10 開会式
あの後も私とウィリアム、ディランは三人でルーベンの周りを囲みダニエルと連呼していたが、堪忍袋の緒が切れたギルベルトにより、首根っこを掴まれ時間ギリギリまで説教を受けた。ギルベルトの説教に、上位精霊二人が言われるままになってしまうほどの論破を繰り返され、私の護衛の為に現れたガヴェインが来てくれなかったら、我々三人とも精神が削られすぎてこの後動けなくなる所だった。兄とは違うギルベルトの説教は、こう精神的にくるものがあるから恐ろしい。もう怒らせないでおこう……いや無理だな。
その後、廊下でイザークと話していたルーベンへ謝罪したが、特に気にする事もなく笑って許してくれたので有り難かった。……まぁ、社交辞令かもしれないが。それよりも、ダニエルに瓜二つの顔を持つルーベンは、ダニエルだった頃の記憶が全くないのは何故だろう?私だけならまだしも500年前に関わっていた精霊二人も、ルーベンはダニエルだと言い切っていたのだ。……私へ掛けられた魔術は途中で中断されたというし、もしかしたら記憶だけごっそりなくなってしまったのだろうか?
ルーベンへ謝罪が終わると、彼は開会式の来賓席に移動した。その後すぐに廊下から藍色を身にまとった国王陛下が現れ、私に微笑む。
「準備はいいかな?シトラ嬢」
「は、はははい!!!」
「全然準備出来てないけどまぁいいか!行くよシトラ嬢〜」
笑顔の陛下に腕を掴まれ、私はそのまま会場へ足を踏み入れる。準備出来たかと聞いた意味ないじゃん!?国王と私が会場へ入ると、既に中にいた他国の来賓達や、ハリエドの貴族達がこちらを見る。私達の登場と、その後ろからついてくる獣人族のガヴェイン、精霊のウィリアムとディランの姿を見て来賓達はざわめき出す。確かに、獣人族も精霊も、どちらも極めて珍しい人種だから当たり前なのだが。
それに私を見つめる目線も、まるで幼少期の頃に化物と呼ばれていたものとよく似たもので、思わず鳥肌が立ってしまう……が、奥の方にいる家族や兄、そして友人達が見えてそれもすぐに引いた。我ながら何ともチョロい体である。
陛下はそのまま壇上へと私を引き連れて進むが、そこには既に藍色の正装を着たアイザックがいた。こちらへ気づくと背景が歪むほどの美しい微笑みを向けてくるので、前にいた来賓の男性と、そのご婦人が当てられて失神していた。流石リアムの伯父、元祖顔面で人を倒せる男である。そのまま陛下は私を隣に立たせ壇上へ立ち、来賓の方を見て息を吸う。
「本日は我がハリエド国の建国祭へ、ようこそお越しくださった。今日から三日間、我が国で有意義な日々を過せる事を約束しよう」
よく通る声でそう告げると、陛下は私を方を向く。……うん?まさか何か喋れと言っている?そんなの予定にないぞ!?知らないぞ!?私は真っ青顔で首を横に振るが、意地悪そうに笑う陛下は、そのまま私の両肩を掴み自分の前へ無理矢理立たせる。イザークみたいな事しやがって!顔似てなくても性格は同じだな畜生!!私は目の前の来賓達の目線が、あまりにも恐ろしすぎて思わず口の筋肉が変に動く。
……だが、大人の来賓達に紛れて、最前列で目を輝かせてこちらを見ている少女を見つけた。長いウェーブのかかった桃色髪の少女、エメラルドの瞳を輝かせてこちらを見ている。私はそれが陛下ではなく、自分に向けられている事に気づき驚いた。
その輝く表情が私に勇気をくれた気がして、私は目を瞑り深呼吸をする。……500年前にもそう言えば、こんな風に人前でよく挨拶したなぁ。その時には後ろに必ずダニエルがいたけれど。
……私は背筋を伸ばし立ち、目線をその少女へ向ける。
