6 気になって追いかけました
会場へ着いてしばらくすると、カーター侯とケイレブがそれぞれ挨拶をし、誕生日パーティーが開始された。
参加人数もかなり多く、私と同じ年頃の令嬢も子息も多い。そして令嬢に至ってはかなり煌びやかな衣装を皆身に纏っており、主役のケイレブへお祝いの言葉を顔を赤らめて告げていた。
兄も同じく令嬢たちへ挨拶をされていくが、スマートに対応していく。私も私で最近ようやく社交場に出てきたレア令嬢として挨拶にくる人たちは多かった。
「シトラ、疲れただろう?今飲み物を持ってくるから絶対にここから離れないでくれよ」
絶対に、という所だけ強く強調して兄は飲み物をとりに向かっていた。…どれだけ私は信頼されていないんだ…。
すると私が離れたのを待っていましたと言わんばかりに強めの令嬢たちが兄を囲み始めたので、流石の兄も飲み物をとりに行くのは時間がかかるだろう。
ふと、会場から見える中庭へ目を向ける。季節の花が見事に咲いている。見惚れていると中庭の奥の物陰から亜麻色の髪が動いているのが見えた。おそらく頭だろうが、背丈は私よりも下くらいだろう。そんなところで何をしているのかと思えば、その頭は中庭の奥へ奥へと向かっていっている。一瞬服装も見えたが、可愛らしい薄桃色のドレスを身に纏っていた。
どうしても気になる…お兄様はもう少し帰ってくるのが遅くなりそうだし、ちょっと声かけてこよう。思えばすぐ行動、私は会場を後にして亜麻色の頭を追いかけた。
「あれ〜?こっちに行ってたと思うんだけどなぁ…」
ものの見事に迷子になってしまった。うちの家より小さいから大丈夫だと思っていたが、中々複雑な建物になっていて、そろそろ兄が飲み物を持ってくるだろうから帰ろうと思っても、会場を見つけることもできなくなっていた。完全にやってしまった。これはまた兄に怒られる。
長い廊下を右も左もわからないまま歩いていると、ふと声が聞こえてくる。助かった。会場に使用人が集結しているためなのか、人にも会えなくてどうすればいいのかわからなかったのだ。
「大丈夫よ、寂しくなんてない。すぐに運命の人が私を見つけてくれるわ」
その声はどうやら少女のようだった。何やら誰かと話しているらしいがよく聞こえない。声の聞こえるドアの前へ向かうと、少し扉が開いていた。どうやらこのおかげで声が聞こえたらしい。隙間から中を少し見ると、そこには先ほどの亜麻色の髪が見えた。
後ろ姿だけだが、亜麻色の髪をツインテールにして毛先を綺麗に巻いており、服は薄桃色の可愛らしくリボンがたくさん使われたドレス。彼女の部屋なのだろうか、部屋にはたくさんぬいぐるみが置かれており、どうやら彼女はその中のひとつのクマのぬいぐるみと話しているようだ。
「きっとその人は、私を信じてくれる」
…なんだか聞いてはいけないものを聞いているきがする。この子じゃなくて他の人を探して道を教えてもらおう。そう思ったが、そっとここから離れようとする際に、履き慣れていない靴のためか、盛大に足をつまずいてドアの方へ倒れてしまった。
ドン!という大きな音ともに私は彼女の部屋へ倒れて入ってしまった。
心の中で『やってしまったぁぁ〜〜〜〜』と叫んだ。聞き耳立ててましたなんて本当に最悪だ。
こちらへ振り向いた彼女は、顔立ちがどこかカーター夫人と似て可愛らしい女の子だった。今にもこぼれ落ちそうなくらいに灰色の瞳を大きくさせて驚いている。
「…」「…」
お互い数秒固まったが、見る見るうちに顔をゆでだこのように赤くさせて、ぬいぐるみを後ろに隠して数歩後ろに下がる。
「な、なななななななななんです!?貴女なんなんですの!?」
外にも聞こえそうな位に大声で叫ばれてしまった。本当に申し訳ない。
「リリアーナ!!!」
するとケイレブがどこからかやってきて、強めの声で彼女を呼んだ。リリアーナという名前なのか。リリアーナは大きく肩を揺らした。
「お前は来賓挨拶に来ないで!何をしている!?…って、シトラ様!?」
倒れている私のことに途中で気づいたケイレブは私を驚いて見ている。そりゃあそうだ。よその家の部屋に倒れているんだから、私もこの状況に吃驚している所だ。
ケイレブは私を見て、さらに厳しい目でリリアーナを見る。
「「また」お前は家名に泥を塗るようなことをしたのか!?」
…また?どういうことだろう?
