既に国王と王弟であるアイザックが乗っていたので、待たせた事に慌てて謝罪をしたが、二人とも気にしていない様だ。全く、ギルベルトもこの位心に余裕を持ったほうがいいと思う。友人の私が心配してしまうほど最近は短気になっている気がする。
私達の周りには、馬車を囲むように馬に乗ったガヴェイン達聖騎士と、本当に何故か分からないが騎士団長の服を着る、ウィリアム率いる王国騎士団がいる。ウィリアム、お前教団の仕事はどうした?というかいつの間に騎士団長やってるんだ?
そのまま馬車はゆっくりと歩み始め、馬車は城下町の大通りを進む。建国祭の装飾で、大通りの道は藍色の装飾がそこかしこに飾られている。国王と王弟を一眼見ようと、大勢の国民がこちらに手を振っている。その国民の中には有難い事に「聖女さまー!」と声をかけてくれる人もおり、こんなキラキラした二人じゃなくて!しょーもない私に声をかけてくれた相手へ両手を勢いよく振る。だがすぐにアイザックが後ろから肩を叩き、呆れながら「大人しくしてください」と言ってくるので、私は致し方なくそこからは優雅に振った。
大通りの中間に来た所で、どこからともなく現れた羽を着けた精霊が、籠いっぱいに詰められていた花を空から降り注ぐ。落ちてきた花は全て藍色で、私はこの為に集めてくれたのであろう空にいる精霊に手を振る。精霊はそれに嬉しそうに笑い、その中でも一際小さな精霊が、一輪の花を私の頭の上に乗せる。見ていたアイザックは私へ微笑む。
「花の精霊の祝福です。「聖女様が幸せになりますように」と込められている様ですね」
私は頭の上に置かれていた、藍色の美しい花に触れる。
……ふと、民衆の中にこちらを強く見つめる気配を感じ、その方向を見る。そこには嬉しそうに手を振るマチルダと、私へ優しく微笑むルーベンがいた。その優しい目が、かつての恋人が向けてくれたものと同じで、胸が苦しくなる。私が真顔で見ている事に気づいて、ルーベンは不思議そうにこちらを見た。
ルーベンは、ダニエルじゃない。魂が同じだったとしても、それでも今の彼には彼の人生がある。本当は、自分の事を思い出してほしいが。それは私の我儘だ。私は泣きそうになるのを抑えて、出来る限りの笑顔を彼へ向けた。
「……もう一度、出会ってくれてありがとう」
そう呟いた声は、民衆の声によって彼には届かない。
◆◆◆
「ルーベン兄様!聖女様とても美しかったですわね!」
「…………」
「……兄様?」
妹が心配そうに僕を見つめるが、僕はそれに応えれる程の余裕がなかった。パレードが過ぎ去り、ハリエドの民や来賓達はバラけていくのに、僕はその場で動く事ができない。妹は此方を振り向いて、僕の顔を見て驚く。
「兄様!?お顔が真っ赤です、お風邪でも引かれましたか!?」
「……大丈夫だ、少し人が多くて疲れただけだ」
ようやく声を出す事が出来たので、僕は妹に心配をかけさせまいと嘘を吐く。妹は安心した様な表情をして、馬車を呼ぶために僕の元から離れた。……妹に馬車を呼ばせるなど、兄としても男としても情けない。
……馬車で通る聖女は、僕に気づくと急に真顔になった。何かあったとではと思ったが、その後の彼女の、泣きそうなのを堪える震えた笑顔に。……どうしようもなく心が騒ついた。決して自分は女性の泣き顔に興奮する様な男ではない。あの聖女が、僕にそんな顔を向けたからこうなっているのだ。僕は頬の熱を抑える為に大きく息を吐く。
「……興味は持っていたが、まさかこうなるとは」
普段はお転婆。自分よりも幼い、仲間思いな性格。けれど過去に国を統治しただけのある、威厳さも持ちあわせ、人望が厚い聖女。……あと、笑顔が可愛い。
「ああ、本当に面倒な事になった」
遠くから馬車を呼んで来た妹の声が聞こえるが、僕はそのまま地面にしゃがみ込む。自分がこんなに簡単に堕ちるとは思わなかった。それこそ最初は彼女の印象は良くなかったのに。
「ルーベン兄様!立てますか!?大丈夫ですか!?」
「…………大丈夫じゃない」
「兄様!?」
まさか、泣きそうな笑顔を一つ向けられただけで。
僕がこんなに簡単に懸想するなど、誰が思っただろうか?