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6 建国祭の準備は大変です

例年春に行われるハリエド国の建国祭は、初代王である聖女シルトラリアを讃え、国の繁栄を願う祭だ。


城下町では聖女の色である藍色の装飾を飾り、王族も貴族も平民も皆その日は藍色の衣装を纏い建国を祝う。記憶が戻るまで私も藍色の衣装を身に纏い、クロエと城下町でその日しか出ないお菓子を買いに行ったものだ。だが記憶が戻った今、自分を祝われているこの祭がものすごく恥ずかしい。

前に国王が貴族に公表した私の正体は、特に箝口令もされていなかったので今では他国にも知れ渡っている程だ。そのお陰で今回は教会と王族が共同で建国祭を開催し、当日は城で来賓を集めた舞踏会が行われる。


「教会から舞踏会の来賓リストを貰った。当日までに覚えておくように」


朝、兄に呼ばれ執務室へ向かった私は、分厚い資料を渡される。内容は兄の言う通り来賓リストだが、量が可笑しくないか?二部間違えて刷っていないか?


「近辺諸国から遠方諸国まで、ざっと800人ほど当日は来る予定だ」

「800人!?」

「各国の歴代の聖女聖人の中でも、建国の聖女シルトラリアは特に有名だからな。お前を一目見ようと、予想より多くの出席希望が出たそうだ」


私を見た所でそんじょそこらの、しょーもない女だが。見たからといって、ご利益がある存在でもないのに何故そこまで来る?暇なのか王族貴族は?この膨大な資料を当日までに覚える事など私には出来るはずがない。……当日、確かガヴェインが護衛として側にいるんだよね?父には関わるなと言われているが、この国が恥をかく可能性もあるので半分手伝ってもらおう。机に頬杖をつきながら兄はこちらを不機嫌そうに見る。


「シトラ。人に頼らず、自分で、覚えるんだよ?」

「……………ハイ」


兄には私の考えている事はお見通しなのか、「人に頼らず」と「自分で」を強調された。その後ため息を吐いて、困ったように笑いながら私の頭を撫でる。


「全部を覚えなくてもいい。流石に一日の舞踏会で800人も挨拶できないだろう?当日個別で挨拶するであろう要人だけチェックを入れているから、それだけ特に覚えなさい」

「お、お兄様……!!!」


なんて出来る男!優しい兄なんだお兄様!!私は本当にこんな素晴らしい兄を持って幸せだ!私は執務室の椅子に座る兄に駆け寄り抱きつく。流石に驚いたのか肩を震わせたが、私の兄に対するこのブラコンぶりを知っている為か、特に阻止する事もないのでそのまま抱きつく力を強める。


「お兄様大好きですっ!本当に有難うございます!!」

「えっ、あっ、や、気にするな」

「大好きなお兄様の妹として恥じぬ様、このシトラ・ハリソンは!完璧に覚えて見せます!!チェックの所だけ!!!」

「あっ、ああ」


兄から離れ、私はお辞儀をし兄の執務室から出る。廊下を歩きながら資料をもう一度見ると、他国の姫や貴族の令嬢の名前も書かれている。そうだ!当日は各国のお偉い方々に会えるのだから、ついでに兄に相応しい令嬢でも探して見よう!兄は理想がかなり高いのか、溢れるほどある婚約話を断り続けていると聞いている。他国の女性なら、もしかしたら兄が気に入る人がいるかもしれない。私は燃え盛る闘志を胸に、早速覚えようと自分の部屋までスキップをしながら戻るのだった。



その後、最近公爵家の仕事の他に建国祭の準備もしていた兄は、疲れが溜まったのか熱を出してしまったらしい。メイド長によると「無理ぃ、あれはもう無理ぃ」とずっと言っているそうで、建国祭の準備が弱音を吐くほど忙しいのかと心配になったが、何故かメイド長は「坊っちゃまもお年頃ですから」と悟りを開いたような表情でこちらを見てくるのは、ちょっと意味が分からなかった。






◆◆◆





その後建国祭の準備は進んでいき、今日は教会で、当日着る予定の祭服の調整に来ている。前に国王主催の舞踏会で着用したものを改造して、今回は来賓用に豪華な仕様になるらしい。別に前ので良いのではないかと思うが、ハリエド国の名誉に関わる事だそうで、当日の自分の立ち位置に今更ながら緊張してきた………が、今はそんな事を考えている場面ではない。


「娘が身に着ける宝石は青一択だろう!!純潔な聖女には青が一番似合う!!」

「馬鹿かお前は。聖女の暖かな心を表せれる赤しかないだろう」


右手に、前回のギルベルトの説教により改心(恐怖とも言う)したのか、やや着崩しているがちゃんと服を着ているディラン。左手には、何故か騎士団団長の証である、白い騎士団服を着ているウィリアムが。私を挟むようにお互いを睨みつけ、当日私が着けるブローチの色について言い合っている。

今回の建国祭では私が公式で出る初めての祭なので、精霊達も当日はかなりの人数が来るらしい(滅多にお目にかかれないのではないのか精霊達よ)その為ハリエド国に常駐している精霊も建国祭の準備を手伝っているそうで、二人ともその為に教会へ来ていたらしいが、私の当日着る服に興味津々で、勝手に着いてきてこれだ。ディランは青、ウィリアムは赤と全く譲らない。どうでも良いのでそのままにしていたが、もうかれこれ30分ほどこの話で喧嘩をしている。向かいにいるアメリアも顔を引き攣らせながら二人を見ており、しかし注意すると更に面倒な事になるのは確実なので無言だ。


