49 聖女の為の精霊
「……は、初めまして、聖女様……アイザックです」
精霊と人間の争い、精霊は人間に勝つために、異世界から聖女を呼んだ。
俺と妹は、自分と同じくらいの年齢の見た目であるその聖女の世話係になった。遠くからしか見たことがない聖女シルトラリアという人間。彼女はこちらへ振り向くと、少し表情を固くしながらも微笑んでくれた。
精霊に加護を与え、そして自ら攻撃魔法を放つ聖女がきた事で、戦況が大きく変わった。彼女は精霊達の希望の象徴だった。その聖女が少しでも気を紛らわせる為に、俺と妹は上位精霊により、下級精霊として命を宿した。聖女に気に入られるように、この世のものと思えないほどの、美しい容姿で作り上げられた俺達は、聖女の為に生き、聖女に存在を否定されれば消える生き物だった。
けれど俺達の事を、彼女は「物」ではなく「人」として扱った。他の精霊達の中では異質な生まれの俺達を、彼女だけは対等に接してくれた。一緒に食事をしたり、話したり、笑顔を向けてくれた。……それが、どれほど嬉しかっただろうか。
「シルトラリア。……俺は、君のそばにずっといる」
そう伝えると嬉しそうに微笑んでくれる彼女が、本当に愛おしかった。
これからも、ずっと側に、願わくは自分の気持ちに気づいて、受け入れて欲しかった。
だが、人間が降伏し、そしてあの男が来て、俺の小さな願いは打ち砕かれた。
この世で一番愛おしい彼女の胸を、彼女にもらった大切な剣で刺す。彼女は自分の名前を呼んでいる。彼女の指に光る存在が、やけに輝いて見えた。
「君は俺のものだ、俺のシルトラリアなのに」
俺がずっと側にいたのに、俺には君しかいないのに。彼女の側に自分以外がいる事が、どうしても許せなかった。……それはもう、愛じゃなく執着に近かった。
そして俺は、俺の彼女を奪った男に、全ての罪を被せた。まさか男も自殺すると思わなかったが、もう一生あの男を見ないでいいのは嬉しかった。
俺はそれからずっと、親友を失ったノアと共にこの国を支えた。彼女が好きだと言ってくれた顔を何度も変え、人間の貴族から選んだ者を王とした。そして聖女の墓に何百回と通った影響なのか、俺は聖女の力に当てられて下級から上級精霊になった。……彼女は自分のせいで命を失ったのに、彼女のせいで俺は力をつけた。…妹はそんな人形のようになった俺を見て、居た堪れなくなったのか姿を消した。
もう何代目の王なのかわからない位までの月日が経ったある日、第一王子がとある禁書を見つけた。それは上級精霊にしか読むことの出来ないもので、その中には「時間蘇生魔術」という項目があった。
……俺はそれを見て、この奇跡に、彼女が俺の側に戻りたいと言っているように思えた。
時間蘇生術で必要なのは途方もない力と、自身の半分の寿命。上位精霊になった俺にはどれもある。時間蘇生は、その者の記憶もほとんど消すもの、本当に時間を戻すものだった。……俺が彼女を殺した事は、彼女は覚えていない。……そうしたら、俺は彼女を、今度こそ自分のものにできるかもしれない。
そうして俺は、彼女の亡骸に魔術をかけた。
彼女が眠っていた棺をゆっくりと触れる。……当然その中に彼女はいない。硝子のような花々が、ゆらゆらと揺れている。何度も足を運んだこの場所の花は、俺が来るたびに魔法で作り上げたもの。……彼女にこの花を渡したときに、彼女が喜んでくれた魔法。
「………結局、今回も彼女は俺を見てくれなかった」
そう独り言を呟く。……あの舞踏会の夜に、彼女が顔を赤くして第二王子の愛に答えようとしている所が、かつての宰相と重なった。その時に、彼女は記憶を全て思い出した。……俺が彼女を殺した事も、全て思い出した。
俺は棺に縋るように触れながら座り込む。
「……俺は、彼女の何にもなれないかった」
俺は、きっと何度彼女を蘇らせても、彼女の何にもなれない。
「俺は、ただ彼女を苦しめただけだった」
彼女の側にいたかった。永遠に、彼女に自分だけに微笑んで欲しかった。彼女の為に作られた俺を、受け入れて欲しかった。……けれど、それは全て叶うことはない。
ふと、後ろから草を踏む音が聞こえた。
「アイザック」
その声は、かつて俺の名前を呼んだ時と、同じ声色だった。
俺はゆっくりと後ろを見ると、そこにはやはり、彼女がいた。
「……どうして」
俺は確かに胸を刺したはずだ。なのにどうして目の前に彼女がいるんだ。俺の表情に気付いたのか、自慢げに胸を何度か叩いて彼女は答える。
「ウィリアムとガヴェインが治してくれたの」
「………」
そして彼女は、そのまま自分の目の前に座り、優しく微笑む。
「ねぇ、話そう?」