51 望まれなかった聖女は
私がアイザックに再び刺された事件から、もう一ヶ月ほど過ぎようとしている。
私は今、カーター侯爵家の裏庭にある、ダニエルの墓の前にいる。前来た時には雑草が生い茂っていたが、今ではそれが綺麗に整えられ、彼の墓へ向かうのは簡単になった。皆も一緒にカーター家へ来ているが、私一人で行きたいだろうと、先にお茶会の準備をしてくれている。
「ダニエル、ようやく色々終わったよ」
私は魔法で作った花束をダニエルの墓の前に置く。
あの後、アイザックの事件は公には隠される事になった。私は賊に刺されただけ、アイザックは関係ないと。アイザックと、真実を伝えられた国王陛下はそれを拒んだが、それでも刺された本人がそうしてほしいと強く願ったので、最終的には頷いてくれた。
アイザックは変わらず王弟殿下として席を置き、変わらずにこの国を支える事となった。……まぁ、国王陛下によって仕事の量が3倍に増えているとは噂で聞いたが。
結局、ダニエルは見つからなかった。私が全てを思い出したので、彼も現世にいるのであれば、思い出し来てくれる事を望んだが、来ることはなかった。
「魔法、失敗したのかな」
私はダニエルの墓に体を擦りよせ、名前の彫られた文字に頬を当てる。
「………会いたかったなぁ」
今でも目を瞑れば、ダニエルとの記憶が思い出される。
私を一人にしないように自ら命を絶った、優しい優しい青年。もう一生会うことができない存在で、私の恋人だった人。
彼からもらった指輪は、シルトラリアの墓に置いている。
私は、もう聖女シルトラリアではなく、シトラ・ハリソンとして、
誰にも望まれなかった聖女として、生きるのだと決めた。
「ずっとずっと、愛してるよ」
頬に伝う生暖かい水が、墓の石を湿らせる。
彼と共に、人生を歩む事はできなかったけれど、彼の記憶がある。彼が愛してくれた記憶がある。……だから、それをそっと、ずっと心の拠り所にすれば、きっと私は大丈夫だ。
それに、今の私にはかけがえのない、友と家族がいるのだから。
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裏庭に近い廊下の柱にもたれながら、奥で墓に擦り寄り、泣いている彼女の声を聴いていた。……そして静かにため息を吐きながら、彼女に見つからないようにその場を離れようとした時だった。
「聞き耳なんて、随分と悪趣味ですね」
廊下の向こうに、ギルベルトが立っていた。いつにも増して真剣な表情を向ける彼に、私は普段と変わらない表情を向ける。
「こんな所で奇遇だなギルベルト。シトラ様と一緒に遊びに来たのか?」
「シトラが、ようやく落ち着いたので、皆でお茶会をしようと提案したのです。……あと、かつての想い人に会いたいと」
最後の辺りで不貞腐れた表情で伝えてくるので、笑ってしまう。
「……そうか、じゃあ私はカーター侯との話も終わったし、帰るとするよ」
「ダニエルの件ですか?」
「そう、カーター侯爵家の隠したい歴史だからね、アイザックの件でそれは隠さなくても良くなったが。それでも大司教である私が、貴族に嘘を伝えた事になるからね。謝罪しに来たんだよ」
ここにいる理由を伝えながら私は歩き、ギルベルトの横を通り過ぎようとする。だがその前に彼は口を開いた。
「…………兄上、教えてほしい事があります」
そのままギルベルトは、通り過ぎようとした私の方を向く。日向にいるギルベルトを、私は日陰から見ている。
「シトラに聖女の遺物管理を手伝わせたのは、人不足ではないですよね?」
「…………」
「貴方はアイザックに相談され、シトラの記憶を封印する為に、あの事件を起こしたと言っていますが、あの事件はシトラに記憶を思い出させるきっかけを作ろうとしたのではないですか?……アイザックが力が足りなくて記憶を封印できなかったんじゃない。記憶を戻すための術を、すでにかけていたのではないですか?……そして、私達に真実を伝え、シトラを守るように仕向けた。……私達は、ダニエルの記憶はシトラとつながっていると思っていました。……けれど、それがもしそうではなかったら、最初からダニエルは、全てをおぼえていたら?」
