1 ちょっと望まれ始めた聖女
今から500年前、精霊は一つの国に迫害を受け、数で敵わず数を減らしていた時代。その際に精霊は聖女召喚の魔法を完成させ、そして別世界から娘が召喚に答えた。予言の神の加護を得た娘は聖女として精霊を守り、そして人間との戦争を終わらせた。聖女シルトラリアは、その後人間と精霊が手を取り合うハリエド国の初代国王となる。
……と、まぁそこから色々あって、当時の宰相にプロポーズされたり、されたと思ったら精霊に刺されて殺されたり、と思ったら500年後に蘇り公爵令嬢として過ごしたり。……よくよく思い返してみれば、私の人生は波瀾万丈、昼ドラに出来ると思う。いや、この話を本にしたら売れるんじゃないか?あーでもこの国では精霊と人間は、最初から手を取り合って建国したとか、そんな風になってるんだっけ?危ない危ない、暴露本を発行する所だった。
「おいアホシトラ、聞いてんのか?」
「え?あ痛っ!?」
いきなり横から頭を叩かれて、私は叩かれた相手へ顔を向ける。そこには教会の聖騎士の証である、藍色の制服を着たガヴェインが仏頂面でこちらを見つめている。頭についた狼の耳は忙しく動いており、不機嫌なのが耳だけで分かる。な、殴ったな!?しょうもないけど一応貴族な私を殴ったな!?
「仮にも公爵令嬢で、護衛対象に何してくれるのさ!これ以上馬鹿になったらどう責任持つの!?」
「もうどれだけ叩こうが、お前はこれ以上馬鹿にならねぇよ」
「んだとコラーーー!!!」
反省の色もなく、気だるそうにするガヴェインを見て私は地団駄する。何だよ!私は一応、お前よりも位が高いんだぞ!ちょっとは敬ってくれてもいいじゃん!!私の態度を見て、ガヴェインは更に鼻で笑ってくるものだから、もう腹が立ちすぎて勢いよく襲いかかろうと突進するが、片手で額を掴まれ近づけない。強くて頼りになる騎士だな!チキショーー!!!
「えっと、話続けていいですかねぇ?」
そんな私達の争いを、向かいに座るアメリアは顔を引き攣らせながら止める。私は慌てて突進をやめて、アメリアに顔を向ける。
「す、すいませんアメリアさん。それで、下町のおすすめのクッキーですが」
「話していた内容と擦りもしないんですけど」
「………話聞いていませんでした!!!」
だってお昼ご飯食べた後だし、ちょっと色々な方々に、冒頭これまでの説明とかしてたし!!ガヴェインは唇を噛み締める私を見て、再び鼻で笑うので、私は彼の頭につくふわふわの耳を見て怒りを沈めた。アメリアは呆れた様にため息を吐いた。
「一ヶ月後に我がハリエド国の建国祭があります。その際友好国の王族や貴族、そして他国の聖女聖人を招く予定ですが。シトラ様は我が国の聖女として、来賓の対応をして頂きます」
「あ〜そういえば毎年ありますよ…………んえ?」
「お前、本当に聞いてなかったのかよ……」
見なくても声でわかる、ガヴェインは呆れている。アメリアは咳払いをして、再び話を続けた。
「毎年教会主催で、国だけで行なっていますが。建国の聖女シルトラリアが復活したり、500年間王弟殿下が同じ精霊だったなど……もう毎日毎日毎日!他国に真偽の確認が来て大変なんですよぉ!もうそれなら!建国祭で皆呼んで本人達で話し合ってもらおうと!もう偉い人にへこへこするのめんどくさくて〜〜〜!人の為に働きたくない!気まぐれ精霊だもん!無理!!」
「だもんじゃない!諦めないでください!!私無理ですよ偉い人と話すのなんて!!」
私は立ち上がりアメリアの肩を前後に激しく揺らす。その際豊満な胸が勢いよく揺れるものだから、ガヴェインは居た堪れなくなり目線を下に向ける。しかし私は諦めない。一応公爵令嬢であるがもう末端、城下町へ行けば平民と間違えられるほどの貴族らしさがない私が、他国の偉い方の対応!?国が滅びるぞ!?もう一回建国出来ちゃうぞ!?アメリアは揺れながら、してやったりな表情を向ける。
「諦めてくださいシトラ様、もう大司教から国王陛下に許可は取ってます!」
「はーー!?どこだ大司教は!?今すぐ国外に飛ばしてやる!!」
「大司教は本日、第一王子の公務でお休みです〜」
教会へ来るたびに「やっほ〜シトラ様!」と呼んでもいないのに現れる大司教が、今日はいないと思ったら逃げやがったな!?私はアメリアを揺らすのを辞めて、ここに居ない大司教兼第一王子のイザーク・フィニアスへの怒りで拳を作る。アメリアは肩を触りながら息を吐いて、私へ顔を向けた。
「大司教も建国祭が終わり次第、留学に行かれるので忙しいんだと思いますよ〜」
私はその言葉に驚いてアメリアを見ると、彼女も少し驚いた様な表情をする。
「え?知らなかったんですか?大司教、ではなくイザーク第一王子殿下、友好国のゲドナ国へ数年ほど留学されるんですよ?というか留学という名の、ゲドナ国の第二王女とのお見合いみたいですけど」
「………知らなかった」