リリアーナは目に涙を浮かべて震えている。
「…えっと、これは違うのですケイレブ様。実は、私お手洗いに行こうとして、それで迷子になってしまいまして…」
そして私は事の発端をちょっと嘘も交えつつ話した。
流石にリリアーナがこうなっているのは私が悪いのだから、叱責するなら私にお願いします。と伝えるとケイレブは慌てて「そんなことは!」と首を振った。
ずっと倒れているわけにも行かないので立ちあがろうとしたが、どうやら足を捻ってしまったらしい。するとケイレブはぎこちなく手を動かしながらお姫様だっこをした。
「いやいやいや!もっとこう肩を貸すとかそういうのにしてください!?」
「…こっちの方が早く運べますから」
こんなの他の人に見られたらあらぬ疑いをかけられる!
「いやいやいやいや!流石に申し訳ないですから!なんならもう私四つん這いで歩いて自分の馬車へ向かいますから!」
「そんなことさせるわけないだろう!」
そのままケイレブへお姫様だっこで部屋から連れていかれる。私は慌ててリリアーナの方へ声をかける。
「本日は大変申し訳ございませんでした、必ず謝罪のご挨拶へお伺い致しますので…!」
「…」
リリアーナは下を向いて震えていたが、首だけ頷いた。
そのまま私はケイレブにお姫様だっこをされて、流石にこの状態ではパーティーの続きも楽しめないので馬車へと連れていかれている。彼も気を使ってか、貴族が来ない使用人の使う廊下から馬車へ向かっている。…そのおかげで他の貴族には見られないが使用人たちには黄色い悲鳴を受けながら進むこととなっているが、まぁ、いいだろう。
「妹のリリアーナが大変ご迷惑をおかけいたしました。本来ならば皆様に挨拶をする立場でありながら…」
「いえ!私が全部悪いですし、リリアーナ様は悪くありません!…今も大変ご迷惑をおかけしておりますし」
そう伝えるとケイレブは顔を一気に赤くさせるが、何度か咳払いをして。
「いえ…シトラ様はとても軽いですし、それに、その……最初のご挨拶から全く話せていなかったので、とても今は役得といいますか…」
最後の方はだんだんと声が小さくなっていったので聞こえなかったが、とりあえずは怒ってないようでよかった。いや〜うちと共同事業もしている家の次期当主に嫌な印象でもつけた時には、父には怒られないだろうが兄には相当怒られるだろうからなぁ〜。
そういえば、と私はまだ顔の赤いケイレブへ目線を向ける。やはり恥ずかしがり屋さんなのだろうか、どんどん赤くなっている。
「先ほどのリリアーナ様の件ですが、「また」とはどういうことで」「シトラ〜?」
話し終わる前に背筋が震えるような声が聞こえてくる。
声の主はわかっている。わかっているが声の方へ向きたくない。
「俺は言ったよね?「絶対にここから離れるな」と」
声はどんどんとこちらへ近づいてきて、そしてケイレブが「え!?」と驚いた声と共に私の体も無理矢理違う人物の腕の中へ収まった。
お姫様抱っこを同じくされているが、先ほどより少し華奢な腕だ。しかし軽々と私を抱いている。どこにそんな力がある。
「それなのにどうして足を挫いて、そしてどうしてケイレブに抱かれてやってくるんだい?」
ちらりと声の方へ目を向けると、そこには禍々しいオーラを放つ兄がいた。
そのまま私はケイレブにお礼も伝えれないまま馬車へ運ばれ、家へ帰る最中も家から帰った後も、夫人会帰りの母が助けてくれるまで延々と説教が続いた。
次の投稿は明後日となります。