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50 愛してくれてありがとう

私は今、荒く息を吐きながら、足を前へ前へ出している。

目の前には銀色の青年が、私と同じ事をしている。

私は青年、アイザックに向けて手を伸ばす…………そして、一度大きく息を吸う。


「待てやぁぁああああ!!!コラーーーー!!!」



私は、逃げ回っているアイザックを追いかけている。







  【 50 愛してくれてありがとう 】






なんでこうなった、私は「話そ?」と言っただけだ。なんなら二度も刺された相手に、とても優しく話しかけたはずだ。

それなのにアイザックは無言で立ち上がり後ろへ下がった。……だから私は立ち上がり側に寄る。すると彼は再び後ろへ下がる………そして最終的に、この地下の花畑を走り回ることとなっている。意味がわからん、思春期か?500歳にして思春期か?


「なんっ、なんで!?話そって、言ってるだけじゃん!!」


この世界での交通手段がほぼ馬車の私は、15歳ながら本当に体力がない。私は声を詰まらせながら遠くを走るアイザックに声をかける。するとアイザックは後ろを振り向くが、眉間に皺をよせている。


「話す事が、ないから、だっ!!!」


彼も彼で疲れ始めているらしい、荒い呼吸をしながら吐く言葉は途絶え途絶えである。


「私がっ、私があるって言ってるんだ!!アホーー!!!」

「アホ!?君みたいな人の気持ち分からない奴に、言われたくない!!!」

「はーーーーー!?!?」


アイザックの言葉に血管が切れそうになる、もう魔法で捕縛………魔法使えばいいんじゃないか!と今更ながらに思い出した私は、移動魔法を唱える。



その瞬間私はアイザックの目の前に移動した。急な登場に驚いた表情をしたアイザックだったが、足が止められずそのまま私に覆いかぶさるように花畑の上に倒れる。私はそのままアイザックの背中に手を回す。


「捕まえたっ!」

「…………」



お互いずっと走っていたので呼吸が荒い。アイザックは私を上から真っ直ぐ見つめて、そして顔を歪ませる。


「………どうせ、俺の事何も思ってないくせに」


吐き出すように言葉を出すアイザックに、私は大きくため息を吐いた。


「思ってないなら、二度も殺してきた相手、話する為に追いかけてないよ」


私はそのまま腕に体重をかけて、アイザックに密着する。一瞬震えられるが、それでも受け入れてくれた。……そばの花が私達が動くたびに揺れる。かつて、私が彼に見せてもらった花の魔法。あの時は一つ作るので大変だと言っていたものが、この墓の一面に咲き誇っている。


「……私は、二度も殺してきたアイザックに怒ってるよ」


アイザックは無言のまま言葉を聞いた。私はさらにきつく抱きしめる。


「でも、それ以上にずっと、感謝してる。……アイザックとノアがいなかったら、私はあの戦争で壊れていた」

「……」

「それくらい大きな存在だった。だから、そんな貴方に殺されたのは怒っているんだけど……それ以上に、貴方にそうさせてしまった私が憎かった」


あの戦争で、それまで普通の学生として生きてきた私にとっては、毎日が地獄だった。それでも、心が保っていられたのは、自分のそばに居てくれたアイザックとノアの存在が大きかった。この二人の為になら、戦おうと思えるほどに、大切な存在だった。私は、無言の彼の頭を撫でる。


「……ごめんね、アイザック。ずっと苦しかったよね」

「……っ」

「それにありがとう。この国をずっと支えてくれて」


されるままだったアイザックの手が動き、私の背中に回される。

私は、かつても今も、一番言いたかった言葉を伝える。



「私を、愛してくれてありがとう」




きつく抱きしめるアイザックから、嗚咽が聞こえる。

私はそっと上半身を上げて、アイザックの顔を見る。目から涙が溢れているが、私を殺した時のような、絶望に染まった目ではなかった。


「………ごめんっ、……ごめん……!」

「……うん」

「本当に、ごめんっ……」


私は立ち上がり、アイザックに手を差し伸べる。

今は自分より成長しているが、それでも泣いている所を見ると、かつての彼を思い出す。



「今も過去も、貴方の事を愛しているよ」



アイザックは、涙を流してもなお美しい顔で笑い、私の手を取る。



「……俺も、愛している」



そのまま二人で立ち上がると、風がないのに地面の花々が揺れ、花びらが散っていく。アイザックは優しく見つめている。私は、途方もない時間をかけて、やっとアイザックが戻ってきたような気がした。そのまま数歩後ろに下がる。