あの、ふざけた態度の大司教が留学?お見合い?……ゲドナはハリエドの古い友好国で、戦いの神を祀る国の為、軍事国家として栄えている。まだ私が聖女シルトラリアと呼ばれていた時に、当時のゲドナ国の姫と仲良くしていた事がある。軽く剣術を教えてもらおうと願い出たら、一撃受け止めるだけで2メートルほど飛ばされたので恐怖に怯えたものだ。あの時私は、この国と姫には絶対に逆らわないでおこうと固く決意した。……しかし、確かに第一王子である大司教は、もう婚姻しても可笑しくないほどの年齢だ。むしろなんで婚約者いないの?人気ないの?と思っていたので、素直に喜んでいる気持ちと、いいのかあの男で?というお見合い相手への同情がせめぎ合う。
……まぁ、関係ないしいいか。取り敢えず今度大司教に会ったらグーパンをお見舞いしておこう。その後、アメリアから当日の予定や来賓客を教えてもらい、日も暮れるので一先ずそこで話は終わった。
◆◆◆
「お姉様聞きましたわ!今度の建国祭では、お姉様は我が国の聖女として、他国の来賓が頭を垂れるのでしょう!?」
「うん、リリアーナ。どこでどうなって、そんな話になったのか聞いてもいいかな?」
公爵家へ遊びに来たケイレブとリリアーナと、いつもの様に温室でお茶会をしているのだが、リリアーナは何処からか建国祭の話を聞いたのか、可愛らしい顔をうっとりとこちらに向けて、大分斜め上の解釈をしている。リリアーナには私はどう見えるんだ?頭を垂れさせる様な女に見えているのか?隣で話を聞いていたケイレブが呆れた様にリリアーナを見る。
「リリアーナ、シトラは来賓の対応をするんだ。頭を垂れるとかそういうのじゃない」
「あら、そうですの?まぁでも崇拝はされますでしょう?」
そんな可愛い顔できょとんとして、何でしゃべる言葉がぶっ飛んでいるんだリリアーナ。彼女は私を姉として慕ってくれているが、最近それが暴走している気がする。おそらくまたお茶会で嫌な事でもあって、こんなに毎日の様に来るという事は、本心で話せる友達も少ないのだろう。そうなると、きっとストレスが溜まって発散するためにここへ来ているのだろうか。こんなに可愛くて優しくて頭もいいリリアーナが、過去の出来事でまだ苦しんでいるなんて。私は立ち上がりリリアーナの前へ行き、彼女の手を握る。それに小さく悲鳴をあげたリリアーナは、恥ずかしいのか頬を少し赤くする。そんな所もめっちゃ可愛いのに!!
「私はずっと、リリアーナの側にいるからね」
「お姉様!?……そ、そんな!困ります私!そんな事言われたら、只でさえ抑えているお姉様の気持ちが……新たな道を開きそうな気持ちが!!」
「抑えなくていい!私が全部受け止めるよ!!」
「お、お姉様ぁぁああ〜〜〜〜〜〜!!!」
今にも泣きそうになって、余程辛い思いをしていたんだろう。私はリリアーナをきつく抱きしめ、私の親友をこんな顔にさせた相手を必ず見つけ出して、小指が角に当たる位のアンラッキー魔法でもかけてやろうと心に誓う。
それを見ていたケイレブは、紅茶を啜りながらこちらを引き攣った表情で見る。
「……兄妹で取り合うとか、本当に嫌なんだが」
何か小さな声で呟いているが、おそらくケイレブも何か嫌な事があったんだろう。リリアーナが泣き止んだら、今度は兄の方とも友情の抱擁をしなくては。私はどんな事があっても二人の味方だと理解して貰わなくてはならない。
そうして私は、リリアーナの後に不貞腐れていたケイレブへ抱きついた。恥ずかしがり屋のケイレブは、顔を真っ赤にしながら離れた公爵邸まで響く程の悲鳴をされ、それを聞いた兄に事が発覚し、夕食まで兄の執務室で、怒涛の説教と、淑女としての立ち振る舞いを教えられた。私は何故ここまで怒られる事になったのか分からないが、兄に歯向かう事は死を意味するので大人しく床に正座をして聞いた。
同時刻、城で建国祭の準備をしていたアイザックは、目に隈を付けながら机の上に山の様にある資料を確認していた。あともう少しで、一つの事案をまとめ終わろうとしたその時、いきなり王弟室の扉が蹴破られる。蹴破られたドアは、机に当たり資料が部屋中に散らばっていく。
「俺様が帰ってきたぞ!!我が子よ!!!」
そこには褐色の肌の、背中を覆う程の薄青色の長髪を持つ、金色の瞳を持った男の精霊がいた。アイザックはその精霊の存在を知ると目を大きく開け、信じられないものを見るように怯えながら精霊の名前を叫ぶ。
「ディラン!?お前旅に出るって言ってたから、てっきり100年は帰ってこないかと!」
「創造主にお前とはなんだ!?お父様か若しくは父上と呼べ!!……実はな、我が愛娘シルトラリアが記憶を取り戻したと巷で聞いて、居ても立ってもいられず至急戻ったのだよ!!!」
この精霊の名前はディラン。かつて聖女召喚の魔法を成功させ、聖女シルトラリアを召喚した水の上位精霊である。
第二部も無事に開始出来ました!
どうそよろしくお願いいたします!