5 諦めれない
来月行われる建国祭は、従来とは違い他国の要人も呼ぶ事になっている。今は確認も兼ねて私と父であるジョージ国王は、王弟であるアイザックから説明を受けていた。兄である第一王子は留学の準備がある為来てはいないが、当日は流石に出席する予定だ。
アイザックが当日の予定を告げていると、大広間の扉が突然開かれた。何事だと扉を見ると、そこには国王の前とは思えないほどに着崩した、もはや上半身が丸見えの姿の、褐色の男がいた。瞳が金色なので精霊なのだろうが、背中に寒気が出るほどに目を鋭くさせている。扉の前にいた精霊は一瞬でアイザックの目の前に現れ、彼の首を掴み壁に打ち付ける。打ち付けられた壁が亀裂が出来るほどの衝撃で、大広間にいた側仕えが悲鳴をあげる。突然現れた精霊とその行動に驚いていると、再び扉が開かれ、シトラが現れた時にはまた驚く。
「シトラ!?」
「ご機嫌麗しゅうギルベルト様!!」
早口で挨拶をすると、そのまま褐色の精霊に説得している。私は慌てて側仕えに衛兵を呼んでもらい、自分もシトラの元へ向かおうとする。……だが、意を決した表情をしたシトラは、その精霊の腕に抱きつく。
「……パパぁ!シトラっ、パパが怖い顔するやだぁっ!!!」
…………向かう足を、思わず止めてしまった。言葉も意味不明だが、なんだ今の甘ったるい声は?なんだその顔は?聞いた事がない彼女の姿を、なぜそこの露出狂が受けているんだ?彼女はそのまま自ら精霊に抱きつき、それはもう可愛らしい表情を向ける。
「パパ……シトラの事、なでなでして?」
なん、なんっだその顔は!?そんな顔された事ないが!?彼女の社交界デビューの舞踏会で、告白した時もそんな顔してないが!?むしろその首を絞められている精霊の所為であやふやになり、最終的には冗談だと思われてしまっているんだが!?嫉妬と怒りに思わず顔が引き攣るが、今は他の目もあるので唇を噛んで抑える。露出狂は頬を赤く染めシトラを抱き寄せ、淑女である彼女の体を撫でくり回している。
「我が愛しい娘よ!!怖がらないでくれ!!パパが沢山なでなでしてやろう!!!」
「ワーイ!パパダイスキー!」
アイザック、見ていないでその二人を早く止めろ。呆然としているんじゃない、そんなだから父に言いように使われて仕事量が増えているんだぞ。……私は、そのまま父と娘の抱擁、と絶対に言えない様なものをしている二人を止める為に、再び歩みを進めた。
◆◆◆
大広間での殺人事件を未遂に終わらせた私は、国王陛下の前で騒動を起こしたためか、怒りを露わにするギルベルトに、ディランと共に首根っこを掴まれ城の応接室に連れて行かれた。そしてギルベルトにネチネチと、まるで小姑の様に先ほどの件について怒られた。その間もディランはいい笑顔で私を後ろ抱きしていたので、その態度が気に入らないのかギルベルトは美しい顔を引き攣らせていく。
私悪くないよね?ねぇ私悪くないから牢屋送りやめてね?とこの後の運命に嘆いていると、私の魔法の跡を辿ったのであろうガヴェインとリアムが突然移動魔法で現れたので、意識が逸れたギルベルトは、ため息を吐いて私を解放してくれた。奇跡的にお咎めなしで帰れる幸運を噛み締めながら、ディランはまだ説教が続く様なので置いて行った。ディランは500年ぶりにパパと呼ばれて喜んでいるので、まぁ大丈夫だろう、多分。
「シトラ様!」
応接室から出ると、廊下で待っていたのであろうアイザックが声をかけてきた。相変わらず顔面で人を倒せそうな精霊だ。そう言えばアイザックと話したのは、聖女の墓で爆撃魔法をアイザックへお見舞いした時以来だったか?
「アイザック様お久しぶりです。首大丈夫ですか?」
「あっ、はい。………えっと、先ほどは有難うございました。お陰で助かりました」
「いえいえ、お気になさらず」
アイザックは首を触りながら下を向いて、おぼつかない声を出す。……理由はおそらく、私の後ろにいる、眼光を鋭くするガヴェインとリアムの所為だろう。私を刺した事件からまだ数ヶ月、私が許したと伝えて皆納得はしてくれたが、それでも友人と、守る聖女がアイザックによって死にかけたのだ。私は小さくため息を吐いて後ろの二人を見る。
「ちょっと、王弟殿下と二人にさせてほしい」
その言葉に二人は一層険しい表情になった。だがこの数ヶ月のアイザックの反省ぶりを分かっているからか、最終的には二人ともため息を吐きながら、先に外で待つと告げて二人は歩いていく。私はそんな二人を見届けて、そして再びアイザックへ顔を向ける。
「……本当に大丈夫?思いっきり強く掴まれてたよね?」
私はアイザックの目の前で立ち、掴まれていた首に触れようと手を伸ばす。一瞬震え離れようとしたアイザックだったが、すぐに収まり私の手は無事に彼の首に触れた。真っ赤に腫れた手形が残っており、私はその痛々しさに思わず眉に皺を寄せて、治癒魔法を唱える。……金色の光と共に、首の腫れが治り私はほっとため息を吐く。
「よかった、もう痛くないでしょ?」
「……………」
私の声掛けも無視して、アイザックは下を向いたままだ。もしやまだ痛みがある箇所があるのかと思い、声をかけようとした所で、首に触れていた手をアイザックの大きな手で掴まれる。……どうした!?まさかこの前の、爆発魔法ブチかました事に対する仕返しでもするのか!?
「……本当、君ってずるいよ」
そう呟きながら掴まれる手が強くなる。痛みはないが、アイザックの手が震えている事に気づき、私は目を大きく開く。
「もう、成就する見込みがないって思っても、諦めようとしても……そうやって、俺の気持ちを愚弄する」
「……アイザック?」
本当にどうした?愚弄?やはり私は仕返しをされるのか?とりあえず、下を向くアイザックの表情が怒っていない事を願いつつ、私は背伸びをして彼の顔へ近づく。
美しい銀色の髪で隠れているので、そっと反対の手で触れて顔を見ると……その顔は、真っ赤になっていた。アイザックは私を見つめて、口を動かす。
「君がそんなだから……俺は、君を諦めれないんだよ」
普段の大人になった彼と違う、初めて出会った、少年時代のアイザックを思い出させるその可愛らしい表情に、私は彼と同じくらいに顔が赤くなってしまう。アイザックの伝えている意味を聞こうとしたが、問いかける前にすぐ隣の応接室の扉が大きな音を鳴らして開く。
そこには説教により、頬が痩せこけたディランを引きずるギルベルトが、私達に笑顔を向けていた。
「………反省が、足りない様ですね君は?」
笑顔を向けているが目に光がない。廊下の空気が先ほどの大広間よりも凍えるほど寒く感じる。
私はアイザックと震えながら王子……ではなく魔王が何故怒っているのか、どう反省したらいいのか考えつつ、自分の死を覚悟した。