そして、彼に最大級の笑顔を向け………そして手をボキボキと鳴らした。



「でも二度も刺されたのは、怒らなきゃね!」

「え?」

「歯ァ食いしばれ!!!」




そして私は、思い出した爆発魔法を唱える。











教会の一室で、私は大きな爆音が外から聞こえると、大きなため息を吐いた。


「………派手にやってますね」


それには側で紅茶を飲んでいたリアムも頷く。


「ええ、……シトラらしいと言えばそうですが」


その言葉に周りのケイレブ、リリアーナ、ジェフリー、ガヴェインも頷く。ただウィリアムだけは羨ましそうに窓の外を見ているが。


シトラはあの後、アイザックの場所を魔法で見つけた。……だがそこには自分一人で向かうと頑なに自分達の同行を許さなかった。どうにか皆で説得をしていたが、最終的にハリソン公がそれを許可した。いつもの彼だったら絶対拒否をするだろうが……どうやら、ハリソン公は娘を信じる事にしたらしい。人とは中年になっても成長するものなのだと感心した。


「でもハリソン公が単独行動を許すなんて。まぁ、確かにもうお姉様は成人した立派な淑女、のらりくらりと交わしていた婚約話も進むかもしれませんわね。ね!お兄様!」


リリアーナが自分の兄ケイレブに目線を合わせる。ケイレブは紅茶を吹き出しそうになるのをなんとか耐え、真っ赤な顔をしてリリアーナを見る。


「リッ、リリアーナ!!」

「おい待て!妹の婚約話は進めないからな!!」


ジェフリーはリリアーナとケイレブに怒りを露わにして叫ぶ。だがそれを見ていたリアムは、色気を出しながらにっこりと微笑んでカップをテーブルに置く。


「という事は、僕がずっと出していたシトラとの婚約話も、もしかしたら進むかもしれないって事ですかね?」


……おい待て、貴様までもそんな事していたのか。これには私も、そしてケイレブも寝耳に水だった様で、「はぁ!?」と驚きながら叫んでいる。だか何故かリリアーナは知っていたのだろう、気高き令嬢と言われている彼女が、大きな音で舌打ちをしていた。


「確か、「シトラが願った相手だったら、家関係なく受け入れる」でしたっけ?それなら伯爵である僕も、シトラに好意を持って貰えれば彼女を妻にできるって事ですよね?」

「なっ、なんでお前がそれを知って……まさか」

「カーター侯に、僕もシトラを愛してると伝えました所「息子だけ有利なのはいけない」と教えてくれました」

「あんの狸ジジィ!!!」


ジェフリーはここにはいないカーター侯に吐き捨てるように暴言を吐いた。……ここまで自分の妹の事を誰にも渡さない彼を、シトラと同じ屋根の下で過ごさせていいのだろうか?と思ってしまう。ガヴェインも端に立ちながら、この集団の会話をさも他人事のように聞いているが、お前もシトラに主以上の感情を持っている事は皆知っているぞ。その垂れ下がった耳は正直だぞ。


「…………はぁ、面倒な相手を好きになってしまいましたね、私達」


私はまだ続く爆炎の音を聞きながら、独り言のように呟く。それには意地悪そうな表情でリアムがこちらを見た。


「面倒ならやめてくれてもいいんですよ? 僕がシトラを妻にもらいますので、羨ましそうに見ててください」

「面倒だからこそ燃えるものですよ、リアム。君こそ私がシトラを妻にした時に悲しまないでくださいね」

「ギルベルト様がシトラを?笑わせないでくれます?」

「それどういう意味ですかリアム?不敬罪になりたいんですか?」


お互い表情は笑顔だが、喋る言葉は表情に全く沿っていない。ジェフリー、ケイレブ、リリアーナはまた始まった。と言わんばかりに静かに紅茶を飲んで、シトラの帰りを待っている。……この私とリアムの暴言の攻防戦は、シトラが帰ってくるまで続くのだろう。彼女にしか止められないのだから。



ただウィリアムは、窓から墓の方向を見ながら何かを考えていた。





次回で最後となります。

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