12 夜中に移動魔法は良くない
ゲドナの将軍という中年のおっさんは、慌てて後ろからやって来たルーベンの命令で自国に強制的に戻される事になった。私もおっさんへは悪い事をしたと思っているが、その位酷い事をイザークとガヴェインに平気で言っていたのだ。事情を知ったルーベンは二人に謝罪をしているが、私よりも大人な二人は謝罪を受け取り、代わりに私が殴り飛ばした事を無かった事にして欲しいと願い出ていた。なんかごめん。私はイザーク達の元へ行き、目線が定まらないまま声を出した。
「す、すいません……ついカッとなって」
「本当ですよ〜まさか殴り飛ばすなんて!ちゃんと国の代表らしくしてください!」
イザークは苦笑しながら私のおでこを小突いた。ガヴェインも仏頂面をしながら横から頭を軽く叩くので、ようやく自分のした行いが恥ずかしくなり、赤くなる頬を掻く。
「だって、二人の事悪く言うからさぁ……」
言い訳のようにぼやいた言葉に、二人とも目を大きく開いた。何か変な事でも言ったかと思ったが、やがて二人とも目線を横にして、ガヴェインに至っては頬を赤く染めながら耳を騒がしく動かしている。イザークは赤くはなっていないが少し気まずそうだ。私は説明が足りずに変な意味に取られているのではと慌てて、両手を動かしながら説明をする。
「だって、ガヴェインは聖騎士の中で一番強いって聞いたし!最初は文字も通貨もわからなかったのに今じゃ難しい本も読めるし!頑張ってるじゃん!!」
「………」
ガヴェインの耳がだんだんとしおれていく。私は次にイザークを見た。
「イザーク様だって最近じゃ王子の公務も完璧にしてるし!大司教の仕事も変わらずしているんですよ!赤い目だって宝石みたいで凄く綺麗じゃないですか!あの将軍がこんな二人を貶す意味がわからないんですもん!!」
「…………」
周りにもこの二人の素晴らしさを伝える様に、身振り手ぶり大きな声で力説する。私よりも何倍も努力して、何倍も大変な思いをしているのだ。あの将軍が容姿や瞳の色で貶す光景をもう一度思い出し、私はあの将軍に今夜は、悪夢でも見せる魔法でもかけてやろうかと思った所で、両肩に異なる相手の手が触れる。目の前に顔を下に向けて、右肩にガヴェイン、左肩にイザークの手が乗せられている。二人ともどうしたのかと声を掛けようとしたが、側で見ていたルーベンは苦笑する。
「二人とも褒められすぎて、恥ずかしいんですよ」
「え?褒めてないですよ、本当の事ですよ」
当たり前の事を言っているだけだと否定すると、ルーベンは「無自覚か」と驚いた表情を向けた。私はそれから、いかにイザークとガヴェインが素晴らしいのかを長々と喋り続け、騒ぎを聞いた兄やギルベルトに止められるまで、その力説は続いた。
◆◆◆
あの将軍は、いつか問題を起こすのでは思っていたが、まさか友好国であるハリエド国の王子と聖女の騎士に無礼を働くとは予想外だった。彼はそのまま帰国させ、自分も帰国した際に王に、将軍の地位返上を願い出なくではならない。正直、あの聖女が将軍に手を出さなければ、我がゲドナ国の立場かかなり危うくなる所だった。将軍には悪いが殴られてくれてよかった。
あの後は聖女が養子となっているハリソン公爵家へ行き、彼女の友人達と共にお茶会をしたのだが……その彼女の友人達というのが、我が国でも有名な貴族の家の者達ばかりで驚いた。豊かなハリエド国の中でも、有数の領地を多く持つカーター侯爵家の子息令嬢。驚くほどの手腕で我が国との貿易を成功へと導いた、若きペンシュラ伯爵家当主。ハリエド国で王に続く権力を保有し、公爵家の頂点に立つハリソン公爵家子息。うちの将軍が無礼を働いた狼の獣人は、予言の神から使者の加護を得た存在というし、そして当然のようにハリエド国の第二王子までもいる。……先ほどの上位であろう精霊達も彼女を好いているし。この聖女は国を自分のものにできるほどの権力者に、初めて見た僕でも分かるほどに執着を寄せられているのに、全くそれを理解していないのか呑気にケーキを食べていた。
夕刻となり、僕と妹は公爵家を後にして王族の来賓に用意された宿へ馬車で向かう。妹は恍惚とした表情で、聖女から受け取った硝子の花を見つめている。
「ルーベン兄様。建国の聖女様はお父様から聞いた通り、お強く威厳のあるお方でしたわ」
「そうだな、普段は年相応……それ以下かもしれないが。あの将軍を殴り飛ばしたのは中々、痺れるものがあったよ」
「ええ!聖女様が我が国の王妃になってくだされば、より繁栄した国になりますわ!」
僕はその言葉に苦笑いを浮かべる。どうやら妹は、僕と彼女を婚姻させたい様で嬉しそうに言ってくれるが、まずあの権力者達を薙ぎ払う事が可能なのだろうか?それに、あそこまで好意の目で見られ態度で示されているのに、当の本人は全く気づいていないのだ。鈍感も度が過ぎると恐ろしい。
……ただ、不思議と、彼女を見ていると心が騒つく。
勿論、開会式での宣言と将軍への態度に胸が高鳴ったから、もあるかもしれないが……何故だろうか?彼女を見ていると、自分の体が自分ではない様な、彼女を求めている感覚がある。……彼女や精霊達が言っていた「ダニエル」という人物に関係があるのだろうか?