「私は予言の神アルヴィラリアより加護を得た、初代ハリエド国王にして聖女シルトラリアである。500年目の今、私が建国した国が更なる繁栄を願い、友好国であるあなた方との更なる結束を願い、ここに建国祭の開会を宣言する!!」
およそ500年ぶりにこんな大人数の前で喋ったが、まぁいい感じではないだろうか?少なくとも家族友人達は驚いて固まっているので大成功だろう。
私はそのまま呪文を唱えると、会場の床に金色の魔法陣が浮かび上がる。急な魔法に来賓も自国の貴族達も動揺しているが、金色に光り輝き始めた魔法陣は、次の瞬間硝子の花を床に咲かせていく。皆いきなり床に咲き誇る美しい花に驚きと興奮の声を出し、私は自分の足元に咲いた一際美しい赤い花を取ると、そのまま祭壇から降り桃色髪の少女の前に立つ。少女は目の前で立つ私に驚き目を大きく開くが、すぐに我に返った様に頭を下げる。私はそれに笑い、頭を下げる少女に見える様に花を差し出す。
「ようこそハリエド国へ!」
「……え、あっ……」
少女は頭を上げ私を呆然と見つめていたが、だんだんとそれは頬が赤くなるものに変わり、差し出された花を震える手で受け取ろうと、ゆっくりと差し出される手を私は掴み、無理矢理その手に花を握らせる。握らされた花を見て、私を見て……少女は爆発したように真っ赤になり固まるものだから、何かしてしまったのではと慌てる事になるのだが。
それを見ていた陛下は「他国の令嬢にもホイホイ……」と言っているがどういう事だろう?何故友人や家族、そして精霊達は苦笑いをしているのだろうか?
◆◆◆
妹が、目の前で聖女に落とされている。会場の一番奥でそれを見ていた僕は、思わず苦笑いをしながらその光景を見ていた。
建国の聖女シルトラリア。表の歴史では精霊と人間の架け橋となった聖女とされているが、ハリエド国王族と一部の貴族。そして僅かな友好国の王族には、聖女シルトラリアが精霊に召喚された聖女であり、人間と精霊の戦争を終結された英雄である真実が代々教えられている。初めてその真実を父に告げられたのは10歳の頃、妹と一緒に教えられた聖女の真実は、戦いの神を祀るゲドナ国で育った僕達には憧れの存在となった。
……まぁ、まさかその憧れの存在が、あんなお転婆な女の子だった事には驚いたし少々失望したが。かつてゲドナ国にもいた聖女と友人であったシルトラリアは、それはそれは聡明で、強い女性だと書かれていたが、それは話が大きくなっただけなのだと。
けれど、壇上に立ち深呼吸をした後の彼女は、目が離せないほどの存在となった。そのまま雑音のような声を出し、次の瞬間金色の魔法陣と、光と……そして床一面に咲き誇る幻想的な花々を見て、話が大きくなっただけ、という先ほどの言葉を撤回しなくてはならなくなった。
「お転婆で、時より王としての威厳も持ち合わせた人か……」
思わず呟き、口元が緩んでしまう。……先ほどの話を聞くに、自分の顔は彼女の大切な誰かとそっくりらしいし、友好国であるハリエド国の第一王子はもうすぐ留学してくる。……これほど話しやすい環境はない。ここまで船で向かう時には、建国の聖女に興味はあれど王族として冷静になろうとしていた妹が、今ではもう恍惚とした表情を浮かべ彼女を見ているし、一度惚れ込めば絶対に逃さない妹なので、彼女に近づくであろう妹を嗜める為に彼女の側に寄ることも出来る。……一番厄介なのは、自分を明らかに敵視している精霊達だが、それもうまく丸め込めばいい。
「聖女シルトラリア。彼女はどんな人なんだろうか?」
僕は再び独り言を呟きながら、三日間行われる建国祭への楽しみで、胸が高鳴った。