5 侯爵家からの招待
お天気も晴れ模様、お気に入りの中庭で、美味しい紅茶とお菓子を食べながら、今日も一日のんびりと過ごす予定だ。紅茶を飲み終わると、ポットを持った手により、カップへ紅茶が注がれた。
ポットを持っているリアムは、可愛らしい笑みを浮かべている。数ヶ月前に初めて出会った時は痛々しいほどに細かったが、今では少し細いくらいで、肌の色も健康的だ。何より長いこと手入れされていなかったであろう黒髪は整えられ、整った顔立ちにとてもよく似合っている。
つまりは物凄い美少年となったのである。
「シトラ、僕の領土で採れた茶葉はどう?」
「とってもおいしいです!貰った茶葉がなくなったらリアム様のところへ買いに行きますね」
「なくなったら僕が贈るから大丈夫だよ。…シトラ、僕にはかしこまった言葉使いをしなくてもいいんだよ?僕だって君に言われたから君を呼び捨てにしているのに」
それには私は手をブンブンとふり、
「いや、リアム様は家督を受け継いでいるんですから、一端の娘が砕けて話すのはマナー違反です。ってお兄様が」
「…なんだろう、あの人は多分別の意味も込めているような気がするな。まぁ、君と一緒にお茶をさせてもらえてるだけありがたいよね」
そう言いながらリアムは天使のような笑顔を見せてくれる。…あれからリアムの証言により、他の奴隷売買のルートが発覚、潰すことができたらしい。実の父親に虐待されながらも、いつか領民を救えることができるように数々の証拠品を集めていたそうだ。
その功績もあり、リアムは男爵から子爵へ昇爵して、領土もリアムの手腕により財政難を少しずつ回復しつつあるそうだ。この少年、実は私と同じ12歳らしいけれど、本当なのだろうか?あの何にも怯えていた少年の影は今はなく、堂々とした立派な少年領主となっている。
そんな今大注目の有能子爵なのに、私のことを友達と思ってくれて、暇を見つけては公爵家へ遊びに来てくれる。本当に優しい友達だ。
「二人の世界に入っているようですが、私の存在を忘れていませんか?」
同じくあの誘拐事件から仲良くしてくれていギルベルト王子が、笑顔をこちらへ向けてくる。こっちの笑顔はリアムとは違いなんだか腹底で何を考えているのかわからないんだよなぁ。
誘拐事件の時から二人とも私の数少ない友人となり、忙しいだろうに週に一度は必ず来るようになった。ギルベルトが来るならその従者兼護衛のアイザックも護衛のためやってくる。騎士団長の仕事もあるのに大変なことだ。アイザックはギルベルトの後ろで神々しいほどの美しい微笑みを向けてくる。本当にやめてほしい。
「そんな、ギルベルト様を忘れるなんてしておりません。ギルベルト様は公務でお疲れなのですから、シトラとのおしゃべりは僕に任せてくれていいのですよ」
「君も領土の立て直しで忙しいのは同じでしょう、シトラ嬢のことは私に任せて、君こそゆっくりしていてください」
最初こそよそよそしい二人だったが、公爵家へ来るタイミングがほぼ同じで三人で過ごしているうちに、男の友情が芽生えたらしい。私も令嬢と仲良くなって女性同士で気軽に会話をしたいものだ。
この二人を見ていて、今まで社交場嫌いでろくに公爵家から出なかったのが災いして友達が一人もいなかったが(お父様も余程のことじゃ無い限り出なくてもいいと言ってくれていたし)何度かお茶会へ足を運んで自分にも同じ年代の令嬢と友好を深めようとした。が、結局お茶会へ行っても二個上の兄がついてきたりしてろくに話しかけてもらえなかったり、話しかけられても話題はほぼ公爵家へ足しげく通っているギルベルトとリアムのこと、あと兄のことくらいだ。
紅茶をゆっくりと飲みながら二人の楽しそうな会話の様子を見ていると、少し羨ましく感じてしまう。
ーーーーーーーーーーーーーー
「ジェフリー、シトラ。お前たちにカーター侯爵家から子息の誕生日パーティーの案内が来ている」
ある朝、父の執務室に呼ばれて兄と向かうと、父は一枚の招待状を見せながら誕生日パーティーのことを、険しい顔で伝えた。