僕はそのまま、妹の聖女への憧れを頷いて聞きながら、自分の騒ついた体への疑問の答えを考えた。
◆◆◆
今日は開会式で、国王に無茶振りをされたが華麗にやり切り、そのお陰で美少女と仲良くなり、そして美少女の国の将軍を再起不能にして、そして皆でお茶会を楽しんだ。……自分端折って言ってみたが、中々濃い一日だった。
その為なのかわからないが、全く寝れない。家族も使用人達も寝静まり、私もかれこれ二時間時ほど寝よう寝ようと布団の中に篭るが、今日の出来事と、明日への緊張で目が冴えてしまっている。私はベッドから起き上がり、窓から満月を見る。……明日も朝早いので、早く寝てしまいたいのだがどうしたものか。
「……あ、そうだ。アニマルセラピーだ」
前の世界でよく聞いた言葉で、動物に触れ合い心を安らげる事だった気がする。といってももう夜中、使用人室にご飯をせびりに来る猫は寝ているだろうし、かといって魔法で動物達を起こしてしまうのも申し訳ない。……そう思った時、ふととある男のふわふわの耳を思い出した。
「ガヴェインの耳をモフらせてもらえばいいのか!」
ガヴェイン、狼の獣人で私の騎士。確か奴は数時間ほどしか寝ず、夜中は訓練や座学の勉強をしていると聞いた。あり得ない何故寝ないのかと聞けば、元々弱っていなければ寝なくてもやっていける体らしい。だから昼寝をする私にいつも膝枕をしてくれたのか、と言ったら黙ったが。
「まだ起きてるでしょ!モフらせてくれる代わりに勉強教えてあげよう!」
そうと決まれば移動魔法だ。シルトラリアだった頃の記憶が戻った私にとっては、移動魔法など造作もないぜ!もうリリアーナの部屋と間違えてケイレブの部屋行かないし、なんならこの部屋から国外へ行ける程に力が戻ったのだ!今なら月にも行けそうな気がする、空気ないけど。流石に寝巻き姿だとアレなので、普段の服装に着替え準備を整える。
そして深呼吸をして、ガヴェインが住んでいると言っていた、教会の宿舎へ向かうために移動魔法を唱える。
床に金色の魔法陣が浮かび上がり、私の体はその光に包まれた。
流石に前回の様に、人様の上に馬乗りになる事はしない。華麗に地面に降り立った私は、周りを見れば宿舎の一室の部屋の中なのだろうか?公爵家の自分の部屋より遥かに小さい部屋で、目の前のベッドも簡素な作りだ。前の世界の一人暮らし用の部屋によく似ている気がする。今まで貴族の部屋や城の内部しかまじまじと見る機会がなかったので、なんだか懐かしい気がする。
「………あ?」
私の後ろから、目的としていたアニマルセラピー、ガヴェインの声が聞こえた。どうやらここはガヴェインの部屋らしい。やった!完璧な移動魔法をする事ができた!前回の様にならずに済んだ!私は笑顔でガヴェインに声をかけるべく後ろを向く。
「夜遅くごめんねガヴェイン!ちょっとアニマ…………………」
私は、それ以上の言葉を出す事が出来ずに固まった。確かに、ここはガヴェインの部屋で、目の前には狼獣人のガヴェインがいる。
……しかし、そのガヴェインは今、上半身に何も来ておらず、濡れた髪と肌をタオルで拭こうとした状態で、突然現れた私に目をまん丸にしている。ガヴェインはこちらを見て固まっている為、長い髪や肌から垂れる水滴が床に落ちていく音だけ部屋に響く。
「………………」
「………………」
お互い無言で見つめ合っていたが、暫くして私は真顔でゆっくりと床に膝をつく。
つまりは、土下座した。