4 羞恥心?何それ?
「本当に精霊と人間が混じっているな!?まさか魔術で、この様な生命体を産むことができるとは………ハッ!?ノアの子供という事は、お前は俺様の……孫!?」
「違います赤の他人です」
リアムは死んだ様な目をしながら、肩を掴むディランに棒読みで反論する。
あれから私は、父にこの露出狂は精霊で、かつて自分を召喚した人物であると説明をした。最初こそ半信半疑の父も、ディランが降り立った川の変貌と、水魔法を使うディランを見てようやく信じてくれた。
神に愛された存在である精霊を、手荒く扱う事はハリエド国では禁止されている為、物凄い嫌そうだったが父はディランへ服を用意してくれた。その為貴族らしい正装をしているディランだが、上半身に何かを着るのが嫌だそうで、胸元のボタンを閉めずにだらしないが、まぁ上半身裸よりいい。丁度その時に使用人から、リアムが遊びにきた事を告げられた。リアムの名前が出た途端、ディランは目を輝かせて「人間と精霊の子供!」と会いたがった為、今この様な状態となっている。誰だリアムの事教えたのは?おかげでリアムさんが、ディランがウザくて不機嫌になってらっしゃるぞ。私はガヴェインとお茶を啜りながら二人の様子を見る。
「そういえば、ディランは旅に出る前は何してたの?」
私の質問に、ディランはリアムを掴んでいた手を離しこちらを見る。離されたと同時に、リアムは颯爽とディランから離れ私の隣の席に座る。……マジでお疲れ様っす、リアムさん。
「旅に出る前は、ハリエドの国境沿いの町で干ばつした大地に水を与えたり、漁獲量が減った地域に魚が住みやすい様に浄化したり、大雨の影響で川が氾濫したのを止めたりしていたな!!」
「聖人みたいな事してるじゃんこの精霊」
「はっはっは!俺様が神の様だって?そう褒めるな愛娘よ!照れる!!」
「自分で自分の評価上げてくるじゃんこの露出狂」
声高々に笑う精霊を呆れた表情で見つめていると、横からリアムが肩を軽く触れて、耳元で小さな声を出す。
「このバ……精霊は本当に、500年前にシトラを召喚して、母様とアイザックを創った精霊なのかい?」
「本当です。こんなんでもウィリアムと同じ位の古株の精霊で、魔法研究に関しては右に出る人いません」
絶対今、バカって言おうとしただろリアムよ。私は同じ様に小声で話すと、彼はやや引き攣った表情でディランを見る。……わかるよ、自分の祖父がこんな空気読めない精霊だなんて、思わなかったよね。ガヴェインも流石にリアムに同情してしまったのか、私と同じような表情でリアムを見ていた。ディランはそんな三人の姿を見て、少し考える様なそぶりを見せたと思えば、金色の瞳が私を見た。
「シルト……いや、今はシトラという名か。お前はどうなんだ?」
「どうって?」
「お前を殺した宰相だ。魔術で蘇ったのだろう?見つけたのか?」
「………あー」
そうか、ディランは辺境地ばかりにいたから、只でさえ闇に葬られた事件の詳細は、彼には届かなかったのだろう……実は宰相じゃなくてアイザックが殺しました。しかもこの前も殺されかけました、なんてこの精霊には言えない。私が言葉を濁すので、リアムもガヴェインも察して無言になっている。この二人の空気読み具合を、この精霊にも分けてやりたい。
三人とも無言になっているのを見て、ディランは少し険しい表情になりながら、手を私の目の前で翳しながら呪文を唱える。私は何をしているのか理解し離れようとしたが、遅かった。私の頭からこれまでの記憶を読み取ったディランは、目を大きく開いて、そして翳していた手で強い拳を作る。
「ま、待ってディラン!!!」
私は引き止めようと声を出すが、その声を聞かずにディランは移動魔法で姿を消した。あまりの突然の事にリアムとガヴェインは驚いているが、説明している暇はない。私は大きく舌打ちをしながら、ディランの跡を追うために移動魔法を唱える。
ディランを想像しながら移動魔法を唱えた結果、ついたのはやはり城の中だった。ハリエド国王との謁見の為にある、城の大広間近くの廊下に着地した私は周りを見てディランを探す。その時、大広間から聞こえる大きな音共に聞こえる使用人の叫び声に、私は慌てて不作法だが大広間の扉を開けた。
大広間の中にはやはりディランがいた。青筋を立て恐ろしいほどの殺意を、壁に押し当て首を掴んでいるアイザックに向けている。アイザックは苦しそうな表情でされるままだ。大広間にはディランとアイザックだけでなく、現ハリエド国王であるジョージ・フィニアスと、第二王子のギルベルトがいた。いきなり扉を開けた私にギルベルトが気づいて驚いた表情を向ける。
「シトラ!?」
「ご機嫌麗しゅうギルベルト様!!」
私は早口で挨拶をすると、アイザックの首を掴むディランの元へ向かう。ディランはアイザックの首を絞める力を更に強くしながら、ゆっくりと口を開く。
「500年前にシトラを殺したのはお前だと?しかも、二度も手をかけただと?」
「っ……」
「お前達を創造する際に、少しでも人間らしさを出そうと感情を創ったのが間違いだった。……まさかこんな愚行を、俺様に隠していたとはな」
アイザックは呼吸ができない事で真っ青になっていく。私はディランの側に着くと、慌てて彼に向けて叫ぶ。
「ちょ、ちょっとストップ!!!アイザックの事はもう終わった事だし!私許してるから!!」
だから首を掴む手を離せと、腕を引っ張ってみるが全くびくともしない。先ほどまで大らかだったディランは、怒りのあまり私の声が聞こえないのか無言だ。しかし早くアイザックから離さなければ、突然の出来事に困惑した表情の陛下と、ギルベルトの目の前で殺人事件が勃発する。どうにかしてこの露出狂をアイザックから離さなければ……私は頭をフル回転させた結果、かつて私が、ディランの大切にしていた魔法薬を割って床に落とした際にした行動を思い出す。正直死ぬほど恥ずかしくて一生やりたくないと思っていたが、他の方法を考える時間はない。
私は決心して、アイザックの首を掴んでいない方の腕に抱きつく。そこまでして漸くこちらを見たディランへ、私は上目遣いで見つめる。
「……パパぁ!シトラっ、パパが怖い顔するのやだぁっ!!!」
…………大広間の空気が、恐ろしく冷たい。国王とギルベルトも固まってこちらを見ている。なんなら首を絞められているアイザックも驚愕した表情を向けてくるが、アイザックお前は早く逃げてくれないか。
だが、ディランだけは違った。身体中を震わせながら、首を掴む手の力を緩めていく。私はもう一押しだと思い、今度は腕ではなく胴体へ抱きつき、自分が出せる渾身の、精一杯の可愛い顔を向ける。
「パパ………シトラの事、なでなでして?」
「……………くぅっ!!!!!」
遂に首から手を離したディランは、頬を赤く染めながら私を強く抱きしめる。片腕で抱き、もう片方は私の頭や頬や背中と、さまざまな場所を撫でくり回す。
「我が愛しい娘よ!!怖がらないでくれ!!パパが沢山なでなでしてやろう!!!」
「ワーイ!パパダイスキー!」
こうして私の犠牲をもって、城の大広間での殺人事件は未遂に終わった。