私はギルベルトを、真っ直ぐ見つめる。
彼は何かを堪えているように、吐き出すように言葉を述べた。
「ガヴェインにシトラの正体を教えたのも、教祖だった聖女の騎士のウィリアムが、彼女を危険に晒す事をするわけがない。……誰かがシトラの力を呼び起こす為に、教祖に成りすましてガヴェインに伝えた」
「……」
「それに、「ダニエル」なんて良くある名前だけで、隠されたカーター家の子息の名前と当てはめるなんて、情報が足りなすぎる。それは彼がダニエル・カーターだと知っている者でなければ難しい」
ギルベルトは目線を逸らして、拳を強く握っている。
「……あの舞踏会の、シトラが刺された剣。……あれは、かつて彼女が刺されたものと同じです。……でもそれは可笑しい。かつての彼女は、剣で刺されて即死だったんです。だからウィリアムも助けれなかった。……なのに、今回はガヴェインが駆けつけるまで、彼女は耐える事ができた」
「……」
「ウィリアムがあの後、剣の状態を詳しく確認した所、魔法の反応があったそうです。……即死にならない程度の、治癒魔法が。……その魔法をかけた人物を、調べてもらいました」
私は変わらず、真っ直ぐにギルベルトを見つめる。そして、いつもと変わらない笑みを向けた。それを見たギルベルトは、日陰にいる私の胸ぐらを掴む。近付いた彼の表情は、とても苦しそうに歪んでいた。
「……………兄上は、ダニエル・カーターですよね?」
俺は、胸ぐらを掴む手に触れ、そっと離す。
ギルベルトを見つめる目は、もう笑っていない。
「………アイザックに、「時間蘇生術」を教えたのまでは、イザーク・フィニアスだった。……彼女の蘇生に、国王陛下が止めに入ったが、そこにはイザークもいた。……今の俺は、イザークだった頃の記憶と、かつての宰相だった記憶が混じったものだ」
自分の髪をあげ、首後ろを見せる。そこに存在するものに、「神の加護を得た紋章」にギルベルトは大きく目を開けた。
「予言の神から、シトラがまた殺される運命だと伝えられた。……もしかしたら、その運命が変わるかもしれない事も」
「………だから、貴方は教会に入って、聖女の研究と、シトラを守る手がかりを探していたんですか?」
「………」
「兄上!!!」
俺はギルベルトの言葉に答えず、そのまま廊下を歩く。後ろでギルベルトが声を出しているが、これ以上いると奥にいる彼女に見つかってしまう。
俺は少し歩いた所で、ふと、ギルベルトに伝える事を忘れていたと後ろを向いた。そして普段通りの笑みを浮かべて、ギルベルトに声をかける。
「シトラ様の事、お願いしますね」
そしてそのまま、前を向き廊下を歩いた。
聖女の庭のベンチに座る少年に、幼い少女は何故か愛おしさが溢れていく。少女はこの感情の意味がわからないままに、少年に話しかける。
『ねぇ、何をしているの?』
声をかけられた少年は少女を見て、大きく目を開く。そしてどんどんと顔を歪ませていく。それを見た少女は、慌てて少年から離れる。
『ごめんなさい!私なんかと話しても、こわいだけだよね』
『そ、そういう事じゃないんだ!……ただ』
『……ただ?』
少年は、少女を見て、涙を流しながら微笑む。
『なんて、幸せだろうと思ったんだ』
少女はまた慌ててポケットからぐしゃぐしゃのハンカチを差し出す。少年はそれを受け取り、頬に当てる。
『ありがとう……俺の名前は、イザーク』
『イザーク!えっと、私の名前は 』
少年は、もう一度出会えた最愛の少女の、本当の名前を、ゆっくりと呼んだ。
end
お読み頂きありがとうございました。
本編その後の話、ちまちま更新中です。
【 望まれなかった聖女ですが、何か?〜その後の話〜 https://ncode.syosetu.com/n1295iy/】
主人公が登場人物達と、もしそれぞれ結ばれたら?な話です。ちまちま更新しますので、よかったらご覧ください。