「はっ!暖かな心とか言っているが貴様、炎の精霊である自分と同じ色を娘に身に付けて欲しいだけだろ!この粘着変態精霊が!!」

「その言葉、そっくりそのまま返すぞ親馬鹿露出狂精霊が」


段々と暴言になっていっていき、左右から水の音と炎の熱が出た所で……私は我慢の限界が来て立ち上がり、二人の頭を同時に殴る。思いの外強く殴ってしまい、二人はブローチの並べられたテーブルに痛そうな音を出しながら顔をぶつける。アメリアも思わず手で顔を隠すほどの威力だった。


「いい加減にしなさい二人とも!!そもそも私が決めるのであって!二人が決める事じゃないでしょ!!」

「娘に叩かれた!!」

「っ、ああッ!!!良いッッッ!!!」


ショックなのか潤んだ目でこちらを見るディランと、体から湯気を出しながら、軽く鼻血を出して興奮しているウィリアムがこちらを見る。おいやめろウィリアム、おかわりは無いからそんな物欲しそうな目で見るな。私は二人を無視してテーブルに置かれたブローチを見て、そして一つのブローチを持つ。


「アメリアさん!これにします!」

「えっ?あ、はい!……藍色ですか?」


私がアメリアに差し出したのは、藍色の宝石が埋め込まれたブローチだ。二人が希望していた色ではないので、左右から最古の精霊とは思えないほどにションボリした表情をされる。アメリアもどちらかを選ぶと思っていたのか少し驚いていて、私はそんな三人にわざとらしくため息を放つ。


「聖女の色である藍色なら無難でしょ?………それにこのブローチ、宝石の周りに金の装飾があって……まるで精霊の瞳みたいで、大好きな皆が側にいる様な感じがして……良いじゃん」


最後の方は恥ずかしくなってしまい、下を向きながら小さな声になってしまった。先ほどまで騒がしかったのに、三人とも無言になっている為引いたかと思い顔をあげると、三人とも頬を赤くしながらこちらを凝視していた。何故だ。目の前にいたアメリアが、震える指をさしながら口を開く。


「何でそんな恥ずかしい事言えるんですか!?そういうのやめた方がいいですよ!どんだけ信者ホイホイ増やそうとしてるんですか!!」

「信者ぁ?」

「娘が愛くるしいのは知っていたが!!やり過ぎた娘よ!パパは心配だ!!」

「えっ?」

「クソッ!!こんな貴女を人間共に見せ物にしなくてはならないのか!?」

「はぁ?」


さっきからこの三人が、頬を赤くして言ってくる言葉が分からない。精霊って考える事が人間と違うからなぁ、変な事言っちゃったかな。アメリアは腰掛けるソファにだらし無くもたれる。その際胸が嫌でも強調され、私は思わず自分の胸を見て唇を噛み締めた。


「ほんっっと!ママに聞いた通りの人ですね、シトラ様って!」

「ママ?」


精霊に母親なんているのか?と首を傾げている私に、鼻血を拭うウィリアムが答えた。


「通常は、精霊はアイザックとノアを除いて、定義や自然が神の恩恵を受けて生まれるが。アメリアは神と神から生まれた精霊だ」

「……えっと、つまり?」

「人間と人間が愛し合って生まれた赤子の様に、神と神が愛し合って生まれた精霊と言う事だ」


私は思わずアメリアをもう一度見ると、彼女は胸を揺らしながら可愛らしくウィンクをした。まさか神同士で愛し合うと精霊が生まれるとは……うん?ママに聞いた通りとはどういう事だ?


「アメリアさん……あの、私、貴女様のお母様にお会いした事が……?」

「そこまでは私も詳しく知りませんが、でもシトラ様って予言の神以外の神からも、結構興味津々に見られてますよ?人間でここまで精霊に愛されるの、神の加護を得た存在でも珍しいですし。昔と違って神も聖人聖女を頻繁に召喚しませんしね〜暇なんじゃないですか?」

「私神様達から、暇潰しの娯楽として見られてるの!?」


神様って何処まで見てるんだ!?お腹出して寝てる所とか、魔法を精霊にブチかます所も見ていたのか!?そのうち夢の中で神様からクレームとか受けないか!?


「ママもクソ親父も、シトラ様の事大好きでしたよ?クソ親父なんて「阿呆だが肝っ玉が座ってる」ってママ以外で初めて褒めてましたし」


アメリア、神様をクソって言うんじゃない。しかし取り敢えず、アメリアのご両親の神からは高評価でよかった。私はこれからいつ見られても大丈夫な様に、身だしなみだけはしっかり整えようと決意した。










ハリエド国まで向かうため、大海原を渡る船がいた。大砲を乗せた、船ではなく軍艦と呼ぶに相応しいそれは、この世界で唯一の軍事国家であるゲドナ国の国旗を掲げている。船の先頭で、長い金髪を靡かせながら少年が双眼鏡を覗いている。少年はハリエド国を見ると、嬉しそうに口に弧を描いた。


「500年前の戦乱を収めた聖女か、どんな娘だろうな」


その少年に、後ろから現れた桃色髪の淑女が呆れた表情で見る。


「ルーベン兄様、いつまでそこにいるのですか?もう直ぐハリエド国に付きますよ」


その声に反応して、ルーベンは双眼鏡を外し、エメラルドの瞳を細めて後ろにいる妹に笑いかける。


「マチルダお前だって、英雄と名高い聖女シルトラリアに会うのが楽しみだろう?」

「それはそうですが、ルーベン兄様ほどはしゃいでません。……全く、次期ゲドナ王がみっともない」


妹がわざとらしくため息を吐くのを、ルーベンは微笑んで見る。しかしそれでも彼は、海の向こうに見える国の、建国の聖女への興味で胸が高鳴った。


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