カーター侯爵家、侯爵の地位の中では一番の領土を持つ家で、ハリソン公爵家とも事業で何度か協力関係を築いている。侯爵当主である父親の方とは何度か公爵家へ来た際に挨拶をしたが、確かその時に長男の方が来年15歳になるとかならないとか言っていた気がした。
隣にいた兄もカーター家と聞くと目を開き、そして父と同じく険しい顔になる。
「…確か俺と同じ歳でしたから、来年15歳で社交界デビューでしたよね?」
「そうだ…そして子息のケイレブ・カーターはまだ婚約者はいない…」
父と兄は目線を合わせ、そして更に空気が張り詰めた。
「我が公爵家と何度も協力関係を築いた家だ…そして案内にもご丁寧にカーター侯からの直々の署名まである…流石に行かねばならない」
「わかりました父上。パーティーでは必ず妹を守りきります」
「んえ?」
なぜに私?と変な声が出てしまったが、二人はまるで戦場へ向かうかのような空気を出し真顔なので、何も言えなかった。
カーター家子息の誕生パーティーの日はすぐにやってきた。
それまでの間にスパルタ教育をマナーの講師から受け、そして今日は朝から化粧やら衣装やらで朝から本当に疲れた。いつものお茶会などとは違い、前の国王主催の舞踏会のように身なりを隙もなく整えられた。
パーティーへ行くために公爵家の馬車へ向かうと、すでに正装へと着替えた兄が待っていた。こちらに気づくと一瞬固まったが、すぐにいつもの優しい兄の表情に変わる。
「とても綺麗だよ、シトラ」
私の利き手を取ると、兄は口づけを落とした。
そうは言ってくれるが、深緑の髪を整え黒の正装も着こなして、我が兄ながら今日のパーティーでは令嬢たちの視線を集めるであろう美しい子息だ。
「今日は絶対俺から離れないで、おとなしくしているんだよ」
馬車へ向かう最中、前回の失態の釘を刺される。流石に私も前回のように嘘をついて抜け出したりはしない。するならちゃんと一声かけてから抜け出そう。
そう意気込んでいると、馬車からうちまでとはいかないが大きな屋敷が見える。そのまま馬車は屋敷の前へと止まり、兄にエスコートされ馬車から出た。
屋敷の正面玄関には公爵家で挨拶をしたことのあるカーター侯と夫人、そして侯爵と顔立ちがにた少年が立っていた。
私たちに気づくと侯爵と夫人はこちらに優しく微笑んでくれる。
「ようこそおいでくださいました。ジェフリー様、シトラ様。今宵はどうぞお楽しみください」
「夫も私も、そしてケイレブもお二人にお会いできるのをとても楽しみにしておりました」
うちの父よりも威厳のあるカーター侯と、優しそうな夫人が歓迎をし、次に少年が挨拶するであろうと目線を向けると、少年は目を開いて私たちを見て無言で固まっていた。
カーター侯と同じ亜麻色の短髪で灰色の吊り目。橙色の正装がよく似合っている。騎士のような風格だが、騎士団長であるアイザックとは系統が違う。
固まっていたが夫人に肩を軽く押されると、意識が戻ったのか恥ずかしそうに耳まで赤くした。そして自分の胸に手を当てて軽く頭を下げる。これは格上の貴族への挨拶だ。
「ケイレブ・カーターと申します!本日はお越しくださりありがとうございました!」
こちらもスパルタの成果か、微笑んで挨拶をする。
「本日はお誕生日おめでとうございます。ケイレブ様にお会いできるのを楽しみにしておりました」
するとケイレブは「えっ、あ、」と言葉にならない声を出す。顔は厳格そうなのに結構恥ずかしがり屋なのだろうか。
そう思っていると兄が私とケイレブの間に物凄いいい笑顔で顔を出した。
「俺もケイレブと会えるのを楽しみにしていたよ。君は俺と同じ歳だったね?是非仲良くしてくれ」
ケイレブはいきなり目の前に現れた兄に驚いている。確かに同じ家督を継ぐもの同士、積もる話もあるだろう。
そのまま兄は会場までケイレブの隣で事業について話しており、後ろからついていた私は難しい会話を聞いているふりをしながら会場の食事のことで頭がいっぱいになっていた。